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虚ろの獣使い  作者: 松風ヤキ
第四章
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第四章/chapter12 幕間:少年の強さとは 四ノ巻

「たっだいま~。ひえー、誰もいないじゃん」


 その言葉通り、[心の森]はもぬけの殻だった。それもそのはず。

 小学生の兄弟達は予定通り、龍凪湖のほとりのキャンプ場へ合宿に移動し、中学生、高校生の兄弟は既に部活動に精を出しているであろう午後2時。

所々絆創膏とガーゼを付けているものの、五体満足で塔機関の医務室から帰還した幾太を待っていてくれた稀有な人物は、たった今送り迎えをしてくれた中津川教諭以外にいなかった。


「そう落ち込むことないわよ。みんなそれぞれ生活があるもの、大人になるにつれて、こういう機会は増えると思っておいた方がいいわ」


「ううー、ゲンジツはザンコクだ……。クリウス先生すらいないし……」


昇降口の職員出欠名簿のクリウスの札が赤札(がいしゅつちゅう)になっているのを横目に、幾太がぶーたれる。とぼとぼと、用意してあるはずの幾太の合宿用品を取りに、幾太の寝室へ向かう。その道すがら---。


(……?竹刀を振る音……?)


 中庭に面した渡り廊下で、確かに聞き慣れたはずの竹刀の音を聞く。しかしその空を切る音はひどく鈍く弱々しく、まるで素人が降っているか、それとも勘が鈍ったなまくらのような、そんな音だ。


興味を引かれた幾太がサンダルを履き、音の発信源へ。円形石畳(ストーンサークル)の中心で、真夏の午後の陽光を受けながらTシャツをぐっしょり濡らしている、その後ろ姿は。


「……直久!おまえ、なにやってるんだよ!?」


幾太の声に、ひどく驚きながら/怯えながら、同時にふらつき、竹刀を石畳に突き立てる。


「幾……太……?」


その顔を、直視するのが怖い。その姿を、直視するのは畏ろしい。だっていうのに、幾太はそんな直久の畏怖なんかお構いなしに、近付き、肩をひっ掴む。その顔は、やっぱり怒っていた。


「……なんだよ。笑うなら笑えよ。クリウス先生の剣を、教えてもらえない、ボクは、こうするしか……」


「大バカヤロウ!そうじゃない!お前、最後に水飲んだのいつだ!ふらふらじゃないか!」


「え………?」



 木陰の下に延長コードで配置した扇風機と、脇の下、股関節、首回りを適温に冷やした保冷剤と濡れタオルでアイシング、クリウス特製のちょっぴりしょっぱいスポーツドリンクを、一気にではなく一定間隔で徐々に摂取すること30分。脱水症状を起こし、この暑さのなか顔面蒼白だった直久の顔に、健康的な色が戻ってくる。


「気分はどう?」


中津川教諭がペチペチと、直久の頬に軽めの気付けを入れながら、その顔を覗き込む。男性に似つかわしくない、柑橘系の(強すぎる)フレグランスに眉を潜めながら、直久がのっそりと体を起こす。大分、楽になったようだ。


「ごめん、もう大丈夫」


幾太は相も変わらず、直久に文句を言いたげに眉を潜めている。幾太の視線が、痛い。しかし、これで闇雲に剣を振って紛らわそうとしていた、その疑問にますます目を背けられなくなった。

 突きつけられた、幾太と直久(じぶん)の違い、きっと、クリウスが言っていた幾太の「強さ」。その答えに向き合わなくては、きっと直久は、此処から立ち上がれない。無意味に剣だけ強い、ただの荒くれに堕ちる。それはきっと違うと、そう心が、魂が直久を突き動かしていた。だから闇雲に、剣を振るしかなかったのだ。


「……なあ幾太。どうして、どうしてボクを、助けてくれたんだ?今のことも勿論だけど、昨日、昨日さ。ボク達のこと、助けに来てくれただろ」


幾太が狐に摘ままれたように、きょとんと直久を見つめる。この時点で、幾太の毒気は大方抜けていた。


「どうしてって……。そりゃあ、オレしか助けに行ける人がいなかったから。それに、家族を助けるのに、理由なんていらないだろ」


幾太のなに食わぬ顔で宣う事実が、ひどく直久には重くのしかかる。

 家族を助けるのに、理由なんていらない。なるほどそれは真理だろう。しかし、直久は感じていたのだ。あの氷室の中で、最も剣技に通じていたのは自分だ。なのに、膝は震えて立つこともままならず、腕はガチガチに緊張して体を抱いたまま、瞳はきっと、


「嘘だ。だって、虚獣だよ?虚獣がすぐそばにいて、逃げなきゃボク等なんか簡単に食べられて……!そんなの、怖くないはずがない……!ましてや、そんな奴等に包丁一本で刃向かうなんて……!…………怒ってたボクも、いたのに」


直久はあの恐怖をフラッシュバックし、半狂乱になりながら幾太に叫びかける。認めろ。怖かったと。ボクと同じだと。いや認めるな、認めるな!わかっているんだ、ボクとお前は違う人間なんだと、ボクはお前のようにはなれない、なれない………なれないんだ………。

そう、瞳はきっと、今のように絶望に塗りつぶされていたに違いない。


「オレさ、塔機関で目が覚めたとき、泣いたんだ。生き残れた嬉しさでじゃない。そのときになって、やっと怖さが来てさ……初対面だったけど、ミトスの前で、泣き疲れて寝ちゃうくらい、泣いたんだ」


幾太の思いがけない告白に、直久の狂乱が一気に冷却される。しかし、それは氷点下に達しない、もっと優しい温度。これは、安心……?


「確かに怖かったし、バカなことをしたとは思うけどさ。けどさ直久。オレ、今でもお前のことは許してやってないけどさ、それでも死なれるのは嫌だったんだぜ?

だって、お前に死なれたら、オレは誰を許してやればいいのか、分かんなくなっちゃうからさ」


包み隠さずに、幾太が語る本心。直久は嬉しそうに呆れながら、まだ身体に残っていた熱い呼気を一息に吐き出す。

これが、幾太の強さなんだと、納得したようにその(やさし)さに、心を解きほぐされる。


「わかったよ……。ごめん、幾太。ボク、意固地になってた」


「うん知ってる。なにしろ折角の合宿に行かずに、熱中症になるまで遅れを取り戻そうと竹刀振ってるくらいだもんな。こりゃあ拗らせてなきゃできないわ」


幾太の分析に、直久が唇を尖らせるが、事実である以上否定しては意味がない。折角、仲直りした意味が。


「中津川先生!オレ達をキャンプ場まで送ってよ!だいじょぶ、直久の熱中症なら、うま~いBBQ(やきにく)食べてスタミナ付ければ全快だって!なあ?」


「そうそう!早く行かなきゃ!そろそろ薪割りとかやってる頃でしょ?なにも手伝わないでタダ飯食べてたら、みんなに文句言われちゃう!」


「まったく、相変わらず調子のいいクソガキどもねぇ。いいわよ、じゃあ二人とも、3分で準備してきなさい!」

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