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虚ろの獣使い  作者: 松風ヤキ
第一章
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第一章/chapter3 澤館ミトス隊入隊式

 受付を済ませ、焔と隼人をエントランスに残し、2階多目的ホールに踏み込む。

 そこにはすでに、訓練校で見知った同期生達の顔、市長をはじめとした澤館の機関の来賓、白衣に身を包んだ[塔機関]の関係者と見られる人物が着席し、あと15分程で始まる入隊式を厳かに待っている。


「あ、天野くん。こっちこっち」


進次の姿を見つけ、訓練校の同期生・猪口氏が小声で手招きをする。

進次は猪口氏の隣、この後に控える「[ミトス武装(ギア)]授与」で、恐らくトップバッターになるであろう演壇(ステージ)から見て一番右端のパイプ椅子に座る。



[ミトス武装]。2013年現在、[虚獣]を効率的に駆除するために用いられる、最も安全かつ有効な武装兵器だ。

塔機関は人類史において最初にこの開発を行い、そして掌握している組織故に、国連にも発言力を発揮できる組織に躍進したと言える。

 ミトス武装は、入隊者全員に与えられるが、入隊者がこれを選ぶことは叶わない。訓練校での成績、エゴグラム、適格な戦闘スタイルなどを塔機関が解析、最も適格なミトス武装が選出される。


「いや、いよいよ来ちゃったね、この時が。オレ今になって怖くなって来ちゃったよ」


猪口氏が小声ながら、やや興奮した面持ちで進次に語りかける。こうした緊張時の人間の行動は、緊張のあまり黙り込む石像と化すか、緊張を解すためややいつもより饒舌にそわそわとするか、この二択が多いのではないだろうか。進次は---


「ですよね。まあでも、落ち着きましょうよ。貧乏揺すり、ゼミより酷いですよ」


どちらかと言われれば、前者。猪口氏の貧乏揺すりを諫めながら、忙しく演壇の最後の準備をする職員の流れを目で追う。

猪口氏は相変わらず軽口をつきながらも、進次の相づちが鈍いことを察し、やがて貧乏揺すりを抑え、石像と化した。



『ただ今より、平成25年度 澤館ミトス隊 夏期入隊式を開催いたします。一同、起立』

アナウンスがホールに響き、その場の一同が起立、塔機関旗と澤館市旗、日本国旗に一礼する。

その後、国歌斉唱、殉職者への黙祷、市長あいさつを経て、この入隊式のメインイベントと言える次第に移行する。



『[ミトス武装] 授与。新入隊員、起立』


喉を鳴らしながら、進次たち新入隊員7人が起立する。演壇の上には、[塔機関 澤館支部]の支部長が登壇し、白衣を着た3人の研究者と見られる人物が、大小様々な7つのアタッシュケースをキャリーに乗せて、演壇に運び込む。


「?」


ふと、視界に入ったのは、入隊員の中でただ一人、起立しなかった人物。エントランスで悶着を起こしていた、ディビッドと言う男だ。


「天野進次」


名前が呼ばれる。ディビッドかどうするのかは気がかりだが、この場面でそんなことを追及している隙はなさそうだ。


「はい!」


返事をし、登壇する。演壇の前で塔機関澤館支部長・剛文利(ゴウ フミトシ)と向き合い、一礼する。文利は堅く結ばれた一文字の口を紐解き、臓俯に響きそうな低く、力強い声で、告げる。


「天野進次くん、まずは、入隊おめでとう。この剣で、多くの人々の幸多き生活を守護する……そう、幸福の護人(もりびと)となってくれることを祈るよ。受け取りたまえ」


進次は一瞬、心臓をより一層高鳴らせて、文利の瞳を見つめ返す。

 幸福の護人。文利が、進次の願望を知っていたとは考えにくいが、その称号は、まさに進次が目指すミトスの在り方に準じていた。

ならば、なるしかないと、進次はここに来て決意を新たにする。目の前には長さにして1メートルあまりの横長のアタッシュケースが置かれる。進次は武者震い立つ手で、ケースを開いた。


「…!?これ、は」


瞬間、進次の鼓動が再び急加速する。しかし脊髄には抑えようのない悪寒が走り、額には脂汗が滲み出る。



---この剣を、知っている---



 その剣は、パタと呼ばれる、インドに起源を有する、籠手と剣を合成した形の剣。籠手には美しい蓮の装飾が施されながらも、所々に摩り切れた痕や、防御に使われたであろう傷が残っている。



---この剣を、知っている---



 進次自身、どんなミトス武装を与えられても使いこなしてみせる覚悟を持っていた。例えそれが、殉職者の遺品だとしても、だ。しかし、これは、


(これは、父さんの剣だ)


進次は愕然と目を落とし、立ち尽くす 。

 そう、この剣こそは天野進次の憧れの象徴。

進次の父・天野譲(アマノ ジョウ)が、いつも帯いていた、時にこっそりその手入れを教えてくれた、そして、多くの人々を護り続けてきた---。

 その銘を[蓮剣(アシ)]。インド神話における伝説の神が持つ、蓮の剣の名を冠する。

無論、そんな聖遺物の本物ではない。だがしかし、 今の進次にはそんな名前は些末なことで---。


「どうした?さあ、この腕章を左腕に通し、ミトス武装を手に取りたまえ。そうすることで、このミトス武装を君の[魂(アストラル)]に接続し、晴れてこれは君のものになる」


進次は文利の声で、我に帰る。文利の闇夜を思わせる底の見えない黒い瞳が、進次を威圧する。


「…はい」


進次は動揺で震える手で、塔機関のシンボルが描かれたリストバンド状の腕章を左の二の腕まで通し、恐る恐る[蓮剣]に手を伸ばす。


 進次の懸念は、訓練校で受けた、ある講義の内容だ。以前持ち主がいたミトス武装との[魂]の接続は、稀にミトス武装に前の持ち主の残留思念、記憶、前例によっては魂が丸ごと憑依している場合があり、新品のミトス武装よりも精神と脳にかかる不可が大きいとされる。

……それ自体は覚悟していた。だが問題は、よりにもよって、その相手が、


(父さん、だなんて)


 剣を手に取る。籠手の裏側に熔接された握りを握り、右腕に装備する。


「………?なんとも、な----」




 それは、[蓮剣]から目を視線を上げた瞬間に訪れた。そこにいたはずの文利と演壇は消失し、代わりに、懐かしい/忘れたはずの記憶が具現する。

 その部屋を、天窓からテーブルに差す陽光を---大好きだったその人達を、目の当たりにする。


「進次~。早く朝ごはん食べちゃいなさい。今日はおばあちゃんの家に行くんだから」


はっ、と声が聞こえた背後(キッチン)に振り替える。ベリーショートの黒髪に、左目の目尻の泣き黒子の女性。そして、彼女の伴侶に送られて、同じものを買ってまで毎日身に付けていた薄紅色のエプロン。


「母……さん……」


その女性、天野蛍(アマノ ホタル)の姿が涙で滲む。これは[魂]の接続の過負荷(まぼろし)なのだということを忘却する。


「そっか、二人はおばあちゃんの家で野菜取るんだったな。くそぅ、父さんも今日休みだったらなぁ!」


その声に、再び振り替える。階段から現れた、左腕を走る古傷と、進次によく似た穏やかな黒曜の瞳の男。


「父さん…父さんなんだよね!?」


進次は駆け寄りながら、その右手を伸ばす。


(…っ、しまった!)


右手に装着された[蓮剣]を忘れ、譲の体に剣が---


(刺さら、ない?よかった…)


進次の剣は、手は、譲の体をすり抜けて、空を切った。だがこれで、これが[魂]接続の過負荷なのだということを自覚した。

 譲は、机で目玉焼きと格闘する少年の頭を撫でながら破顔一笑し、


「それじゃ、お母さんとおいしい野菜をいっぱい貰ってきてくれ。期待してるよ?」


「任せてよ!ぼくトマトが食べたいんだ!まっかなトマト!」


あれは---


「僕、だ」


あの日の事を、追憶する。追憶させられる。


---やめて---


---サイレンが鳴る。虚ろの獣の、酒池肉林(はめつゆうぎ)が始まる。


---戻れ---


走る譲の、息が切れる喘ぎ声が聞こえる。右へ左へ。立ち塞がる獣を切り捨てながら、仲間に、逃げ遅れた民間人に、「諦めるな」と叫びながら、逃げ遅れた人々を、少しでも防護施設へ逃がそうと、自ら殿として獣の群れへ立ち向かっていく。


---っ!ダメだ!---


そうして譲は、逃げ遅れた/抜け出した息子(シンジ)を守るために、獣の凶爪に身体を貫かれ---


「し…ん…じ………■■■」


きっと、血涙さえ流していた。視界が赤い気がするのは、そのせいだと譲が錯覚するほどに、息子(シンジ)は、(おのれ)の血に塗れていた。最後の言葉は、獣たちの雄叫びにかき消されながら、それを聞き届けるより先に---



『うわあああああああああああああぁぁぁぁ‼‼』



二人の進次の悲鳴が共鳴する。


過負荷(オーバーロード)は臨界に達し、この追憶の終了と共に、進次の意識は、黒く塗り潰された。

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