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虚ろの獣使い  作者: 松風ヤキ
第四章
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第四章/chapter5 少年の強さとは 三ノ巻

「遅いぞ~天野くん」


中庭の円形石畳には、クリウスと彰人、美音の三人が、小休止を取っていた。幾太は今は塔機関、直久は……相変わらずクリウスの言い付け通り、その輪に顔を出していないのか。

 進次が表情を曇らせる。今まで同じ方向を向き、共に切磋琢磨していた仲間がいない朝というものの、なんと寂しいことか。幾太と直久の仲は、相変わらずだろう。

本人同士の問題。そう割り切ってしまうことは、きっとできないのだろう。だって、彼らは進次の大切な義兄弟で、友達なのだから。


「あーあ、進次先輩まーた湿っぽい顔してる。やめなよ、どうせこれから合宿にでも行けば、アイツらの仲違いも勝手に自然消化されるでしょ」


美音がどうでもよさそうに、愛想が尽きたような顔で右手を振る。一種達観さえしているかのような、清々しい回避技術(スルースキル)。そうやって見ないフリをできれば、どれだけ楽だろうか。


「でも実際さ、直久くんこのままでいいのかな?1日剣を振らないと、取り戻すのに3日かかるっていうじゃん。もう3日経つんだよ?」


彰人がその進退を心配そうに語る。


「まあ、本人次第さ。目標を見失ったまま、ただ強く、もっと強くという剣を、悪いとは言わない。

けどね、だからこそ俺は剣を取る君達(こどもたち)に聞くんだ。なんのため、誰のための剣なのか?この訓練を、園の強制参加にしていないのも、そこに起因してる。曲がりなりにも、その切っ先で一つの(ユメ)を辿ることが大切なんだ」


クリウスが彰人に、美音に、進次に話し終わり、そっと、最初から知っていたかのように立ち上がる。


「直久くん、おいで。君の答えを、聞かせてほしい」


三人の教え子が振り替える。木陰からばつが悪そうに頬をかきながら、直久が姿を現した。


「直久くん!よかった、戻ってきてくれたんだね!」


「遅すぎよ、アンタ。さあ、喋るならささっとゲロっちゃいなさい。そんでまた、一緒に竹刀振りましょ」


「みんな……ごめん」


彰人が歓喜に瞳を輝かせながら、美音が少しとげを刺しながらも、その姿を迎え入れる。だが、進次は気付いていた。その瞳に、受け入れられた安堵の色が、またやり直そうとするための、光が無いことに。


「ボクさ、もう剣、やめる……」


 クリウスは眉ひとつ動かさず、怒り、悔しさ、悲しみに唇を噛むこともなく、真っ直ぐに、直久を見つめる。彰人と美音は思いがけない告白に、目を見開きながら、その顔を見合せた。


「えっ…やめるって……どうしてそんな簡単に?たかが3日だよ?直久くんの腕なら、すぐに取り戻せるよ!」


「アンタ、逃げるの?そうやって、逃げて誰が幸せになるの!?幾太がそれで許してくれるなんて、そんなこと考えてんじゃないでしょうね!?」


嗚呼、これは辛いだろう。直久は二人の詰め句に、身をすくませて涙を目に溜めていく。これではまるで、亀をマシンガンで虐待しているようなものだ。


「何があったのか、どう考えたのか、教えてくれるかな?」


クリウスが二人の言の葉の弾丸を制しながら、その目線を同じ高さに下げて、両肩を抱き、ゆっくり問いかける。抑えきれなくなった涙が零れ始め、泣きじゃくりながら、その心をつまびらかにしてゆく。木々の葉が、直久の心のようにざわめき始めた。


「きのう……虚獣に、襲われ…てっ、ボク、ボクがみんなをっ、守らなきゃいげなかっだの、にっ……怖くで……動けなくて……」


クリウスがその言葉に、こんこんと理解するように頷きながら、言葉を待つ。


「でも、幾太は違った。助けに、来てくれた。震えた声で、手で……自分だっで、怖いくせに……守ろうとしてくれだんだ……。ボク、ああはなれない……なれないよ………」


 それが、直久が剣を捨てる理由。自分は、あんな風に誰かを守ることはできない。あんな風に、恐怖に立ち向かう勇気はないと。まるで、ここにはいない幾太に謝罪を告げるかのように、己の弱さを吐露した。


「……そっか。今までよく頑張ったな。いつか、そんな気持ちとも向き合っていけるように---」


---待て。確かに直久の意思は尊重されるべきだが。それでも、その恐怖に向き合っていくことが、強さなんじゃないのか。

進次がクリウスに割り込み、その肩を力強く引き寄せる。黒曜の瞳は、進次の内の燃え上がるような熱を光に変換し煌めきながら、直久の涙と失意に濁った瞳を射抜き、


「本当に、それでいいのかい?」


突然の乱入にクリウスが呆気にとられ、直久は進次の真っ直ぐすぎる眼光に怯えながらも、その瞳に釘付けになる。この際怯えは知ったことか。こうして瞳を見つめ返してくれるこの機会を、逃すわけにはいかない。


「僕ね、直久くんが剣を始めた理由を知ったとき、嬉しかったんだ。

『進次くんみたいに、かっこよく戦いたい』って、初めて人から憧れてもらえたんだ、僕。

だからそんな、憧れの先輩でいたかった。きっとこの剣を合わせて、一緒にみんなを守っていきたいって、今度は僕に、憧れの未来を見せてくれたんだ」


 直久の瞳が揺れる。憧れを与えていた。憧れの先輩に、自分が。

どこで勘違いしていたのだろう。最近はクリウスに惨敗続きの進次を軽視して、より強くなる方法を、進次を越えて、最強の自分になることだけに執心していた。


「ボク、は」


「僕は、直久くんがその怖さに向き合ってくれるのを待ってる。打ち勝ってくれるって、信じてる。

……僕にだってできたことさ。大丈夫。それまでは休んだっていいよ。……待ってるからね」


進次が直久の頭をくしゃくしゃと撫でる。クリウスは穏やかに微笑みながら、その兄弟のこころ語りを見届けていた。

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