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虚ろの獣使い  作者: 松風ヤキ
第四章
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第四章/chapter3 悪夢 英雄の末期(まつご)

「はっ?え、お父さん!?この人が?」


焔の恐怖にひきつった顔が、一抹の安堵に弛緩する。

 助かった。ミトスが居てくれるのならば逃げられる。我ながらとんでもないことに首を突っ込んだものだと、逃げながら進次に協力したことを後悔していた所だ。


「君は…進次を連れて逃げてくれていたのか。うちの息子を守ってくれて、ありがとう。もう大丈夫だ」


「え、あの…どうも」


譲に肩を抱かれ、力強く礼を言われる。そもそも進次に触発されて、安全だった防護施設から抜け出そうと言い出したのは、自分だったことを思い出す。あまりに真っ直ぐな謝礼に、進次を貶めて後悔していた自分と、この状況を作り出した自分に、少し恥じ入る。


「…そうだ!お父さん、大変なんだ!お母さんが、お母さんが……!」


譲の服に混乱と恐怖の涙を流し終えた進次が、思い出したようにその顔を見上げる。この混沌の中にあって、それでもなお少年達の恐怖を拭い去った譲の力強い瞳が、狼狽に揺れる。


「何があった?」


「実は…」


進次がことの顛末を話そうと、その顔を見上げた次の瞬間---


jyyaaaaaa!


譲が左手の鎖で、進次と焔を守るよう仮初めの暴風圏(けっかい)を展開し、背後から迫った虚獣を蹴散らす。


「わっ!あれも、虚獣!?」


 その姿は、あまりにヒトに近い怪異。双角は天を衝き、黒々とした体は鱗に覆われ、闇の上に落とした血飛沫のような紅の光彩、黒の眼球。

 例えるならばそれは、鬼神(アスラ)。インド神話における、神々の敵対者、魔族と呼ばれるに相応しき、飢餓と干魃を引き起こす、ヴリトラたる魔竜のまたの名、或いはその眷族。


「見たことがない…新種!?くそ、こっちには逃がさなきゃならない子ども達が居るっていうのに…」


譲が左手の鎖を振り回し、再び左腕に巻き付け、それを気付けに締め付ける。

どこか、進次達が身を隠せる場所を。あわよくば、地下避難道の入り口まで身を隠しながら向かえるルートを最速で思考を巡らせながら、焔に耳打ちする。


「ここは私に任せてくれ。そこの自販機と車の影があるだろう、そこに隠れていてくれ」


焔の回答を聞く暇もなく、鬼神が宙を舞う。狙い立てるは無防備な子ども達。

しかし、させじと譲が立ちはだかり、その歪な牙を、左の鎖の拳で粉砕する。


「進次、隠れよう」


「でも、お母さんが、お父さんが……」


「今は生き残ることだけ考えろ!こんな地獄じゃ、それしかできないだろ!?」


焔に一喝され、身をすくませながら手を引かれる。地獄。ああ、焔の言う通りだ。こんなことになっているだなんて思ってもみなかった。

 街にはサイレンと轟々と炎の盛る音、そして虚獣の叫びが響き、大気に充満する一酸化炭素は真綿を詰めてていくように思考を鈍らせていき、夏の暑ささえ涼しく感じる焔気は、体に一刻も早い冷却を求めさせる。



「おおおぉぉ!」


 震えながら、焔が右を、進次が左を警戒し、暑い大気の中身を寄せ会う。もう幾度、虚獣の断末魔と、譲の蓮剣の剣戟を聞いたかわからない。しかし、それももう終わると確信できる。空の色は既に闇色を帯びた朱。あとは、虚獣が消えるのを待てばいい。


そのはずだった。


(お父さん、大丈夫かな…)


譲の雄叫びと剣戟は止まない。そうすることで、自らにヘイトを集めて、進次たちの存在を悟らせないようにしているのだ。

しかし、それは即ち、日没までその一身にこの一帯虚獣を呼び寄せ続けていることに他ならない。いくら変身しているとはいえ、もうとっくに譲の体は限界を超え、いつ膝をついてもおかしくない状況のはずだ。


「天野!遅くなった!」


しかしてそれは、ただ虚獣を呼び寄せていただけに非ず。通信機器を使う余裕すらない戦乱の中、叫び続けた聲は、こうして仲間を呼ぶことにも繋がるのだった。


「やった…!これなら…!」


---浅はかだった。増援が来たことで、ようやくここから動けると、進次が物陰から顔を覗かせた瞬間だった。


「---------」


生唾を飲む音が、ひどくゆっくり、脳裏に染み付くように響く。


 鬼神と、目が合った。


「しまっ……!」


鬼神は目の前の喰えない(えもの)を無視して、ボロボロに折れた牙の面相を恍惚に歪ませながら、進次に向けて走り出す。


jyyyiiyaaaaa!


 死を覚悟した。

 体は動かない。

 顔を引っ込めることも、

 焔に虚獣がこちらに向かっていることを告げることも、

 当然、逃げることもできはしない。


「進次?どうし…うわあぁ!!」


後ろで、誰かが名前を呼んだ気がする。恐怖の悲鳴を上げた気がする。


目の前には、倒れかかった自販機をはね飛ばした、見るも恐ろしい鬼がいる。


赤い。紅い。朱い。顔に降り注いだ、アカい温かな(イノチ)。不思議と痛みはない。当然だ。そのアカを溢したのは、進次(ぼく)じゃない。


「え?」


そうして譲は、逃げ遅れた/抜け出した進次を守るために、獣の凶爪に身体を貫かれ---


「し…ん…じ………生きろ」


きっと、血涙さえ流していた。視界が赤い気がするのは、そのせいだと進次が錯覚するほどに、進次は、譲の血に塗れていた。

最後の言葉は、どうしてこんな場面でそんな残酷な祝福(じゅばく)を告げることができたのだろう。


「天野!このおおぉ!」


助けに来たミトスの怒号と、獣達の雄叫びが響くなか、まるで、張り合うように叫んでいた。


「 うわあああああああああああああぁぁぁぁ‼‼ 」

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