第三章/chapter9 狂い出す歯車
夜の帳の中、運動公園に剣戟が響きはじめる少し前。
「聞いたよ天野くん!今日、虚獣と戦ったんだって?」
「災難だったね。でも無事でよかったわ」
「どんな感じだった?訓練通りに戦えたの?」
この通り、同期のミトス達からの質問攻めだ。無理もない。彼らの入隊以来、未だなかった虚獣との実戦を、一番に体験したのが進次だったのだから。
「皆さん、ご心配ありがとうございます。僕の方は、その、何て言うか、無我夢中で」
困ったように苦笑いを浮かべながら、進次が取り巻く同期生達にありのままを語っていく。
思えば、今日は本当に記憶に深く刻まれる日だったと言っていいだろう。初めての虚獣との戦い、その中で感じた、人命救助に対する認識の甘さ、それを指摘され、うちひしがれそうになったが、第6班の、そして今、こうして苦楽を共にしてきた同期生達の絆を感じることができたこと。世界が、ほんの少しだけ広がったこと。そして---。
「そういえば、僕、とても奇妙なモノを見たんですよ。あれは、一体なんだったのか………」
忘れるにはあまりに衝撃的すぎた、歪な少女。虚獣……なのかどうかもわからない。現に報告書製作の段階で、塔機関のデータベースを少し漁ったが、あのような虚獣は、どの資料にも該当しなかった。
ただ、あの少女に、どうしても今一度邂逅しなければ。何故なら彼女は、進次に「待っている」と告げたのだ。
-----湖の神社。運命か偶然か。その場所に、心当たりがあった。
「天野くん、あれって?」
猪口氏に声をかけられ、我に帰る。知らないうちに思索に耽っていたらしい。
「実は---」
「おら、なにくっちゃべってやがる。稽古だ、さっさと来い」
背後から襟を掴まれ、つんのめる。進次は見えなかったが、恐らく鋭い眼光で一蹴されたのか、進次の同期生達は怯えたように散っていく。
全く、相も変わらず無骨かつ、無粋なことをしてくれる、と半ば呆れた目で背後のディビッドを睨み上げる。だいたい訓練開始時刻まであと10分もあるというのに。いやに熱心、あるいは妙に生真面目と言えるのかもしれない。
「ほう?俺を睨みやがるとは胆力だけは一丁前になったらしい」
ディビッドが襟を離し、進次の肩を掴む。さすがに殴られるほどの謂れはないはずだが。そう、身構えた進次に、思いがけない言葉がかけられた。
「ひとまず、よく生き残った。命が惜しけりゃ、次も勝て。いいな」
まるで、狐につままれた心地だ。今のは労い、だろうか。ディビッドはしらを切るように踵を返し、運動場に歩いていく。その背中に、今までには感じなかった親しみを感じ、頬をほころばせながら、進次が追いかける。
空の茜色はすでになく、今日も今日とて痛みを伴うぶつかり合いが始まる。しかし今日からは、どこか素直に、あの無骨な師匠と向き合いながら強くなれることが、進次には嬉しかった。
報告書:虚獣討伐、及び近隣住民の避難誘導結果
2013年7月26日(金)
13:13、風見区三丁目にて虚獣発生。第6班班長の命令に従い、風見区一丁目付近の住民の避難誘導を開始。
13:19分、風見駅地下道入り口にて、避難活動の経過確認。6名の避難未完了を確認。直後1名の無事を確認。
同刻、虚獣:種別・蠍尾竜と風見駅前広場にて遭遇。風見駅地下道入り口の破壊被害が発生。
前述の一般住民に、残り5名の避難誘導を要請。蠍尾竜との交戦を開始。
13:22分、蠍尾竜の討伐を確認。損傷なし。直後、データベースにはない謎の■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
破り捨てた。念のため、シュレッダーにもかけて、煙草と共に焼却しておく。
予想外だ。否、おそらく「彼女」は彼を探していたのだろう。正確には彼の剣を、 その剣に宿る魂を導に探し当てたのだと仮定する。
いづれにしても、この情報を奴らに知られてはならない。この世界を、まだ破壊させるわけにはいかないのだから---。