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虚ろの獣使い  作者: 松風ヤキ
第三章
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第三章/chapter3 穏やかなる日を裂くモノは

「はい、じゃあ改めまして、おはようございます」

焔の朝礼が始まり、神山相談所職員一同が一礼する。いつもの光景、筋書き通りの粛々とこなされる予定の仕事の始まり。しかし進次は、いつもよりちょっぴりそわそわと、落ち着かない。

「---今日は天野くんが獲得してきた依頼、【心の森】の合宿準備、その買い出しの子どもたちの監督委託があります。行ってもらうのは、獲得してきた天野くんに、西谷くん、そして平野さんの3人だな。俺と東山くんは風見5丁目、長岡さん宅の引っ越しの手伝いだ。距離も近いし、途中で連絡を取り合って交代することも可能だろう」


 そうなのだ。今日は心の森の合宿準備の手伝いがある。それ自体は心の森在学中に何度も経験した、なんのことはないことなのだが、重要なのは、この仕事を進次が営業で勝ち取り、なおかつ今回は初めての神山相談所の派遣員のリーダーとして、渓司と真子の統率を執ることにある。

 ただでさえやっと仕事をこなすことに慣れてきた状況で、普段先輩・上司と思っている人物達に指示を出すのは、なかなか勇気の要ることだ。これも、仕事の営業をするにしても、当てがなく、安易に心の森を頼ったツケだろうか。


「やれやれ…そりゃ仕事がないよりはマシだけどさ…よりにもよってなんでガキ連中のお守りなんだよ……テンション下がるぜ」

子ども嫌いの渓司が肩を落としながら、深くため息を吐く。相談すべきだった、と進次が萎縮しながら渓司に頭を下げる。

「こーら、進次くん困ってるでしょ。いいじゃない、陰気臭いアンタは一度子どもたちに気合いを入れてもらうべきよ。進次くん、懐かしい顔に会えるならよかったね。わたし達もしっかりサポートするから、リーダーヨロシクね」

真子にフォローされながら、なんとか気を取り直す。かくして、若きチームは今日もまた、明るい未来を目指してその手を携える。色も、形も、大きさも違う掌は、たった一つ、同じ志を持って。

「今日もまた---」

『明日に繋がるベストを!』


 時刻は午後1時。これから神山相談所が突入する夏期休暇、それに向けた延々と続いた書類仕事に一区切りをつけ、集合場所である風見一丁目、風見駅に進次を始めとした神山相談所のメンバーが到着する。それとほぼ同じくして、心の森職員3名と、小学生を中心とした児童8名が駅に到着する。

「おっ、時間ぴったりだな」

心の森代表のクリウスが軽く会釈し、神山相談所のメンバーも会釈を返す。

(あ、直久くんも幾太くんも、来てくれたんだ。……若干、距離感は遠いけど)

「では、みんな改めて紹介しましょう。今日のお買い物を手伝ってくださる、神山相談所の皆さんです。しっかり言うことを聞いて、楽しいお買い物にしましょう!」

木ノ下教諭の音頭に合わせて、子ども達が返事をし、挨拶を交わしあう。やや緊張した面持ちの進次に、子ども達が野次を飛ばしながら、クリウスと進次がプリントを渡しあい、最後の手筈を確認する。

「---では、2班に別れて1班は商店街アーケードを西回りに、2班はアーケードを東回りに回って、1時半に合流し、【喫茶イエロー・スピカ】で小休止、その後物資を心の森に配達、ですね?」

「はい。それでは、今日はよろしくお願いしますね」

普段気さくに話し合うクリウスが敬語で進次に語りかけることに違和感を感じる。だが、それもまた仕事上の付き合いとして、子ども達の手本として、当然であることも理解した。

 かくして一団は、子ども4人、大人3人の二手に別れ、割り振られた買い出しを開始した。


 西周り1班、クリウスと、進次、並びに真子の率いる子ども達の一団は、野菜、キャンプ…もとい合宿で使う雑貨の類いを買い求めて歩みを進めていた。

 進次に目を輝かせて子ども達が尋ねるのは---。

「ねえねえ、進次センパイ、ミトスになったんでしょ?(それ)見せてよ!」

「かっこいいよなぁ、僕もクリウス先生の剣習おうかなぁ」

「どうしてミトスになろうと思ったの?やっぱりお金?」

---こう、無知とは時に残酷だ、と言うのが相場と決まっていて。

「だーめ。いくらミトスになったからって、虚獣がいない所では、基本的にミトス武装を構えちゃいけないんだよ。危ないからね。

クリウス先生の剣を習いたいって気持ちは嬉しいけど、結構厳しいよ?まあ、要するに慣れの範疇だけどさ。

ミトスは確かに少しはお金を貰えるけど、少なくとも、僕はお金が欲しくてミトスになったわけじゃないよ?」

少し、困ったように微笑みながら、進次が子ども達をいなしていく。そんな、子ども達の輪に入らない少年が、一人。


「さあさ、八百屋さんに着いたぞ。みんなミーハーだなぁ、普段は今の質問俺にしてくれるのにさ」

「私もミトスの訓練校に通ったことありますけど、あれはなかなか大変だった印象がありますね」

ふて腐れるクリウスをフォローするように、あるいは自分もミトスになろうとした人間だった、と胸を張るように、真子が言葉を繋ぐ。それは進次も知らなかった事実だ。

「へえ、そうなのか。ミトスはやり甲斐もあるから、惜しいな。ただでさえ人手不足だからね」

クリウスが残念そうに肩を落としながら、真子に向き直る。真子の顔には、微笑みがありながら、どこか打ちひしがれたような哀愁を漂わせて、

(アストラル)究解(リアライズ)。あれがどうしても、乗り越えられなかったんです、私。自分の心に、魂に向き合うのって、それはある種の悟りの境地でしょう?それでいながら、人々を守るために……なんて心意気、本当、(もと)から聖人君子みたいな人じゃなきゃできないんじゃないのかって。私じゃ、届かないんじゃないかって、諦めちゃったんです」

それは、この場にはいない、悲願の背中を見送るような独白だった。そう告げることでしか償える方法を知らないような、罪無き子どもの、悪意無き破壊の贖罪のような---。


「ふぅん。まあそんなこともあるさね。重要なのは、諦めた自分にも、今の自分にも胸を張れるかどうか、じゃないかな」

「え……?」

クリウスの言葉に、いつの間にか俯いていた顔を上げる。

 諦めた自分に、胸を張る。それは、考えたことのなかった発想だ。だって諦めは、得てして歓迎される言葉ではない。敗北、挫折。きっと誰もが忌むこれらの「結果」に、誰もが認めてくれないに違いないその「結末」に、一体、どうやって胸を張ると言うのか。

「それっておかしくない?」

その声に、大人達が顔を見合わせる。ただ一人、どこか深刻そうに子ども達の輪に入ることのなかった少年、幾太だ。

「オレが言える立場じゃないかもしれないけど、諦めるなんてそれこそ大人気ないよ。みんなを守りたくてミトスになりたかったんだろ?どうして諦めたんだよ……どうして、胸を張れるんだよ?」

幾太の真っ直ぐな、余りに鋭い言葉が、真子を凍りつかせる。

「---幾太くん、それは」

つい、言葉を発してしまった進次が、その先を曇らせる。

---その答えは、進次も持っていない。諦める。ああ、それはきっと、誰もが決して選びたくはない選択肢だろう。涙を飲みながら選ぶバッドエンドなのだろう。想像はできる。

「…………」

幾太は諦めることを醜いと決めつけている。進次は諦めないことの辛さと、しかしてその先に待ち受ける希望を知っている。

真子を庇うことのできる人間は、この場にはいないのだ---。


「ふむ。果たして、諦めることは悪かな?」

クリウスが告げる。誰も予想だにしなかった開口に、息を飲む三人。

「ああ、言うまでもないが、諦めるとは悲しい選択肢だ。その先にあるのは、十中八九悲しみだがね。でもな、その結末に至るまでに築いてきたものは、紛れもなく人生に残る。かけがえのない財産としてね。なら、その積み上げた財産にこそ、せめて胸を張ってやらなきゃ、行き場がなくなってしまう。

わかるかい?自分の人生を、誇ればいいのさ」

「------」

思わず、息を止めていた。自分の人生を、誇る。話だけ解つまんで見れば、いつの間にか壮大なようだが。簡単なこと、なのかもしれない。しかし認めたくないのも、また人の心ならば。

 自分の人生は、間違っていなかった、と。ただそう頷ければ、それだけでいいと、彼は言った。


「………意味わかんない。そんなの言い訳じゃないか……意味わかんない」

幾太が背を向け、商店街の奥へ歩き出す。

「ちょ、どこ行くの!?はぐれちゃダメだよ」

「トイレだよ!……いいだろ、ちょっとくらい頭冷やす時間貰ったって」

(…………………ひどいこと言っちゃったし)

ぼそりと呟き、逃げるように駆け出す。

呆気にとられ、背中を見送る真子と、追いかけようと買い物かごを置く進次。それを差し止めるクリウス。

「……なんなの、幾太くん?みんなで楽しい買い物してるのにさ」

「しらけるよねー」

子ども達の悪意無き非難に、進次は心を絞めつけられる。彼が思い悩み、変わろうとしていることを知っていればこそ、尚更に。

「まあ、みんながみんな同じ悲しさを背負ってるわけじゃない……ってことさ。八百屋のお父さん、立ち話すみませんね。もう行きますんで」

買い物かごとカート1台分に積み上げた野菜を押しながら、一団が八百屋の主人に挨拶をし、その場を離れようと歩みを進めた---。


 駆け出した背中に、後悔が重くのし掛かる。足はいっそ軽快に、この場を逃れようとどんどん加速するくせに、心はというと、あの場に置き去りにしたように、まさに後ろ髪を引かれるように早く戻れと警告を発し続ける。

「………くそっ!」


 どれくらい走っただろう。商店街の西周りのコース、その折り返しの曲がり角、小休止を予定している街角の喫茶【イエロー・スピカ】の辺りで、足を止める。

 自分がいかに酷いことをしでかしたかは、わかっている。詳しい事情も知らない相手を罵倒し、先生の説教は頭に残っているくせに、受け入れられずに、逃げ出した。

「………ああ、いつもこうだ」

自己嫌悪する。受け入れられないことに真っ向から反抗して、しかし認めれないとわかれば逃げ出してしまう。納得できる答えを見つけるまで、現実逃避してしまう、頑固者。ひどく矛盾した弱腰な独り善がりの理想主義。

「ホント嫌いだ……オレ」

………走っていたから吹き抜けた風で冷えたのか、ひどく冷静になり、戻ろうと踵を返す。


 ジクジクと鳴く蝉の音は、この街の、風見区の夏の商店街を暑く、日々の喧騒と入り交じって、幾太の足を、罪悪感が逸らせた。

 どこにでもある日常、しかし最悪な気分の午後1時が過ぎていくはずだった。

 その凶報サイレンが、町を包むまではーー。


GRRRRRRR!Uuuuuuu!

『虚獣、発生、虚獣、発生 澤館市風見区三丁目浜田商事ビル付近にて 虚獣発生を確認しました。

住民の皆様は ミトスの指示に従い 落ち着いて 澤館第三防護施設まで 避難してください』



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