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虚ろの獣使い  作者: 松風ヤキ
第三章
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第三章/chapter2 力、護り人の背中

 時刻は午後11時を指し示す頃。よろめきながら進次が013号室に転がり込み、糸の切れたあやつり人形のように、リビングに肢体を投げ出す。

「…たぁー、疲れたー!」

正直に言えば、予想を遥かに上回るハードワークだ。日中、ただでさえ体力が奪われる夏の気温の中仕事をしたあとで、ほぼ休憩を挟まずミトス大会に向けた訓練を行う。たった二時間とはいえ、その濃密さは日課のクリウスの剣術訓練が生易しく感じるほどだ。それもこれも……。

「いや、あれだけディビッドにボコボコにされてても、そんくらいの弱音しか吐かねえお前は大したもんだよ。シャワー、先に浴びな。そのまま寝落ちすると汗くさいぞ」

焔が進次を励ましながら、冷凍庫のアイスに手を伸ばす。そうなのだ。

 ディビッドとの訓練は、確かにこの短期間で欠点を見抜き、戦う上でのイメージを明確にしてくれた実のあるものだ。

だがそのイメージを定着させようという気が無いかのような、容赦の無いかかり稽古、一種かわいがりのような怒濤の攻撃は、心身に大きな疲労を強いる壮絶なものだ。


 焔の勧めを受け、疲労からくる睡魔を払いのけ、痛む四肢と体を起こす。

思えば、クリウス以外の相手から戦い方を習うことなど初めてであるし、クリウス以外の相手に打ちのめされるのも初めてだ。

(本当に、僕この10年間なにやってたんだろう…)

自負(プライド)はボロボロ、弟弟子達に会わせる顔もない。弟、と言えば---。


(そういえば、直久くん今朝はいなかったな。まだ幾太くんと仲直りできてないのかな……)

洋服棚を漁る手が、気がかりを掴み取り手を止めさせる。

幾太とは、昨日まみえた。幾太は幾太なりに、強くなろうと空を睨んでいたことを知り、安堵していたが、直久はどうしたものだろう。クリウスは何も手を打っていないのだろうか。やはり一度、直久ともきちんと話をするべきではないのか。

自分が、兄弟子として諌めることができていれば---。

「進次?」

焔の声に、顔を上げる。

「どーした、眉間にしわ寄せて。そりゃ訓練きつかったのはわかるけどさ。お前ならすぐ慣れるって。自信持ちなよ」

的をわずかに掠めていく焔の的外れの励ましに、少し脱力する。何にしても、焔が怪訝そうにするような顔をしていたらしいことを知り、思考二秒。

「ありがと、焔。これは、違くて。直久くんと幾太くんのことを考えてたんだ」

「ああ、小僧どものことか。なに?喧嘩でもしたの?」

「実はそうなんだ。剣の腕のことでさ、弱いだの、強いだの。」

進次が再び洋服棚に目を落とし、あれでもない、これでもないと服を探すように、思索に耽る。

直久の言い分も、頭ごなしに貶すことはしたくない。正直に言ってしまえば、進次から見ても幾太が幾分不器用、端的に言って「弱い」のも、また事実ではある。それを幾太に言えるわけはないし、仮に言うとして、そこから幾太をどう導いていけばいいのか、進次にはわからない。

 対して直久は、あの年にしては進次も肝を冷やすような腕をしているが、それに託つけたように、少しふてぶてしく振る舞っているところがある。

年功序列、とは言わないが、そうした「実力」で全てを従えるような、そんな人間になってしまったら……という危惧はある。


「ふーん。強い、弱いねえ」

焔がどこか遠く、川縁で水切りの石を投げたように、真剣に/どうでもよさそうに相づちを打つ。

「そりゃあ、あのくらいの子にとっちゃ死活問題だわな。だって弱いやつの話なんざ聞くだけ無駄、実力主義、みたいなところあるし。男ってそんなもんだろ?」

焔の言葉にチクリと胸が痛む。

実力、権力、語彙力、財力。頭の痛い言葉ばかりだが、無意識に「力」というものを、人は畏れる。

そうしたもので押さえつけたくはないと思うが、果たして今の、ディビッドに丸め込まれるばかりの進次を知ったら、弟達は、果たして進次の言葉を聞いてくれるだろうか---。

「……………。」

過る卑しい考えに、頭を横に振る。だめだ。手詰まりなのはわかっているが、話を聞かせるために強くある。それこそ力で押さえつけているようなものだ、というジレンマにはまりかけた卑しい自分を切り捨てる。


「けどな進次。強さが、力が誰かを埋め尽くして、沈めちまうなら、せめて俺たちは、埋まりそうな誰かのために(それ)から守って、すくい出してやる人間にならなくっちゃ、な。俺が、お前のそれだってこと、忘れるなよ?」

思わず座椅子に座る焔の後ろ姿を見る。それは、焔の数少ない矜持、だろうか。

勘違いしていた。正すことができないなら、せめてすくわないとと、彼は言った。

「……うん。そうだね」

少なくとも、進次はたった一言、焔の言葉に救われた。焔は、進次の弱さもお見通しだったらしい。

 いつだってそうだった。10年前、最も危機的な状況で命を救ってくれて、生きるための目標を与えてくれて、今もこうして、小さな悩みを解消してくれた、この世で一人だけの親友。

「シャワー、さきに借りるね。聞いてくれてありがと」

リビングを出る前に、感謝を込めて右肩を軽くタッチする。焔がはぐらかすように、左手に持ったファッション誌を振って、進次をリビングから追いやる。

 直久と幾太のことなら、明日にも挽回する機会はあることを思い出した。明日は【心の森】の夏合宿の買い出しだ。せめて、笑って子ども達に、二人に向き合おう。そうすることが、夏の思い出の一助となることが、二人の仲を取り持つきっかけになるかもしれないと、少なくとも今はそう信じながら、熱いシャワーをくぐることにした。

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