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虚ろの獣使い  作者: 松風ヤキ
第二章
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第二章/chapter6 虚獣を学ぶ

 辺りは茜色から次第に紅を帯びた夜色に変わる午後7時。樹之幹区よりさらに先、丘を下りきった、平野、この街の、澤館のシンボルの一つと言える、広大な湖沼・龍凪湖(タツナギコ)に面した運動公園に、彼らは集っていた。

『全員集合!整列!』

澤館ミトス隊、隊長の男性・矢崎綾(ヤザキ リョウ)の声が、各々ウォーミングアップを済ませたミトス達を統率し、軍隊さながらに長方形の隊列を作り出す。


『これより、澤館ミトス大会へ向けての訓練を開始します。新入隊員の皆さんに告ぎます。

澤館ミトス大会は、この地域一帯のミトス全員が日頃の災害意識、それに対する対処能力の練度を競い合い、

何より、我々ミトスは、決して虚獣には屈しないという強い姿勢を、民間人の皆さんに示す、大切な機会です。

訓練と侮らず、真摯に、全力で臨むよう心して下さい。

では、まずは7時から8時までの一時間、第1~5班は運動場にて実技訓練、第6~10班は、ミーティングルームにて座学、一時間後に交代し、休憩を挟んで、全体の隊列訓練とします。以上!』


流石この澤館を防衛するミトス達のトップに立つ人間である、と進次が感心しながら、先頭に立つクリウスに続き、運動場を離れる。

「なあなあ、進次」

ふと、後ろの焔から肩を叩かれ、振り返る。焔は笑いを必死に噛み殺すかのように頬をひきつらせながら、進次に耳打ちする。

「大真面目なのはわかってるけどさ、この角度からだと、隊長のメガホンがアヒル口に見えなかったか?」


 第6班から第10班までの総勢30名を収容するミーティングルームこと、運動公園の選手待機室(ロッカールーム)にて、焔が進次に作られたたんこぶを冷凍ペットボトルで冷やしながら、ノートを開く。

5分と経たず、ノートパソコンとプロジェクターの一式を用意し終えた、褐色の幻惑的な色彩の、若き女性講師が全員に参考資料を配り、深呼吸を一度。金の瞳と共に、その口を開く。

「さて、お集まりいただき感謝します。塔機関 虚獣対策技術開発課のミランダ・アーヴィングです。今回の講習では、虚獣とは一体何者であるのか、これをお復習していきたいと思います」

ミランダの手の中のスイッチがスクリーンにプレゼンテーションを開き、項目が表示される。


 1、虚獣とは?

 2、虚獣の生態

 3、虚獣による被害状況


「では、早速ですが皆さんに質問です。虚獣とは、一体何者なのでしょう?

人類の天敵、意思を持つかのような災害。人によっては、憎むべき悪…そんな認識でしょうか」

ミランダの凛とした声が部屋に響き、進次やナターシャを含めた数名のミトス達が頷きながら、スクリーンに注目する。映し出されるのは凶悪に牙を剥く、いつの間に、どのように撮影されたのか定かではないが、虚獣のフォトグラフの数々。

見る者が見れば、あまりの恐怖に絶叫しそうな、鬼気迫る虚獣、虚獣、虚獣。その中には、10年前に進次が目撃した、あの虚獣も---。

(-----------)

「虚獣の出現メカニズム、肉体の活動メカニズム、活動目的など、我々塔機関の技術を持ってしても、悔しいですが、未だ解明できていないことは多岐に渡ります。

 しかし、虚獣の生態を追う内に、わかってきたことがあります。それこそが、我々塔機関、ひいては人類が[ミトス]という対抗手段を生み出すに至った真実なのですが---。」

進次が背筋を凍らせている間にもミランダの講義は続き、ふと、トーマとミランダの視線が交差する。ミランダが獲物を捉えた猛禽のように、教鞭を伸ばし、即座にトーマを指し示す。


「では、貴方に質問です。虚獣と、貴方達ミトスには、一つ、共通点があります。それはなんですか?」

その場にいたミトス達の注目を一身に集めながら、トーマが立ち上がる。鉄仮面とは思っていたが、こんなに大勢の前でまで顔色一つ変えずに立ち上がるとは、大した胆力だと、クリウスが感心する。

「虚獣は、[魂]を外骨格として出現…いや、受肉してこの世界に出現する。

俺達ミトスは、その虚獣の在り方を研究した末に産み出された、[魂]を鎧として纏う…或いは[魂]と[肉体]を反転・裏返して身体能力を増強、虚獣に抗える力を行使できる存在だ。

共通点は、いずれも[魂]を物質・具現化している…というところだな」

ありがとう、とミランダが拍手し、それに釣られる形で周囲からもささやかに拍手が贈られる。


 あろうことか、科学を極める組織が[魂]とは。そう、誰もが思う時代があった。

しかし、事実を事実と受け止める合理性を持つものも、また科学か。

塔機関は、虚獣の観測・研究を続ける内に、虚獣の外骨格に当たる物質が、未知のエネルギーを発する、新たな「量子」であることを発見。そしてそれは、全人類が持ち得る、普遍の、虚獣に対抗する有力なエネルギーであることを確認。

 それが[魂]。あまねく人々が、前へ。幾多もの困難さえも、千億の不可能さえも越えて前へと進み続け紡ぎ続けてきた、星を掴み、更なる次元の手がかりを探り当てる、量子力学(クォンタム・マケニクス)の結論だ。


「我々人類は、皮肉にも虚獣という災害の、自然の力を前にして、ようやくそれに立ち向かう手段を得た…。それが現実です。感情的になるな、とは、ミトスではない私からは言うことはできませんが、皆さんには、敢えて塔機関の結論を伝えましょう。

アレは、自然災害(・・・・)です。冷静かつ、理性的な判断こそ、生存への布石であることを、どうかお忘れなきよう」

ミランダの、どこか捲し立て言い含めるような物言いに、進次が違和感を覚えながら、横目に周囲を見渡す。目を伏せながら頷く者、進次と同様に、否、進次より釈然としないように顔を曇らせる者、どこか呆れたように肩を落とす者。

納得していない者がいないわけではなかったが、進次の予感は、胸に一抹の不安を掻き立てた。

(虚獣も[魂]を持つ、と言っていたけど。それじゃあ、まるで---。)

「はい、そこ!余所見をしない!」

突然一喝。進次を除いた29名の前で雷を落とされる。せせら笑いがそこかしこで起こりながら、進次が顔を真っ赤にしてミランダに頭を下げる。

「ばーか」

隣に座る焔が進次に小声で罵倒しながら、肩を小突く。思わぬところで先程(ゲンコツ)の復讐をされてしまった。


 ひとしきりせせら笑いも止む頃、ミランダのスイッチがスクリーンに、第2の項目を映し出す。

「さて、ここからは虚獣の生態についてお復習していきましょう。虚獣は、確かに我々塔機関の科学技術を以てしても、まだまだ解明できていないことが多い、謎に満ちた存在です」

ミランダが、プロジェクターのスイッチを手の中で転がしながら、淡々と告げる。

その様は事務的ではあるが、どこか不甲斐なさを自嘲するかのように、自信がなさそうに目を伏せる、齢相応に至らなさを恥じる若者のように、進次の瞳には映る。


「ですが、判明してきたことも多くあります。先程、彼が解説してくれた、虚獣は[魂]と呼ばれる量子を外骨格として受肉している。これは、虚獣の最たる特徴のひとつです。

---では、貴方に質問です。虚獣は、[虚獣]と呼ばれたる、大きな一つの特徴がありますね?それは何ですか?」

ミランダが教鞭で第6班の机を指し示す。しかしてそれは、その男のスイッチを入れるきっかけとなり、

焔が眉をしかめ、

ナターシャが「あちゃ」と小さく呟き、

トーマが静かに身構えた。


「ん、俺?よし、引き受けた」

その指名が、男の教師のスイッチをonにする。否、イグニッションキーを回す、と言った方が正しいか。

 何にしてもその男、クリウス・ブランカーは明らかにやる気に満ち充ちて、呼ばれてもいないのにミランダの隣に並び立ち、堂々と語り始めた。

「さあみんな、毎度ながら世話になる。第6班班長のクリウス・ブランカーだ。

ご指名とあっちゃ仕方ない。クリウス先生の臨時ミトス講座だよ、みんなしっかりついてきてくれ!」

ミランダと、この講座が初めての進次とディビッドを含めた新入隊員達が、何事かと目を丸くしながら、呼吸に喘ぐ魚のように口をぱくぱくさせ、その他の隊員は慣れたもので、適当に野次を飛ばしながら、どこか砕けた雰囲気に脱力する。


「虚獣の生態。確かにこれは、俺達ミトスなら必須科目だよな。では、教授からの質問、虚獣が[虚獣]と呼ばれる由縁について、俺から語らせてもらおう」

クリウスの、恐らく狙っていない駄洒落に失笑する一同のなか、ミランダが抗議を上げようとクリウスを睨む。

が、クリウスはほんの少し悪びれる横顔でミランダにアイコンタクトを送り、プロジェクターの再生を促す。

抗議する時間が惜しい、と判断したのか、ミランダは渋々スイッチを押し、ある一本の動画を再生し始めた。


それは、なんの変哲もないある街の風景を写し出した、防犯カメラの映像。だが、その動画に突然、何の前触れもなく、現れた異物(・・)があった。

 虚獣。それは確かに、何もない虚空だったはずだ。

そんな透明の空気中に、まるで瞬間移動で現れたかのように、煌々とした鬣の、獅子を思わせる虚獣が突然出現---

否、受肉する。

パニックに陥る人々、獅子が咆哮を上げ、腰を抜かした男性に飛びかかったところで、動画は途切れた。


「以上が、虚獣に関する映像資料の一部だ。驚くべきことに、虚獣は、【何もない空間に瞬時に魂の外骨格を形成。なんの前触れもなく現れる。】

それでいて倒したとしても、【その身体はまた霧散して、消えてしまう】んだ。

『虚空』から現れ、そして消えてしまう『獣』、奴らが『虚獣』と呼ばれる由縁、そして塔機関が虚獣の全容を解明できない理由だな」

虚獣の出現光景の映像は、情報化社会の現代では珍しいものではないが、それでも顔面を蒼白とさせる新入隊員達。

つまり人類は常に後手に回っているのだ。最新の地震計測器ですら、震源地は間に合わなくとも、周辺自治体に数秒前には警報を発せられるが、虚獣にはその暇すらない。

自然の脅威、災害という言葉が相応しいのも、確かに頷ける話だろう。


「でも、どういうわけか虚獣にもある弱点と言える特徴がある。これを見てくれ」

クリウスが、さも自分がプレゼンテーションを編集したかのように、ミランダにアイコンタクトを送り、ミランダが苦虫を噛むようにそれを進める。

 表示された物は時間帯別の虚獣の発生数グラフ。そこには、明らかな「0」の時間帯があった。季節毎にそれは推移しているが、結果は火を見るより明らか。

---日没後、夜だ。

「このグラフを見てもらった通りなんだが、虚獣は【夜は出現しない。】一説によれば、【太陽光の元でしか出現できない】んじゃないか…と言われている。

現に直射日光のない屋内には出現しないからな。避難道が地下に設備されているのもそのためだな」

腑に落ちるように、ミトス達が頷く。そんな、防ぎ様のない存在が、それこそ場所も時も選ばず現れていては、いくらこの場に並び立つ歴戦のミトス達も手に余るというもの。

その資料は、ミトスを含む全ての人類にとって唯一胸を撫で下ろす情報だった。

「虚獣についてわかっていることは、そんなところだな。

ともかく、虚獣は太陽が出ている時間ならば、いつでも現れる脅威。ここを押さえておけば問題ない。みんな、気を引き締めてかかろうな。俺からは以上だ」


 クリウスが語り終え、ミトス達に拍手を送られながら満足気に第6班の席に着席するのを見計らい、ミランダが一つ、咳払いをし、プロジェクターのスイッチを押し、第3の項目に移項する。その額には、うっすらと青筋を立てていたようだが、しかし


「さて、これはこの国の国民全員にも、無論世界にも公表されている記録ですが。

虚獣による被災者、犠牲者。この数字は、喜ぶべき事に、年々減少してきています。これは、我々塔機関の技術躍進もさることながら、第一に皆さんミトスを始めとした、各国家、国家間での虚獣対策意識が高まっていること、虚獣に対しての戦闘能力・救援能力の向上。

これらが正しく合致した結果と言えるでしょう。実に喜ばしいことです」

ふと、堅く気を立てていた雰囲気だったミランダの表情が、綻んだように思えた。あれは、誇らしさ、だろうか。人類が、虚獣という未知に立ち向かう誇らしさ。それに拮抗し得ている誇らしさ。そんな存在達の、ミトス達の一助となれている誇らしさ---。


「それでも毎年、世界で10000人を越える死傷者が出ていることは事実です。

皆さんには、今後とも虚獣対策の最前線に立っている。その意識を強く持ち続けていただきたい……。それが我々、力無き民間人からの要求、そして願いです。なにより---」

ミランダが言葉を切り、講義台から隊員一人一人の瞳を見つめるように全体を見渡し、そして、

「この場にいる、多くの方が、あの恐怖を、絶望を知っているはずです。

---澤館虚獣大災害。あの悲劇を繰り返さないためにも、心を強く、負けない戦いをしましょう。以上です」

この街、澤館に住む全てのミトスに静かに、しかし確実に喝の入る、凛とした背中で、その言葉を口にする。

 澤館虚獣大災害。この場にいる多くのミトスが、多くの悲しみと出遭った、忌の日付。

あと11日。それは、澤館のミトス達が、虚獣に屈せぬと奮い立つ澤館ミトス大会当日、8月3日。

 進次の、固唾を飲む自分の喉鳴りが大きく聞こえる。10年。節目となる、この年の夏にこそミトスに成ったのは、あるいは運命だったのかもしれない。


 この場にいる全てのミトスが、静かに、凛と決意を新たにしたように感じる。それが理想と感じる進次は、そうに違いないと疑うことはなかった。

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