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大島サイクル営業中 2017年度  作者: 京丁椎
2018年 3月
198/200

リツコ・中にお願いする

フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。

実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。

学生たちは春休みに突入したが、教師は普通に出勤だ。


「はいお弁当。行ってらっしゃい」

「行ってらっしゃいのチューは?」


「今日は特別やで…」

「…んっ…」


※濃厚なキスシーンです。描写は控えさせていただきます。作者より。


いつもからかって来るので本気でチューをした。


「ああ…どうしてここでそんなチューするの…足に力が…」

「参ったかw」


リツコさんが真っ赤になってフラフラしてる。これで仕事に行って大丈夫だろうか。


「…行ってきま~す♡」

ご機嫌で出かけて行った。大丈夫みたいだ。


街の風景はいかにも春と言った感じだ。和菓子屋の店先には春のお菓子が並び、

婆さま方が桜餅や田舎饅頭を買っている。その中に一人、女の子が居る…理恵だ。


「理恵、開店早々の和菓子屋で何をしてるんや?」

「お饅頭を買ってる」


いや…そんなに胸を張って言われても困る。


「お客さんでも来るんか?お使いやろ?」

この店の饅頭は評判が良い。来客が在る時はここの饅頭をお茶菓子にするのは定番だ。


「みんなと図書室で勉強しようって。おっちゃんの店で待ち合わせしてるんや」


ウチの店は待合所じゃないぞ…饅頭を買い終わった理恵は店に来た。


「おっちゃん、いつもの」

「ウチは呑み屋じゃないぞ…それにココアは饅頭に合わんやろ?」


濃いめの緑茶を淹れて出した。餡には茶が一番合うと思う。


「で、皆と図書館で勉強したあとは今都で遊ぶんやな?」

「へ?何で?おっちゃんの言うことが解らへん」


「図書館で勉強したあとはハンバーガー食べたり買い物したりするんやろ?」


俺達の学生時代は高校の図書館で勉強したあとは街で過ごしてから帰ったものだ。

ところが理恵はそんな俺の言う事を『解らない』と言った。


「課題を片付けた後は、速人の家に寄ってから帰るよ?」

「今都では遊ばへんのか?」


「だから、何で今都で遊ぶって考えになるん?何処で遊ぶん?」

「ファーストフード店とか買い物とかいろいろ楽しいやろ?」


「そんなの今都や無うても有るやん。安曇河で遊んだら良い(ええ)ねん」


どうやら理恵達の世代には今都で遊ぶといった考えは無いらしい。

理恵が言う通り、安曇河の者がわざわざ今都に行く必要は無い。俺達の頃は何でもかんでも今都に在ったのだが、今はそうでもない。人口が多いからと出店した店も、しばらくすると店員の確保が難しくなって閉店すると聞いた。高齢化と客層の悪さから大企業が今都に出店しなくなって随分になる。


「それに、速人も真旭にあるホムセンに行きたいって言うてるしな」

「ああ、あの店か。面白い工具を売ってるな」


そんなやり取りをしていると2ストロークの排気音が近付いて来た。

綾ちゃんのDioの音だ。後ろから佐藤君が付いてきている。


「おじさん、理恵は来て…るね。また食べてるの?」

「そうや。そこで饅頭を買い占めて…この体のどこに収まってるんやろうな」

「シシャモみたいに餡子でパンパンになってたりしてな」


学生3人はそれぞれのバイクに乗って出かけて行った。


     ◆     ◆     ◆


理恵が饅頭を食べ、大島がお茶を淹れていた頃、リツコは学生に注意をしていた。


「ウインカーが点いてないよ。修理しなきゃダメじゃない」

「修理する店なんか今都に有りません」


学生の言う通り今都にはバイクを修理する専門店は無い。まったくないわけでは無いが、クラシックモーターサイクル専門店なので敷居が高く、『当店でお買い上げのお客様以外お断り』の看板が掲げてある。


「じゃあ、自分で交換するとかしないと、整備不良で停められちゃうよ」

「はぁ?どうして自分で修理なんかしなければいけないんですか?」


リツコはエンジンの分解の様な専門的な知識が必要な整備は出来ないが

ヘッドライトやウインカーの電球を換えるくらいは自分でする。


ところが、この生徒は今都では当たり前の事かも知れないが、

リツコからするととんでもない事を笑顔で言い出した。


「修理なんかね、札束で修理屋の頬を張り倒してさせれば良いんですよ」


表情は変えなかった(つもりだ)が、リツコは少し嫌な気分になった。


「ここのネジを緩めて交換できるでしょ?」

「はぁ?どうして私が手を汚す必要があるんですかぁ?金持ちですよ?」


修理に出す店が無く、自分で修理もしないバイク通学生は一部に居る。


高嶋高校でもその手のバイク通学性には頭を痛めていた。修理へ出す店が無く、自分で直そうともしない。かと言って整備不良で停められると保護者はクレームの電話をよこして来る。そんな生徒でも通学の事を考えるとバイク通学を許可せざるを得ない所に住んでいる者も居る。


職員会議でもたびたび話題に上っていたのだが、リツコにはどうしようもなかった。


「私のお世話になっているバイク屋さんだから。直さなきゃ駄目よ」


リツコはメモに大島サイクルの地図を描いて生徒に渡した。


「お節介ババァの行くような店なんか行くかよっ!俺様はセレブなんだからな!」


後から何か聞こえた気がした…いや、はっきり聞こえた。


     ◆     ◆     ◆


あたるさん、お願いが在るの…」

「ん?」


リツコは今都の生徒が乗るバイクが整備不良で停められている事、修理が自分をしない事、そして、そんな生徒のバイクを面倒見て欲しい事を大島に相談した。


(あたる)さん、今都が嫌いなの知ってるんだけど、お願いできないかな…」


いつもなら元気なリツコの眉毛が八の字になっている。叱られたりするかも知れない、怒鳴られるかもしれないと心配しているのだ。だが、中からの返事はリツコの予想外。実にあっけないものだった。


「いいよ。リツコさんのお願いやったら仕方ない。でも、引取りはせんで」

「本当?中さんは今都が嫌いって普段から言ってるのに良いの?」


「まぁ、今都は嫌いやけど、リツコさんが困る顔を見るのはもっと嫌やからな」

「ありがとう。お礼に今夜は良い事してあげるね」


この夜、リツコは中の上に跨り…


「リツコさん…上手になったな…気持ちいいで…」

「でしょ?…ん…あなたに…仕込まれたんだから…ほ~ら♡」


「おおっ!いつの間にそんな事を覚えたんやっ!くっ…」

「ふふっ♡もうあなたは私のと・り・こ♡逃がさないわよ♪」


「ゴメン!リツコさん…出るっ!どいてっ!」

「出していいよ…思いっきり出して…」


「でも…アカンって!」

「結婚するんだから…いいよ…出して♡」


「あっ!」

ブブ~ッブリブブブ~ッ!響く轟音と漂う異臭


「うわっ臭いっ!」

「そやから言うたのに」


腰を揉んだら腸まで刺激されたのだろうか?中は盛大に放屁した。


「クッ…目に来る…」


リツコは臭い目に会ってしまった。


     ◆     ◆     ◆


数日後、大島の店にリツコが注意した生徒のスクーターが有った。リツコは例の生徒が修理に持って来たのだろうと思っていた。ところがその生徒、別のバイクの使用申請を持って職員室を訪れた。


「この前のバイクはどうしたの?修理してるんじゃないの?」


不思議に思いつつ申請書類を受け取ったリツコに生徒は答えた。


「ああ、アレですか?壊れたし飽きたんで捨てました。ボロを直してもボロでしょ?

 そんなのに金を使うなら新車を買うのに回す方が良いじゃないですか」


「そんな簡単に…お金はどうすの?最新型で…50万円以上するじゃない」

「親が出しました。だって、田屋家はお金持ちなんですから」


この田屋と言う生徒。親はNPOの理事か何かで金持ちとして有名だ。


「我々裕福な物は経済の流れを生み出す為に消費する。貧民どもはそのおこぼれを受け取って生きていく。経済の頂点に君臨するのが我ら今都市民です。高嶋町出身で貧乏な磯部先生には分からないかもしれませんが…」


「そう…RS125ね…」


「早くしろよ、オ・バ・サ・ン。俺は神の街・今都のお子様だぞ」

「……」


(オバサンじゃないもん…)


薄ら笑いで話す生徒。リツコは何も言う事が出来なかった。


      ◆      ◆      ◆


家へ帰ると、いつも通り中さんはご飯を作って待っていてくれた。

私は晩御飯を食べながら今日の出来事を聞いてもらった。


「リツコさんが言ってたのはあのスクーターやったんか」

「うん、中さんが修理してるのを見て持って来たのかな~って」


くだんのスクーターは中さんの知り合いのバイク回収業者が持って来たらしい。

程度は良くないけれど、中さんなら直して店に並べるだろうって持って来てくれたんだって。


「愛情に飢えた車体やった。少しだけ愛情を注いでやったら蘇る」


大修理は必要ないけれど、細々とした部品の破損や消耗が重なって不調だったみたい。部品代はそれほどじゃなくても手間賃がかかる。普通の中古バイク店で直して売っても元が取れないんだって。


「まぁ、俺の人件費は損せん程度に貰えたらよいわ」

「じゃあ、どこで儲けるの?お店はやって行けるの?」


「損するような値段では売らへんで。そんなことしたら店が潰れてしまうさかいな」


バイク自体の利益は半月分の食費程度だって…中さんの食事は自炊ばかりだから…

私はコンビニご飯ばかりだったから良く分からないや。


「コンビニで3食買う事に比べたら安いで。米もタダで入って来るしな」

「お米がタダ?どうして?」


「田んぼを貸す賃料の代わり俺とリツコさんが食べる米を貰うてる」


豊作でコメがたくさん採れて儲かったとしても中さんに入るのは米だけだって。

その代わり、不作な年でも絶対に決まった量の米は貰える決まりになってるとか。

タダで1年間食べる米を貰えばそれでOK…でも、それは結構大きな収入かも。


話しがずれた。店の話に戻ろう。買ってもらった後での修理や点検が利益を生むんだって。

中さんは売ってからバイクが利益を生む仕組みを説明してくれた。


「オイル交換・タイヤ交換・保険・あとは細かな整備で細々儲けてるんや」

そう言われてみると、中さんのお店はいつも何かでお客さんが来る。


「『小さなことからコツコツと』ってな」

「漫才の師匠みたい…好きだったな…あのコンビ」


ドカンと大儲けは出来ないけど、日々の細かな利益が馬鹿に出来ないとか。


「従業員は俺だけ。店は一括で買えたからローンも無し」

「ローンが無いのはイイね」


私はゼファーちゃんのローンを必死にバイトして払ったから解る。

例えばだけど、2万円稼ぐのは案外簡単だ。でも、必要なお金を全部払って2万円工面するのは

大変な事だ。ローンを返すってそう言う事じゃないかと思う。


「借金する甲斐性が無かっただけやけどな」


カラカラと笑ってるけれど、中さんは借金で大変な目に会ったらしい。

あまり話してくれないけれど、その時にお世話になった人とは今も親交が在るんだって。


「中さん、私は間違ってたのかなぁ…おせっかいなオバサン?」

「考え方の違いが在るだけや。アプローチの違いやな…」


自動車でも3年・5年で買い替える人は多い。下取り価格が付くうちに売って

次の車に買い替える。車は常に新しいから故障やメンテナンスで使う費用が抑えられる。


「だから、それも一つの方法、おかげでウチに中古車が流れてくる。それと…」


「それと?」

「リツコさんは『オバサン』なんかや無いで」


まぁ、そういう事にしとこうかな♪


「私ね、バイクって買ったら大事に使い続けるのが普通って思ってた」

「そうやな。『愛車』って言うくらいやもんな」


私はどちらかと言えば道具に愛着を持つ方だ。そして、惚れてしまったら離さない。

『惚れ込んだらとことん付き合う。車も恋人も一緒』と父に教えられたからだ。


「でも、何か違う気がする…そんなの寂しい」

「今度買うのはウチのお客さん。次は大事に乗ってもらえるで」


神経が高ぶっていたのだろうか。この日は布団に入っても眠れなかった。

そんな私の気持ちがわかるのだろうか?

中さんは何も言わずギュッと抱きしめて頭を撫でてくれた。


(バイクって…今の子にとって何なのかなぁ…)


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