速人・楽しく楽に⑦6VCDI改純正4速クロス完成
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。
速人の『スーパーカブの6VCDI車のクランクケースに純正部品の組み合わせでクロスミッションにして遠心クラッチで楽しく楽に走るぞ計画』…長いので『遠心純正クロス』もいよいよ完成が近づいてきた。
オーバーサイズのピストンにピストンリングを組み込む。組み込む時にまだリングを入れない溝にマスキングテープを貼ってピストンに傷が付かない様に、間違った溝に入れない様にする。
「間違った溝に入れて付け直そうとしてリングを折ることが多いからな」
「はい。『急がば回れ』ですね」
ベースガスケットを入れてピストンリングをリングコンプレッサーで縮めながらシリンダーへ挿入。上死点を出しておく。カブ系の上死点はウッドラフキーがシリンダーと一直線にするのがおおよその目安。正確には合いマークを合わせたりするが組みつけの目安って事で。
「Oリングが落ちやすいからな。シリコングリスで張り付けて落下防止な」
「はい」
ヘッドを乗せてカムスプロケットの合いマークを合わせて組み付け。カブのエンジンは合いマークがキッチリ合うので整備がしやすい。当然と思うなかれ。粗悪なコピーエンジンでは合いマークすら無い物もある。
「クランクを2回転させて組み付けが間違ってないか確認な」
「はい。1回・2回…大丈夫」
仮止めしておいたヘッドのナットを締めてジェネレーターベースを取り付け。
カムチェンテンショナーへオイルを入れる。
「さて、オイルを入れてテスト運転するか」
「どうかなぁ?上手く動くかな?」
海外製のフレームを改造したテスト台にエンジンをセットして配線・配管をする。
「ニュートラル良し。空キックでエンジンオイルを各部に廻らせる…」
20回程キックしてタペットカバーを開けて中を見る。
「オイルは回ってるな。火を入れよう」
「はい、ニュートラル良し・ガソリンコックON・チョークを引いて…」
「速人、プラグコードが刺さってないぞ」
「あ、忘れてた。コードを刺して…」
プルン…プルン…プルンプスン…プスンパスンッ…プルン・ブブブンブン…
「ふむ…変な音は出てないな…オイル漏れも無いみたいやな」
「変な音は出てないですね」
「変速はどうや?」
「え~っと、ニュートラルはOKだから…」
カチャン・カチャン…カチャン・カチャン…カチャン
カブと違って今回の純正流用クロスミッションはストッパーが無い。
「4速からニュートラルに入るからな。気を付けんと壊してしまうぞ」
「そうですね。ニュートラルランプはしっかり見ておかないとダメですね」
ところで、このエンジンはどうするのだろう?
「このエンジンに積み替えるか?」
「これはスペアで取っておこうと思ってます。売りませんよ」
売るとすればエンジン単体で5万円は欲しいくらいだ。手間が掛かっている。それだけに速人としても大事に取っておきたいエンジンなのだろう。
「家に置いておくと母に文句を言われそうなんで…」
「OK。おっさんが預かっておく」
エンジンは木箱に入れて棚へ片付けた。念のために
『速人のエンジン・預かり物・非売品』と書いておいた。
◆ ◆ ◆
ヴロロロロ…プスン…
R社のマフラーの音と共にリツコさんが帰って来た。
「ただいま…ふぅ…疲れた」
元気なリツコさんがお疲れ気味だ。手には何やら茶封筒を持っている。
「おかえり。お風呂にする?ご飯にする?それともお酒?」
「その前にこれ。学校から中さんに渡せって」
「学校から?」
渡された茶封筒にはプリントが1枚入っていた。
「なになに…新学期のバイク点検協力へのお願い?」
「うん。新年度にバイクの点検をするんだって。私も担当になっちゃった」
去年の夏に生徒が死亡事故を起こしてから学校側は神経をとがらせている様だ。
新学期の前に悪さをしている生徒のバイクは一掃するといったところか。
「わかった。空けておこう」
「お願いね。さて、晩御飯は何かな?」
今日は肉野菜炒めと味噌汁・それと買ってきたアジフライ。
「アジフライって良いよね。ソースをかけてビールをクイッと…」
「お総菜も馬鹿に出来んよね」
◆ ◆ ◆
今日の中さんは布団の中でも良く喋る。本田君のエンジンが完成して嬉しいのだろう。
「去年の点検では暑うて死にそうになってな、汚いバイクも多かったわ~」
「一部の生徒が整備不良で注意されてるのよ。本当の整備不良で」
ウインカーが点いていない・タイヤの溝が無い…等々、変な改造じゃない。
壊れての整備不良で停められる生徒が最近多い。
「今都の生徒やろ?大津のバイク屋に修理を断られて農機具店に出してるとか」
「どうしてそんなことまで知ってるの?」
「困って修理の問い合わせの電話が来てる。出んけど」
「出ないの?」
「厄介事は御免やから」
中さんの話によると、今都のバイク通学生が整備不良で生徒指導室に呼ばれているのはその辺りが原因みたい。バイクの修理をする店が無いから専門外の店に出して余計に調子を崩しているとか。
電球が切れてたりタイヤが丸坊主とか煙を吐いていたり。
専門店がメンテナンスしていれば起きない様な事が起きているのはそのせいなんだって。
「俺かてトラクターはよう直さん。専門外の機械を直す方はしんどいやろうな…」
「中さんのお客さんなら大丈夫よ。頑張れ、街のバイク屋さん」
私が認めた男は軟な男じゃないはず。逞しくて頼りがいのある男なんだから。
「後輩でもあるお客さんの為に頑張らんとなぁ」
「うん。でもね、取りあえず今夜は私の為に頑張って…」
はしたないけど我慢できない。もう上に乗っちゃう。
「今夜はアカン。明日の晩にしような」
「イヤ…我慢できない…」
◆ ◆ ◆
「そやからアカン言うたのに!今夜やったらゆっくり出来るのに!」
「おおおおお弁当!行ってきます!」
昨夜頑張った中さんは寝過ごした。当然私も寝過ごした。
頑張れゼファーちゃん!私を学校まで運んで!
「ち・こ・く・す・る~!」
フォォォォ…クォォォォン…クァァァァァン!
リツコとゼファーは国道161号バイパス爆走した。
『よい歳こいて寝坊かよっ!困ったお嬢ちゃんだ!』と言うかの如く
ゼファー1100は久しぶりの快音を響かせるのであった。