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大島サイクル営業中 2017年度  作者: 京丁椎
2018年 3月
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リツコ・ホワイトデーに欲しい物

ホワイトデーです。リツコの欲しいものが何か分からず、大島は困っています。

果たして、リツコの欲しいものは一体何なのでしょう?


フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。

実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。

今日は高校の合格発表の日だ。この数日間、リツコさんは忙しかったみたいでお酒もを飲んでいなかった。呑まない分は飯を食ってエネルギーを補充していた。凄い勢いで飯が減り、お弁当の他に残業で食べるオムスビも持って行ったりしていた…というか行かせていた。


「今日で忙しいのが終わるからね」

「うん、気を付けて」


近頃お疲れ気味のリツコさんを元気にするために今日の晩御飯は焼き肉だ。肉の予約はしてある。酒もすでに入手済み…ホワイトデーでもあるからお返しも買ってある。


リツコさんを見送ってから店を開ける。今日も変わり映えのしない街並み。

だがそれが良い。時の流れに取り残されたような藤樹商店街は昭和の香りがする。


3月半ばになって遅生まれの学生たちが教習所へ通い始めた。そのせいかチョコチョコとバイクが売れる。昨年から少しだけ厳しくなった高嶋高校のバイク通学規定。いまのところ影響は見られない。親御さんとバイクを買いに来る子も多い。リツコさんが提案した格安2種スクーターと格安2種カブ(52cc)が良い売れ行きだ。カブだと親御さんも安心するのだろう。後ろに羽が生えたスクーターより良く売れる。


最近、あるタレントさんがスーパーカブをカスタムし始めた。その影響か古めのカブが値上がりしつつある。すぐに乗りたいのと値段的な問題で中古車の売れ行きは好調。俺が興味を持ち始めた頃に馬鹿にされていたのは何だったのかと思う。まぁ売れてもナンバーを付けるのは4月に入ってからやけどな。


     ◆     ◆     ◆     ◆


高嶋高校の駐輪場で大島サイクルの常連数名が正門の方を見ていた。


「そうか。今日は合格発表なんや。うむ、初々しい後輩たちだのう…」

「僕たちと1歳しか変わらないでしょ?」

「急に年寄りじみた喋り方してどうしたの?」

「アホなんだよ。こいつは」

「理恵ちゃんはアホです~」

「アホね…」


アホ呼ばわりされている理恵だが実際の成績はそれほど悪くない。


高嶋高校前に入試の結果が張り出され、見に来た学生たちのほぼ・・全員が合格を喜ぶ中、一部の学生たちが肩を落としていた。


「なんで…なんで高嶋高校で不合格なんだ…」

「え…浪人?高校入試で…」

「嘘でしょ?…どうなってるのよ…頭おかしいんじゃない…」

「嘘や~!神の子を不合格にするなんて~!」

「あ~ん、何なの~」


不合格になった学生達は呆然としていた。


残念な事に高嶋高校は滑り止めだと言われている。

大津方面や安曇河高校に合格出来そうに無い今都の生徒が受験するのだが…


少し前に放送された女子高生がバイクに乗るアニメが影響したかは定かでないが、今年の高嶋高校はバイクに乗りたいと大津方面からの受験生が例年より多かった。普段なら定員一杯か若干割れる程度の倍率に関わらず、今回は十数名の不合格者が出たのはその為だ。


一方、少し離れた場所で合格を喜ぶ女の子が居た。

高嶋市内で就職するお兄ちゃんに付いてきた今津麗いまづうららである。


(第一関門突破!次は誕生日!免許を取ってバイクを買って…楽しみだなぁ)


麗の誕生日は4月20日。免許を取れるのはもう少し先である。


     ◆     ◆     ◆     ◆


今日は少しだけ早めの閉店。夕食は焼き肉かホルモン鍋。

少し焼肉してから鍋に移っても良いし、焼肉だけか鍋だけでもどちらでも良い。

頑張ったリツコさんが美味しくお酒を呑めるようにスタンバイしておく。


(焼酎は赤霧を用意してあるし、純米酒もプレミアムビールも用意した…)


結局、今日までリツコさんは欲しい物を教えてくれなかった。


(焼肉なら不満は無いやろう。うん、満足してくれるに違いない)


念の為に指輪を買っておいた。最近のリツコさんは『男避け』と言ってチタンの指輪を着けているが、服と合っていない。普段から着けられるデザインで派手過ぎない物を買っておいた。


ヴロロロ…プスッ…


「ただいまぁ」

「お帰り。お疲れ様。ご飯にする?お風呂にする?お酒?」


久しぶりに『お酒』が出たように思う。最近忙しかったからお互いに呑んでいない。


「ご飯とお酒。晩御飯は何?」

「お肉。焼く?鍋にする?」


「お肉か…お肉は良いし食べたいんだけどね…」


いつもなら『お肉~♪』なのに今日はノリが悪い。疲れている所に肉は重かったか。


「もっと軽い物が良かった?」

「ううん…お肉が良い…」


元気が無いリツコさんはあまり肉を食べなかった。ビールも1本だけ。

静かに食事を終えて静かに風呂へ入り、風呂上りのビールも飲まず部屋へ戻った。

よほど疲れていたらしい。食べたい物を準備できなかった。痛恨の極みだ。


肉を冷凍庫へ入れて残った野菜は濡らした新聞紙に包んで冷蔵庫に入れる。

気分が萎えたので家事を済ませた後は早めに布団へ入った。


布団へ入ってもすぐには眠れない。バイク雑誌を読みながら眠くなるのを待つ。

新型のスーパーカブは好評らしい。好評過ぎで納車に時間が掛かる模様だ。


「中さん、いいかな?」

枕を持ってリツコさんが部屋に入って来た。今日は一緒に寝るつもりらしい。


「忙して疲れたんか?ちょっと今日のご飯は重かったな」

「ううん…違う」


「風邪ひくで。布団に入り」

「うん」


リツコさんが布団に入って来た。もう春だ。

寒いからと一緒に寝る時期は終わりやな。


「私ね、欲しいものが在るの」

「こんな時間に?困ったなぁ。空いてる店が無いで」


時刻は夜の11時前。安曇河町内はコンビニくらいしか開いていない。

もちろん藤樹商店街は静まり返っている。空いている店なんか無い。


「私が欲しいのはね…中さんなの」

「俺?そうか。それやったら仕方ないな」


何の恨みを買ったか知らないが俺の命が欲しい様だ。


「リツコさんに殺されるなら仕方が無い。この命、喜んで差し出そう…」

「どう考えたらそうなるのよ」


お腹の上でマウンティングポジションを取っているからです。


「俺の命を狙ってるんじゃないと」

「当たり前でしょ?殺してどうするのよ」


リツコさんが何を言いたいのか解らない。命を狙わず俺が欲しいとは?


「え~っとね、じゃあ、言い方を変えよっか?」

「そうしてくれる?俺は学が無いから難しい事は解らんのや」


「……」

「?」

少しの沈黙の後、お腹の上に乗ったリツコさんは意を決した様子で言った。


「…あなたのこれからの人生を私に下さい」

「それってどういう事?」


「わ…私の御婿さんになって!」


電気スタンドで照らされたリツコさんの顔がみるみる赤くなるのがわかる。

リツコさんが欲しいのはアクセサリーやバイクの部品ではなくて俺だったのだ。


(物好きな()やなぁ…)


「13歳も年上のおっさんやで」

「うん」


「ほぼバツイチやで」

「…うん」


「先に死んでしまうで」

「それは出来るだけ頑張ってくれたら良いよ」


「多分やけど、子供は出来ん。そのうち、また1人になるで」

「それは…晶ちゃんから聞いた」


そこまで覚悟しているなら仕方が無い。


「それやったら…」

「男に二言は無いんでしょ?もう何も言わないで…私の物になって…」


     ◆     ◆     ◆     ◆


結局、私達が眠りに就いたのは明け方近い時間だった。

それはそれは色々な事が在って…何と言うかアレだね。凄く疲れた。

まぁ、疲れていても生理現象は来るわけで。


(おトイレ行きたい…中さんを起こさない様にしなきゃ…あっ)


力を入れた途端に痛みが走る。足に力が入らない。


「きゃんっ☆」

「グホォッ!」


立とうとしたら寝ている中さんのお腹に尻もちをついてしまった。


「うう…何?何が起こったんや?」

「あ痛たたたた…足に力が入んない…」


立った途端に下腹部に走る痛み。

話では聞いていたけど立てない程とは思っていなかった。


「中さん、トイレに連れて行って!早く!」

「ん?お?…おう…えらいこっちゃ」


お姫様抱っこをしてもらってトイレに運んでもらった。間に合った。


ボォォォ…ン


ドアの向こうからボイラーに火が入った音が聞こえる。


「お風呂の準備しとくけど立てる?」

「立てなぁい♡」


私を痛い目に会わせたんだから今朝は甘える。昨夜は痛くて泣いたぞ。

…痛いだけで泣いたんじゃ無いけどね。


どこが痛いのか具体的な場所は聞かない様に。


お湯をかけてもらって、色々な物を洗い流した。

お風呂の後はパジャマを着せてもらってお姫様抱っこで食卓まで運んでもらった。


「何、この箱?」

「開けてみて」


「あ…」


指輪だ。大きなダイヤとかは付いていないけど普段でも使えそうな上品な指輪。

左手の薬指にピッタリだ。


「わぁ…指輪だぁ…似合う?」

「うん」


婚約指輪まで用意していたとは…なかなかやるなお主。でも、

出来れば素敵なプロポーズの言葉は欲しかったかな?


「婚約指輪?」

「ホワイトデーのお返し」


何だ…婚約指輪じゃないのか…がっかり


「今度2人で買いに行こう。俺はそういうのはキッチリするから」

「…うん」


朝ごはんを食べて、何とか歩けるようになった私だったけど、

まだ痛みが残っていたので車で学校まで送ってもらった。


「じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」


駐車場から下駄箱まで歩く。一歩ごとにピリッと痛みが走る。


「磯部先生おはようございます。腰が痛いんですか?」

「磯部先生、どうしたの?ぎっくり腰?」


がに股で歩く私を見た生徒が心配して話しかけてきた。


「うん、ちょっと痛めちゃってね」


本当のことを言えるはずがない。まだ少し痛い…痛みをこらえて、今日も一日が始まる…


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