速人・楽しく楽に⑥腰下が完成
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。
今日も速人はエンジンの組み立て。4速クロスミッションを遠心クラッチで組もうという珍しい事をしている。ややこしい部品組み合わせをする処は作業完了。ここからは普通のカブと変わらない。
「クランクはカブ70クランクやな。もう中古では滅多に出んからな」
ウチに会ったカブ70の中古クランクの在庫は残りわずか。部品が値上がりする前に新品を買っておく方が良いかもしれない。部品は年々値上がりする。倉庫での保管料や税金が上乗せされるからだ。
「オイルポンプはカブ70・90用で強化。これって社外の強化と同じでしたっけ?」
同じかと言われると違うかもしれないと思うが同等であることは間違いない。
「遠心クラッチもスーパーカブ90用。これも社外の強化品と一緒の性能や」
純正強化部品で組んだ腰下。社外品も悪くないが、純正部品が一番さりげない。
各部オイルシールやガスケットは当然交換。今回はこだわりの純正部品を使った。
クラッチカバーを閉めてギヤチェンジが正常に動くかを確認。
面倒に思うけど『急がば回れ』『面倒な事を面倒がると余計に面倒な事になる』だ。
「確認をせんとどんどん作業を進めて泣く奴は一杯いるからな」
「おじさんはどうだったんですか?」
「もちろん、失敗して半泣きで組み直した事は何回も有る」
『俺は失敗しない』なんて言う奴は失敗しない作業しかしていないだけ。人は誰しも失敗する。失敗を乗り越えて成長するのだ。失敗を恐れて難しい事に挑戦せずに無事に過ごすなんて俺に言わせると死んだのも同じ。部品を壊さずに成長した整備士なんかいない。ネジを舐めずに一生を終えるプライベーターもいない。問題は失敗してからのリカバリーをどうするかだ。上手下手はリカバリーの上手さで決まる…気がする。
「ええか、『僕は失敗しません』って言う奴の仕事を見てたらわかるけどな、そう言う奴は失敗するような仕事は避けてる訳や。そんな奴ほど上手く上司に取り入ったりして人を陥れるから気を付けぇよ」
「そんなもんですか?」
「世の中そんなもんや」
失敗をなるべく減らすには面倒を面倒と思わず確認を何度もする事だ。
俺も時々ズボラしてやらかす。だってにんげんだもの。
今日は腰下を組んで終了。次はシリンダーから上を組み付ける。
「速人、ここ教えて」
「ここ?ここはね…」
理恵と速人は今日も一緒。店の片隅で課題を片付けていた。静かに勉強している様子から察するに理恵の学力は上がったらしい。小さな頃から見ているが理恵は成長した。ショートカットだった髪は肩まで伸びて少し女の子らしくなった。外見も中身も成長している様だ。少々燃費が悪いけど。
「もうすぐお前さん方も2年生やな。進路は決めてるか?」
「何をするかはまだ決めてないですけど、僕は進学するつもりです」
速人らしい答えだ。もう半年もすれば道は見えるだろう。
「私は…わかんない。大学は行ってみたいかな」
これも理恵らしい答えだ。まぁ何とかするだろう。今のご時世は俺みたいな高卒は生き難い。大学へ進学したら高卒の仕事にプラスして大卒の仕事に就ける。人生の選択肢を広げる為に勉学に励んでほしいと思う。
「おっさんみたいにオイルに塗れて仕事せんで良い様に勉強せいよ」
「私、将来どうなるんやろう…」
◆ ◆ ◆
「ただいま」
「おかえり。今日もお友達とお勉強?」
「うん。お母さん、ちょっと聞きたい事が有るんやけど…」
家に帰った理恵は母親に進路の事を相談した。
「ふうん…進路なぁ」
「お母さんは高校の時、どうやったん?」
お母さんは高校を卒業して就職をしたって言ってたかな?
お父さんとは見合い結婚やったはずなんやけど、そんな出会いも有りなんかな?
「大学になんか行かなくて良いと思ってたけど、本当は行きたかったかな?」
「お母さんは何で進学せえへんかったん?」
「お母さんの頃は高卒で就職口が沢山あったからやで」
「ふ~ん」
「理恵は何をしたいのか良~く考えて決めなさい」
「うん」
(私はどうなるんやろうな。いつまでも速人と一緒に居る訳にもいかへんし…)
白藤理恵、16歳の春は答えを出せずに過ぎて行く…