下取り車のチェック
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。
今日は高校の入試の日。リツコさんは少し早めに家を出た。
「はい、お弁当とおにぎり。気を付けて」
「うん。行ってきます」
キュキュ…ヴォン…タンタンタン…ガチャコン…ヴロロロロ…
「やれやれ…大変な仕事ですな…さぁてと…」
リツコさんを見送った後でこちらもシャッターを開けて開店する。
この数日、チョコチョコと下取り車や買取者が入っているのでチェック。
先日下取りで入ったカブ50カスタム。近所の婆ちゃんが免許返納して
自転車を買ってくれた時に引き取ったのだが…
「カブ50カスタムの美味しい部分が少ない…」
カブ50カスタムと言えば装備が充実した上級グレード。セル・燃料計付きメーター・フロントアンチリフト機構・4速ミッションとカブ好きが欲しがる装備が満載のはずなのだが…
「エンジンを積みかえただけでここまで旨味が無くなるとは…」
以前、婆ちゃんが岩か何かにクランクケースをぶつけて割った時に積み替えたセル付き3速エンジン。これはメーカーが用意したのではなくて、俺のオリジナル。余った部品で組んだ格安エンジンだ。
「う~ん、売りの4速が付いて無いと商品価値が下がるんやな…2種でもないし」
安曇河から今都まで通う高校生には50㏄未満の原付1種はあまり人気も需要も無い。
ボアアップなりエンジン積み替えで2種登録してしまえば引き合いがあるかもしれないのだが、
婆ちゃんがそこら中に擦り傷を付けたから外観がよろしくない。エンジンは積み換えたばかりで調子は悪くないのだが中古部品の寄せ集めなので絶好調とは言えない。これでヘッドライトが丸いタイプなら普通に売れるのだがカスタムは四角いヘッドライト。女の子から受けが良くない。
「部品取り…には勿体ない。商品としても売りにくい…」
一旦保留。『安いカブ』『動けばよい』という引き合いが有ったら売ることにする。
次はホンダのゴリラ。これは高校の通学に使われていた車体だ。
毎日の乗っていたので調子は良い。2年半ほどしか乗っていないから全体的に傷んでいない。
「オイルは…自分で換えてたんやな。キレイなもんや」
オイル交換を自分でする子は多い。ウチでやっても費用は似た様なものだけど、愛車を自分の手で整備するのが楽しくなる子が年に数人出る。このゴリラの前所有者もその一人。エンジン分解まではしないけど軽整備は自分でする子だった。
ゴリラはモンキーと比べると若干人気が低い。とは言え引き合いが多く、店先に出せばすぐに売れてしまうのは間違いないのだが…
(転売屋が買いに来るからな…本当に乗りたい子に売りたいな…)
オークションに出して売れば現状で下取り価格の倍で売れるのは間違いない。
でも出さない。売るなら相手の顔や人となりを見て売りたい。
儲けるチャンスかもしれないが保留である。こんな事をしているからウチは儲からないんだと思う。
そうこうしている間に昼。店を閉めて昼飯・買い物・夕食の準備・家事も済ませる。
最近掃除が出来ていない。今度の日曜はしっかりと掃除しよう。
午後は自転車のパンク修理が1件。奥様方との世間話が少々。
「昔は『パウ~~~~~』てうるさいバイクが多かったなぁ」
「あれは昔のエンジンやからや」
実際は変速がセッティング出来ていないスクーターがチャンバーだけえ換えて走っていた音だが、奥様方に難しい事を言っても興味が無いだろうからそこそこの説明で済ませる。
「中ちゃん、電話が鳴ってるけど出ぇへんのか?」
「放っといたらええ。どうせ今都からや…番号だけ見とこ」
「え~と、0×××-…今都や。無視無視…」
「あんたはホンマに今都が嫌いやなぁ…解らんでも無いけど」
「おばちゃんは今都が好きなんか?」
「私も嫌いやなぁ。遺族会の人等も行儀が悪かったし」
おばちゃんの言う遺族会とは第二次世界大戦で親兄弟親族を亡くした方たちの団体だ。
年寄りが多く、市長の支持団体の為やりたい放題の傍若無人の団体と聞く。
「おばちゃんは親父さんを亡くしたんやったな。遺族会は?」
「辞めた。何か遺族であることを振り回して市にたかってるみたいやったしな」
世の中は難しい事が色々あるらしい。
「平和パレードで市に無料バスを出させて県から支給されるバス代を自分達の…」
おばちゃんの話は長く続き、店を閉めた後、俺は夕食の支度を必死でする事になった。
◆ ◆ ◆ ◆
「で、今夜は串揚げになる訳で…」
お風呂から上がった私に中さんは申し訳なさそうに言う。でも私には願ったりかなったり。目の前には年代物の卓上フライヤーが置いてある。皿には串に刺した食材が並ぶ。揚げながら食べようと言う憎い演出だ。
「とりあえず揚げようか。最初は何が良いかな?」
「まずパワーが出る物が食べたいかな…あ、これが良いな♪」
ドドンと置いてあるのはニンニク丸ごと。
「このあと全部がガーリック風味になるけど良いんか?」
「むしろその方が好み♡」
ニンニクを揚げながら他の串もフライヤーへ入れる。エビ・豚・玉ねぎ・白身魚・ネギマ…
「強烈やな。しょっぱなのニンニクは効くな!」
「それが良いのよ。ニンニクが揚がったかな?」
フライヤーから取り皿へニンニクを移し皮を剥く。ニンニクの香りが食欲をそそる。
塩を振りかけて食べる。ホコホコとした感触がたまらない。
「こんなに精を付けさせて…私をどうするつもり?」
「馬力を出して年度代わりの時期を乗り切る」
色気も愛想も何にもない事を言われた。
「私は中さんを食べたいなぁ」
「どこでそんな事を覚えたんや…」
野菜を一通り揚げてここからが私のお楽しみ。安曇河名物の鶏の味付けを揚げる。そのまま焼いても美味しい鶏の味付けを片栗粉と小麦粉を付けてから揚げにする。油が汚れるからあまりやらないと言ってたのに今日は特別かな?
「油が真っ黒になるね~。もうこの油は駄目?」
「炒め物に使う。ニンニクとタレが効いた調味油になってるはずや」
串揚げを堪能したあとはお茶漬けで締め。焼きおにぎりのお茶漬けは中さんの得意メニューだ。
お腹一杯になった私は自分の布団へ入り、眠ろうとした。
「……眠れない」
目が冴えて体が火照って眠れない。ニンニク+鶏の味付けのせいだ!
時刻は午前2時。こんな時間じゃ中さんの所へ行っても話をする事も出来ない。
多分だけど、一緒に寝たりなんかしたら大変な事になってしまう!
「体が熱い…ムラムラするぅ…」
◆ ◆ ◆
「あれ?リツコさん、今日はタイプ1?」
「タイプ1って何?」
悶々として眠れなかった私は眼の下に出来た隈を隠すのに厚化粧をした。
「うわっ!ニンニク臭っ!牛乳飲んでから行きっ」
「うん…」
ブレスケアをしても歯を磨いてもニンニクの匂いが消せない。
この日は1日中マスクをして過ごしたのだった。