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大島サイクル営業中 2017年度  作者: 京丁椎
2018年 3月
188/200

大島・そろそろ忙しくなる

フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。

実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。

人生には出会いが在れば別れもある。大島サイクルも例外ではない。


「そうか。遠い所に行くんやな。で、バイクはどうするんや?」

「置き場もないし、盗まれるのも嫌やからここでお別れやな」


「そうか…ウチは買い取り専門店みたいには高値は無理やけど良いか?」

「うん。街の人か後輩の役に立ってくれたらそれで良い」


3月中にナンバーを返さないと乗りもしないバイクに税金を払わなければならない。

3月はバイクにとって別れの季節。大島サイクルで売る中古車の大半はこの時期に

下取りや買取をしたものだ。


「今度行くところは駐車場も駐輪場も無いアパートや。電車・バスには困らんけど」

「高嶋市と違って便利な所やな…」


「で、おっちゃん。このゴリラってナンボになる?引っ越し代にしたいんやけど」

「そうやなぁ……」


     ◆     ◆     ◆     ◆


「春は別れの季節…か」

「そうやな。リツコさんは慣れた?」


昨日は県立高校の卒業式の日だった。高嶋高校でも卒業式が執り行われた。

フォーマルな場なのでリツコさんのメイクは最も大人っぽいものだった。

初めて会った時の化粧なので、俺は『タイプ1』と命名した。


「もう慣れたよ。感慨深いとか思う事も無いわね」

「俺は慣れんなぁ。どうしても下取り価格が甘くなる」


卒業祝いとかの意味もあるが、個人の店での買い取り価格としては良いと思う。

そんな事ばかりだからウチは儲からず、店も大きくならないのは解っているのだが。


「卒業…私も卒業したい事があるの…」

「ふ~ん、まぁ人それぞれ卒業したい事はあるわな」


季節は春。何かを始めるにも卒業するにも良い季節だ。


「お酒は卒業しないよ♪」

今日もリツコさんは絶好調。水でも飲む様に水割りを飲む。

真旭に安曇河町、そして高嶋町は比較的水が美味い。酒蔵もある。

ミネラルウォーターがそれほど必要無い。浄水器を通せば十分なのだ。


(あたる)さんからも卒業しなぁい♡」


それは早く卒業した方が良いと思う。お婆さんになってしまうで(笑)

言うと不機嫌になって大変だ。心の中に留めておこう。


     ◆      ◆     ◆


翌日も買い取りの依頼が有った。


「ごめんなさい。このバイクは買い取れません」

「何よっ!わざわざ今都から来てあげたのに!私を誰だと思ってるのよ!」


今日も買い取りの客が来た…失礼。こいつは客じゃない。

店を訪れる人は全てお客様…でも、こいつは人に在らず。欲の塊だ。


「何処の誰か知りませんけどね、ウチは偽物はお断りしています」

「何よ!このバイクは70万円で売れるのよっ!それを40万円で良いって言ってるのにっ!」


これが40万円!アホか?タンクのステッカーは『ホンバ』サイドカバーも『モンピ―』やないか。

本物の部分はジェネレーターカバーくらいだろう。完璧に偽物だ。


「覚えておけ!アテクシは田邪野武子たやのたけこ!市議会議員の田邪野武子!神の街今都選出の筆頭女性議員なのよ!福祉の御旗の下に、貴様ごときなんか潰してやるんだからっ!」


キーキーと金切り声をあげて今都選出女性筆頭市議会議員とやらは帰った。


「有権者の質が議員に反映されるってな…高嶋市も墜ちたもんやな」


それにしても『ホンバ・モンピ―』は笑える。恐らく海外製の偽物に細工をしたのだろう。いくらで買ったかは解らないが、今都のもんが損するような事をするとは思えない。40万円と言っていたからその前後だろう。残念ながら40万円も有ったらウチにある新品フレームと中古部品で本物が2台作れる。


「あれやったら他に持って行っても拒否されるやろうな…」


清めの荒塩を店先に蒔いた。凍結の心配も無いのに塩蒔きなんて環境に悪い。


      ◆     ◆     ◆


昼めしを食べて買い物を済ませる。今夜は何にしようか悩んだが、酒のツマミは

肉詰め豆腐のチーズ焼きにすることにした。買い物を済ませて店に戻ると

葛城さんが待っていた。


「最近はご飯の買い物を昼にやってるんや。ちょっと待ってや」

「リツコちゃんのお世話ですね。大変ね」


リツコさんの世話はそれほど大変では無い。何でも食べるし掃除も自分でする。

洗濯は俺がついでにやってる。下着の洗濯はチョットだけ恥かしいけどな。


「今日は非番?代休?」

「代休です。イベントに駆り出されてその代わり」


蒔野(まきの)であったイベントで駆り出されたとぼやく葛城さん。蒔野はイベントで

市の予算を食い潰していると噂で聞いた。住民性だろうか、北部地域は無駄使いが多い。


「パン屋さんの子とはお友達になれた?」

「いえ…やっぱり女の子だと思うと勇気が出なくって」


そんな彼女の手にはパン屋の袋が。


「今からお昼?カフェオレでも淹れようか?」

「お願いします」


「玉ねぎパン~ジャンボ玉ねぎパン~♪」

(正式名称はサラダパンなんやけどな)


葛城さんがパンを頬張っていると、ご近所の奥様方が店を訪れる。

普段気にしない空気圧の調整やチェーンの注油。サドルの調整に来る者も居る。


賑やかにしていると見慣れない若奥様がスクーターを押してきた。


「旦那が乗ってたバイクなんですけど、直りますか?」

「どれどれ…予算次第ですけど…」


結婚して高嶋市へ来た若奥様は公共交通機関の不便さに驚いたらしい。

自動車免許は持っているが、何年も運転していないので運転は怖い。

自転車で移動していたが、旦那さんに相談したらスクーターを貰えたとか。


「動かすだけやったら1万円も貰えたら良いけど、もう1万円出して

しっかりメンテナンスする方が安心かな?しばらく動かしてなさそうやし」


「夫と相談します。中古車はないですか?」

「在りますよ。軽整備済みで3万円からご用意できます」


とりあえず修理は保留。旦那さんと相談してもらう事になった。旦那さんは

車輪の会ホイラーズクラブのメンバーと知り合いだった。

バイクの練習がてら代車に乗って帰ってもらう事になった。


「さてと…お暇しようかな?」

「飯は食って行かないの?」


「今日は洗濯が溜まってるから帰ります。独り暮らしは忙しくって」


葛城さんが帰ると奥様方も帰ってしまう。再び店は静かになった。


店から外を眺めていると安曇河高校の生徒が歩いている。クラブ活動でもあったのだろう。

安曇河高校の生徒は自転車に乗らない。学校に駐輪場が無く、校則でも自転車通学は禁止だ。これは俺たちの時代に生徒間の自転車レースが行われて事故が多発したからだ。自転車通学が出来なければ安曇河の子供たちは歩いて通うか送ってもらうしか登校の手段が無い。親に取っては大きな負担だ。その為、安曇河町から通う者が少ない。送ったり長距離を歩くのは不便なので、結局安曇河中学の生徒は高嶋高校へ進学する者が殆どとなる。


駅から比較的近いので電車通学する分には不便は少ない。安曇河高校の生徒の殆どは大津や安曇河以外の街から通っている。安曇河町にあるのに安曇河町の子供が通わない不思議な高校だ


コーヒーを飲みながら外を眺めているとエンジン音が近付いてきた。


「おっちゃ~ん!」

『湖岸のお猿』の理恵を先頭に速人・綾ちゃん・佐藤君・絵里ちゃん・美紀ちゃん。


去年の1年生は数人がうちのお客さんになった。

綾ちゃんはボアアップしたDioに乗って佐藤君と付き合い始め、同級生の娘の絵里ちゃんが

免許を取ってリトルカブ。美紀ちゃんはお婆さんのカブを引き継いで乗り始めた。


この4人を引き寄せたのが理恵だろう。俺が乗ろうとのんびり作っていたゴリラを

半ば無理矢理買って乗り始めたお猿。程度の悪いモンキーを買ってしまった速人を連れて

店に来てから賑やかになり始めた気がする。


「おっちゃん、私のゴリちゃんにターボを付けて!」

「アホか!こんな小さいエンジンに合うタービンが無いわっ!」

理恵と俺のやり取りを見て速人達は呆れる。


「やっぱり。こうなると思った」

「だから止めときなさいって言ったのに…」

「アホだよな…5分早く起きれば済む話なのに…」

「アホです~」

「アホね…」


暖かくなって2018年のバイクシーズンは始まった。今日も大島サイクルでは賑やかな声が聞こえる。


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