リツコと晶・お菓子作り
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。
「あれ~?おかしいな。失敗作のラムレーズンが無い…」
アルコール度数75度のラム酒で漬けておいた干し葡萄が何処を探しても無い。
(何処にやったかな…おっさんになって記憶力が落ちたんかな?)
気持ちは若いとはいえ大島は40代に入って自らの衰えを感じていた。
「ふむ…歳は取りとうないもんやなぁ…」
大島が漬け込んでいたラムレーズンの行方は葛城の家だった。
お菓子作りに使おうとリツコが持ち出していたのだ。
「リツコさんが食ったのかな?まぁリツコさんなら大丈夫か」
普通の人間が食べたら火を噴くほど強烈な酒精のラムレーズンを
リツコは『食べるとポカポカする』と言ったのだ。
(あれは危ないからアルコールを飛ばそうと思ってたんやけどな…)
「ま、いいか。少し早いけど…」
大島は予定を変更して別のラムレーズンを使う事にした。
◆ ◆ ◆
「リツコちゃんはお料理が苦手だったよね?」
「うん。いつも中さんに作ってもらってる。晶ちゃんは自炊?」
晶は普通に料理が出来る。ただし、体力勝負な仕事柄、男勝りの大胆な料理を作る。
可愛いか否かで言えば全く可愛くない。体育会系のガッツリご飯だ。
料理までイケメンな葛城晶であった。
「1人で暮らしで料理できなかったら死ぬよ?」
「道理で。中さんと暮らし始めてから体調が良いわけだ」
料理が出来ないリツコの一人暮らしを支えていたのはコンビニ弁当と酒だった。
自分でも良く今まで生き延びた物だと改めて感心した。
「それはさておき、バレンタインのチョコを作る練習をしようと思って。
晶ちゃんはチョコの作り方って知ってる?」
晶は表情を曇らせた。作り方は知っている。作った事もある。
問題は自分がチョコレートを渡す立場では無かった事だ。常に貰っていたのだ。
「知ってるけどあげた事は無い…貰ってばっかり…」
「それを言うなら私もよ。女子生徒から毎年貰う…」
2人とも女子にはとてもよくモテる。晶は男役として、リツコはお姉様として。
毎年紙袋にゴッソリと自慢できる位にもらっている。
「今年は中さんに渡そうかと思ってるの。お世話になってるし…」
「恋のアタックチャンス?大事な大事なアタック…」
「「チャ~ンス!」」
25枚のパネルを取り合うクイズ番組初代司会者の真似をして
2人は大島に渡すチョコレート造りの練習を始めた。
「まずは、チョコレートを細かく刻む」
「包丁で切れるんだ。ハンマーで割るんじゃないんだね~」
以前、父にチョコレートを作った時、包丁を使うのが苦手なリツコはハンマーで叩いて割っていた。
これだと湯煎で溶かすのに時間が掛かった。
「刻んだチョコレートは湯煎にかけて溶かす…」
「火にかけたら駄目なんだよね。焦げるし固まる時に分離するし…」
ハンマーで雑に割ったチョコが湯煎で溶けず、火にかけた鍋に入れて
とんでもない仕上がりになったのを思い出した。
「一旦底の方に少しだけチョコを入れて固める」
「ラムレーズンと混ぜて流し込むんじゃないんだ」
2人が作ろうとしているのはラムレーズン入りのチョコ。
ハートの形にして大島に渡そうと思っているのだ。
「固まりかけたところにラムレーズンを乗せて、またチョコを流し込んで冷ます」
「これで出来上がりか。うん。私でも出来そうだね」
「このラムレーズン…すごく良い匂いだけど、アレじゃないよね?」
「中さんは封印したって言ってたよ。これは別の奴」
アレとは大島が先日作った失敗作のラムレーズンだ。アルコール度数75度の
強烈なラム酒で漬けた干し葡萄は晶を悶絶させ、リツコを二日酔いに陥れた。
残念ながらリツコの持って来たのは、大島が瓶に封印した失敗作だった。
新作はジップロックに入れて冷蔵庫の一番上の棚に在ったのだ。
しばらくするとチョコは冷めて固まった。分離もせず成功である。
「さて、食べたいところだけど、バイクで来たから食べない方が良いよね?」
「アルコールは飛んでるはずだけど、一応止めておく方が良いと思うよ」
「じゃ、半分私がもって帰るね」
「私はいいから全部持って帰って」
大島の失敗作でラムレーズンにトラウマのある晶は、チョコを貰うのを固辞した。
◆ ◆ ◆
「ただいま~。あれ?中さんもお菓子作り?」
帰ってきたリツコはキッチンで甘い香りがするのに気が付いた。
「ん?お遊びでチョコを溶かしてな…」
炬燵の上にチョコレートが置いてある。ホワイトチョコと普通のチョコだ。
「ラムレーズン入りで作ってみた。ラムレーズンはホワイトチョコに合う気がしてな」
一口大の小さなチョコは飾り気のない大島そのものの出来だった。
「製氷皿に入れて作ってみたんや。食べやすいやろ?」
「ホワイトチョコと合うのね…」
リツコは晶と作ったチョコレートを出した。
「私も晶ちゃんとチョコ作ってたの」
愛らしいハートの形もまたリツコをよく表している物だろう。
「ハート型か。可愛らしいな」
「でしょ?ちょっと早いけど中さんにあげる」
「ふむ…む?むぐ?…ぬ?」
一口齧った大島の顔がみるみるうちに赤くなる。
(照れちゃって…可愛い所もあるよね)
「ん?む…?」
「どうしたの?美味しくないの?」
「ぬ?」
どうも中の様子がおかしい。残すと悪いと思っているのだろうか、必死で食べている様だ。
「り…リツコさん…これは…」
次の瞬間、中は真っ赤な顔で後ろへひっくり返った。
「どうしたの?!そんなに不味かった?やっぱりダメ?」
「こ…これは厳しい…」
この後、中は翌朝どころか昼前まで寝てしまい、午前中は店を開ける事が出来なかった。
リツコがこっぴどく叱られたのは言うまでもない。