お金持ちじゃないよ
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。
ホンダモンキーの生産終了後、理恵達は少し戸惑っていた。
「あんた達、安曇河の貧乏人が何で高いバイクに乗ってるの?」
今都の連中に妙な言いがかりをつけられるのだ。
「速人のモンキーは高かったんだよね?」
「うん…15万円。大外れだったけどね。理恵ちゃんのゴリラは?」
「あたしのゴリラちゃんは10万円。高いのかなぁ?」
「夏休み明けからだっけ?こんな嫌味を言われるのって?」
速人のモンキーは元々15万円だった。Tataniに騙されたり大島の店で直したり
トータルすると20万円を超えてしまっているだろう。
一方、理恵のゴリラは10万円。フレームから再塗装のフルレストア車だが安い。
これは本当なら大島が乗ろうと暇な時間にコツコツと仕上げた物。
ホンダがモンキーを生産終了する前に買い集めておいた新車外しの中古部品で
組んである。値上がりする前の部品で組んであるからか値段もお手ごろだった。
買ったあとは壊れる事も無く、とにかくお金が掛からない。理恵のお小遣いで
充分維持できるお手軽バイクだ。
ホンダモンキーが50年間の長きにわたる販売を終えたのが8月。
一時期ほど高騰はしていないものの未だに車体は高値安定中。
中古部品も『ジャンク』で検索すれば出て来た新車から外した部品も
今ではすっかり高値で取引されるようになってしまった。
『長い間作っていた小さなバイク』『初めて乗るお手軽なバイク』
そんなイメージだったのがそうでもなくなった様だ。
「春になったら落ち着くんかなぁ」
「逆に上がってたりしてね」
春までは電車通学。暖かくなった頃には嫌味を言われない程度に
モンキーやゴリラの価値が落ちていてほしいと思う二人だった。
◆ ◆ ◆
「ええ、モンキーバイクでございますね。当店は40万円の良心価格です」
「じゃあ一台貰おうか。即金で払うから少し負けろや」
寒くてバイクどころでは無いシーズンに好調な売れ行きなのは今都のバイク店
今都のお金持ちが訪れるお店『セレブリティ―バイカーズTatani』である。
中華モンキーと呼ばれるキットバイクはモンキーそっくりの外見だが故障が多い。
それはそれで弄るのを楽しむ者にはお手軽な値段で遊べるバイクとして在りかも知れない。
オリジナルのモンキーを作っているホンダにとっては不愉快で大打撃だが。
問題はTataniではこのキットバイクを『モンキー バイク』として売っている事である。
ご丁寧にホンダ純正ジェネレーターカバーを付けてタンクにはホンダ純正風エンブレム。
普通に売れば10万円くらいのバイクを40万円で売っている事だ。
(散々売ったから、連中が乗り出す前にずらかるか…)
今都の連中は銭にがめつい。今登録すれば2か月少々で1年分の税金2000円が掛かる。
(登録されたら偽物とばれる。そろそろ潮時や…)
在庫が掃けてガランとしたショールーム。スパナ1本無い修理スペース。
工具も含めて売れる物は全部売り飛ばして金に換えた。
「さて、これからは書類製作で銭を稼ぎまっせぇ」
2018年2月。今都の高級バイク店『セレブリティ―バイカーズTatani』は閉店した。
顧客に何も連絡をせず、突然に…
◆ ◆ ◆
「Tataniが閉店?う~ん、ウチとは交流も無いし知らんなぁ」
「そうか。まぁ高嶋市の評判を下げる店やったからな」
情報通の安井の質問に大島は首をかしげて答えた。
「そもそも、あの手の店は客もロクな奴が居らんから御断りや」
「それでも整備で来るかもしれんぞ?」
整備するとなれば不具合を抱えたバイクだろう。そんなバイクで今都から安曇河まで
走って来るとは思えない。大島サイクルは引取り修理はやっていないのだ。
「モンキーならまだしも大型二輪をレクサスやらBMWの後に積めんやろ」
「そうやな。まぁ大島君の店は関係ないな」
速人からエンジンを買って以来、安井さんは市内でお買い物する程度なら
カブに乗っているらしい。距離も伸びて今日はオイル交換だ。
「良う走るわ。あの子は才能があるかもしれんぞ」
「最近の子にしては器用や。機械に好かれてるかもしれんな」
オイルに変な削り粉や鉄粉は入っていなかった。異音も無し。
「好かれていると言えば…お前、あの娘とどうなった?」
「チューしたで。ガッツリと舌入れて」
「おお?過去を振り切ったか?そろそろお前も身を固めんとな。で、
最後まで行ったんか?」
「酔って寝た。あの娘ラムレーズンを食ってから布団に入って来てな」
「ラムレーズンの酒で潰されたんか?お前、そんなに弱かったかいな?」
「食えばわかる。ちょっと待っててな。取ってくる」
冷蔵庫から『アラ!』の瓶に詰めたラムレーズンを出して安井さんに渡した。
「飲酒運転になるし、帰ってから食べてや」
「どんなラムレーズンやねん」
◆ ◆ ◆
「え~!ラムレーズンあげちゃったの?私に断りも無く?」
「アカンかった?」
「気に入ってたのにぃ~!もうっ!」
リツコさんのお気に入りだったラムレーズンはアルコール度数75のラム酒で漬けた物。
盗み食いしてへべれけになって俺に迫って来たのだった。
「食べるとホカホカして気持ち良かったのにっ!もうっ!」
頬を膨らませてプンスカ怒ってる…ちょっと可愛いな。
あれを食って『ホカホカ』って何やねん。常人レベルやと火を噴く強さやで。
「もうちょっと弱いラム酒で漬けてるから。2~3日我慢して」
今日の夕食は巻き寿司とお吸い物。そして茶碗蒸しだ。
「……」
「………」
恵方巻きって寿司屋が企んだ陰謀だと思う。美味いけど。
「節分は早く寝る日だよね?」
リツコさんは時たま変な事を言う。各家庭に事情があると思うが
節分に早く寝るとはどんな事情だろう?
「何で?豆まきして豆食べるだけやん」
「お母さんとお婆ちゃんに早く寝るように言われた」
はっきりした理由がわからないまま夕食を終えて豆まきすることにした。
鬼はリツコさんがする。鬼の衣装を着ると言って部屋に行ってしまった。
「どう?似合う?おかあさんから貰ったの」
虎柄のビキニ・ブーツ・角のカチューシャ…見紛う事無き鬼だ。
「似合うけど…それ何か解っててやってる?」
「鬼…だっちゃ?」
謎は全て解けた。幼き頃のリツコさんが早く寝かされたのは
このコスチュームを着たお母さんが夜の太巻きを食べて、
お父さんが夜の豆まきをして鬼退治をしたからだろう。
「鬼は~外!福は~内!」
「やぁん♡退治されちゃう~♡」
久しぶりの賑やかな豆まき。誰かと暮らすのも悪くないと改めて思うのだった。