速人・楽しく楽に④Aキック?Bキック?
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。
今日も速人がやって来た。何か聞きたいことが有るらしい。
「AキックとBキックで違いはありますか?」
ホンダ純正部品を組み合わせての純正クロスミッションだが、思わぬ落とし穴がある。
エンジンを始動する時にセルスターター無しの場合はキックスタートする訳だが
6Vのミッションを使った場合はキックスターターギヤも6V用を使わなければならない。
「6Vのキックスターターギヤは24枚ギヤやからそれを使えば良いけど…」
6V時代のキックスタートはキックペダルを踏み込むことによってギヤがミッションに飛び込む方式。ところがギヤがしっかり噛み込んでいないうちにキックペダルを踏み込むと破損が在った。そこでキックギヤは常にミッションと嚙み合っていてラチェットがギヤに飛び込む方式に改良された。
前者がAキック、後者がBキックと言われている。
どちらも長所短所はある。普通に使うのであれば改良型のBキックの方が壊れにくい。
ギヤが常に嚙み合っているから噛み込み不良でギヤ欠けすることは少ない。
普段はギヤは噛みっ放しだから多少フリクションが在るのが欠点か。
Aキックが有利な点はフリクションが少し少なくなるくらいだと思う。
レース用とか極限に性能を求める場合に使うと聞いた事は有る。
最も極限まで突き詰めたレース用ならキックスタートは外して押しがけをするが。
「じゃあ、Bキックの24枚ギヤのキックスピンドルを使えばベストですね?」
「そうや。ベストはそうなんやけどな」
24枚のギヤが付いたBタイプのキックスピンドルは存在する。存在はするが数が少ない。
部品を注文しようにもとっくの昔にメーカーの在庫は無くなっている。
今、純正部品で手に入るBキックのスターターギヤは21枚と22枚のギヤだけだ。
「めったに無いからプレミア価格。在っても古いから程度が解らん」
「ギャンブルですね。どうしようかな」
「ウチに在庫が無いか探したけど見つからん。社外品を探すか諦めるかやな
もしかすると奥の深い世界やから何処かで作って売ってるかもな」
◆ ◆ ◆
Bキックに合う24枚のギヤはすぐに見つかった。問題は値段だ。
ヤフオクで出ている物は送料込みで約1万円。新品のギヤだけなら送料・税込みで
7千円を少し切るくらい。スピンドル組み込み済みの物なら約1万円。
「ギャンブルで1万円近く使うかギヤだけ新品で7千円…」
「げ?そんなにするん?大判焼きやったら50個買えるやん」
速人からギヤの値段を聞いた理恵は、大判焼きに換算して驚いた。
「俺は最初っから5速ミッションやから関係ないな」
「やっぱりエンジンのパワーを途切れなく使うのはCVTよ」
亮二と綾からすると速人達の乗るバイクは直さなければならない所だらけの
未完成な乗り物に思える。未完成であるが故の面白さはあるが、実用的な面では
褒められた事ではない。しかも金が掛かる。
「私なら新品にするなぁ。ギャンブルは怖いもん」
「現品確認無し・ノークレームノーリターンの中古は怖いよな」
「ギヤだけ買ったらおっちゃんが何とかしてくれるんと違う?」
「ギヤだけ買っておじさんに習いながら組んだ方が良いよね」
速人はスーパーカブのカスタムで有名な店にメール注文をした。送料込みで約7000円。
ギヤの破損やその場合の修理する手間を考えると悪くないと思った。
◆ ◆ ◆
「速人。着払いで注文したんやったら言っといてくれんと困る」
「ごめんなさい。ついうっかり」
予想外に早く部品が到着した。うっかり大島に連絡するのを忘れていた速人は
来店早々大島に注意されたのだった。
「ふ~ん。24枚のギヤを出してる所があるんや。この世界は奥が深いな」
「はい。純正と同じサイズで作ってあって、評判も良いみたいです」
「スピンドルを買ってくれるんやったら道具と整備する場は貸すで」
速人は中古のキックスピンドルを1000円で買って自分で組むことにした。
必要な工具を借りて、細かな部品は在庫してある部品を買って組んだ。
「うちでも何個か買っておこうかな。何処の店か教えてくれるか」
大島に聞かれ、速人はスーパーカブのカスタムで有名なメーカーの名を伝えた。
◆ ◆ ◆
「ふ~ん、ミッションを組み替えるだけなのにずいぶん手間取るのね」
この数日間、リツコさんは酒の量が控えめだ。今日は缶ビール1本だけしか飲まない。
ラムレーズンで二日酔いと胸焼けに苦しんだのが相当堪えたらしい。
その代わりと言ったらなんだが良く食べる。
今日はかやくご飯とお吸い物。それに焼き魚の和食の献立だ。
「お酒はもう終わり?」
「二日酔いして懲りちゃった。アレは辛いね」
「キスして酔っぱらったのは初めてや。2人しかした事無いけど」
「…私も酔った…のかなぁ?」
酔ったも何もコタツで寝てたのを布団に戻したら夕方までウンウン苦しんでた。
あれを酔ったと言わずして何が酔っ払いだろうか。
「私がチューした後、中さんもチューしてきたよね?」
「した。キスしたら酔っぱらって気を失った」
「チューしたくなったんだ…もうちょっとだった?」
何をもってもうチョットかは解らないが、酔ってなかったら続けていたと思う。
「酔ってなかったら落とされてたな」
「あ~あ、大失敗…好きな人を落とし損ねちゃった」
「酒の勢いで男に迫るのは辞めようね」
「うん。どうやって落としたら良いの?」
「料理やな…」
リツコさんはこの晩も俺の布団へ潜り込んできた。
高嶋市の冬は寒い。だが、少なくとも今年は温かく眠れそうだ。