美紀・手入れを覚える
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。
祖母が遺したカブに乗り始めて数か月。美紀はふと思い出した。
「そういえば、オイル交換の時期っていつだっけ?」
「2か月くらい換えんと音が変わらへん?」
同級生の理恵は言うには1000㎞くらいで音が変わるらしい。
機械に無頓着な美紀には全く違いが解らないが、壊れると困るので
交換してもらう事にした。
◆ ◆
「ちょっと距離は伸びたけど大丈夫やで」
機械の事はさっぱりわからない美紀はよく解らなかったのだが、
オイルの交換時期は過ぎていたらしく、オイルは汚れていたようだ。
「オイルって、いつ交換したら良いんか良うわからん」
「轟さんの乗り方やったら3か月くらいなら間違いないかな」
安曇河から今都までは約10㎞。一週間で100~120㎞。1か月あたり480㎞
3か月だと約1500㎞と言ったところが高嶋高校へ通う学生の平均だ。
「理恵は1000㎞で音が変わるって言ってたけど、案外神経質?」
「あいつの乗り方はな…」
理恵の場合、冷間時であろうが暑かろうが常に朝はアクセル全開で走る。
エンジンにとってもオイルにとっても過酷な条件だ。
高負荷高回転での全開走行は最も機械にとって厳しい使い方だ。
「あの子は必死になって飛び込んでくるもんね…」
「その様子が目に浮かぶわ」
「本当やったら1回クラッチを開けて掃除したいところやけどな?」
「?」
「オイルのカスが溜まる所があるんやで」
「?」
乗るだけの美紀には意味がわからなかった。
◆ ◆ ◆
(よく解んない。変わったのかなぁ?)
オイル交換を終えたカブは変わった様な変わらない様な。
美紀のスーパーカブは祖母から引き継いだものだ。分解整備はしていない。
理恵や速人と違ってとっくの昔に慣らしが終わっているからだろう。
オイル交換をしたところでメカに疎い女の子が解るほどの変化は無かった。
「美紀ちゃん、オイル交換した?」
「うん。でもよく解んないんだよね」
変わった様な変わらない様な。
「それにしてもさ、この時期にバイクに乗ると錆ひん?」
「気にしたことが無いな~」
最近の理恵は寒さに負けて電車通学だ。寒さだけでは無くて、
バイクが融雪剤で錆びるのが嫌なのだ。だが、
理恵や速人達の帰宅部と違って美紀は部活で遅くなる。
「遅くなると駅は物騒だし、私はバイクの方が良いかな?」
「じゃあさ、たまに洗車したが良いよ。汚れると早う錆びるんやって」
「洗車か…」
「水がキャブレターとかバッテリーにかからん様にするんやで」
理恵は美紀に洗車の仕方、洗車後の艶出しの方法を教えた。
「拭き終ったらな、シリコンスプレーを布に吹いて磨くんやで」
「シリコン?何それ?」
理恵はスマホを操作してシリコンスプレーの画像を出した。
「これがシリコンスプレー。つるつるになるんやで」
「ふ~ん。艶出し・離型に?艶出しはわかるけど、離型って何?」
離型は理恵にはわからなかった。
「ホームセンターでで売ってるし1本買うとき」
「理恵って、案外小まめに手入れしてるんやね」
理恵は使い方が荒っぽい分大事にしろと速人から言われているのだった。
亮二の様にワックスがけまではしないが、市販のシリコンスプレーを
布に付け、拭いて艶出しと錆止めをしている。
「タイヤには塗ったらアカンしな。滑って転ぶから」
「うん、わかった」
数日後、スーパーカブを磨く美紀の姿が有った。何とも思わなかったカブだが
自身の手で磨くと少しだけ愛着が出た。
その後、スーパーカブは轟家で長年動き続けることになるのだが、
美紀はそのことをまだ知る由も無かった。