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大島サイクル営業中 2017年度  作者: 京丁椎
2018年 1月
165/200

椛島さん・カブ納車

フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。

実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。

この数日間、磯部さんが口をきいてくれない。


それでも仕事は進む。今日は椛島さんのカブの納車の日。

真新しい黄色のナンバーを付けたカブ。今回は二種の表示もバッチリしてある。


「へぇ!そんな値段でここまで出来るとね!」


シリンダー以外は変更しなくて済んだ分、各部の整備にコストをかけた。

おかげでカブは新車とは言えないが程度の良い中古車になった。


「キャブレターもマフラーも換えてないからその分整備に回したよ」

「何だかシャキッとしたね」


椛島さんはバイクに乗っていたことが有るので詳しい説明は要らなかった。


「基本的に50と性能は同じやけど、堂々と時速60㎞で走れるからね」

「はい。おじさん、ありがとね」


「それと、書類入れにボアアップした証拠があるから、もしもの時は見せてな」


シリンダーの刻印はが49㏄のままなので不正登録を疑われてしまうからだ。


100㎞走った後のオイル交換の話を済ませ、無事に納車完了。


「やれやれ、初めての事だけに時間をかけてしまったな」


シャキッとしたカブは無事に納車できた。それは良いのだが…


     ◆     ◆


「阪神淡路大震災から23年か。あの時、俺は20歳やったわ」

「…」


「なぁ、磯部さん」

「……」


「こうやって飯を食って晩酌出来るって幸せな事やと思わん?」

「………」


日曜以来、不機嫌になった磯部さんは今日も口をきいてくれない。

好物を作っても美味しいお酒を出しても機嫌が直らない。


一回り年齢が違うと考え方も違うけれど、ここまで機嫌を損ねると思わなかった。

ある程度の年齢の女性に結婚の話をするのはタブーであることを奥様方から聞いた。

子ども扱いしたのも悪かったと思う。そこまで失礼な事だと知らんかったのだ。


『知らなかったから許せ』なんて今都の人間みたいで嫌な言い訳だけど…


「そろそろ許してもらえんやろか?一緒に居るのにたのし無いで」

「…って言って」


ぼそぼそ言われても聞こえない。もっと大きな声で言ってくれないと。


「もう少し大きい声で言ってくれんと聞こえへんで。言う事は聞くから。

 お願いやから機嫌を直して」


「私は、春になったら花見酒。夏は花火を見ながらビール。秋は十五夜の月見酒。

 冬は熱燗で雪見酒…過ぎ行く季節を中さんと過ごしたいのよ。

 『ずっと一緒に居てください』って言って。そのままじゃ無くて中さんの言葉で工夫して言って」


(一緒に居たいとは…プロポーズじゃあるまいし)


一瞬ドキッとしたけど、言葉通りなら一年中酒ばっかり飲んでいるんじゃないか?

そんな女の人と一緒に居るのは嫌だ。でも何か言わないと彼女の機嫌は直りそうもない。

女心はカブのエンジンをオーバーホールするより難しい。


「言ってくれないなら…私にも考えがあります」


ユラリと立ち上がった磯部さんは一升瓶を2本持って来た。さらにワインも追加。


「このワイン…2時50分と泡盛2升。呑んだら凄い事になるでしょうねぇ

 恥ずかしがって言わないのも善し。恥を忍んで言うのも善し。どうなるのかな?わかるよね?」


赤ワインの2時50分は悪酔い確実の癖があるお酒。泡盛は度数25度


「今日は牛乳は飲んでないわよ。わかるよね?」


眼が本気だ。可及的速やかに事態を収拾しないと危険だ。


「ずっとウチに居てください」


磯部さんがワインをラッパ飲みで1本空けた。どうやら今の答えは不正解だったようだ。

これは不味い。残りは泡盛2升。


「不・合・格。キチンと言わないと呑んで暴れちゃうぞ。わかるよね♡」


全部呑んだら間違いなく磯部さんは暴れる。それだけは避けなくては!

絶対に負けられない戦いが今ここにある。記憶の底からそれらしい言葉を

探すが出て来ない。


「き…君みたいな女神にずっと傍に居て欲しい!…なんてのは駄目かな?やっぱり」


ジョッキに泡盛がなみなみと注がれた。それを磯部さんが一気に飲み干した。


(もう駄目だ…)


ここは安曇河では無くて地獄の一丁目。今夜は地獄の一夜となる…

今までの思い出が走馬灯の様に脳裏によぎる。桜さん・父さん・母さん…

大石のおっさん、俺はこれ以上店を続けられないかもしれない…


「ま、この位で許してあげる。もう嫁に出すとか言わない様に」

「…はい」


(助かった)


夕食を終えて二人で後片付けをしながら久しぶりに会話らしい会話をする。


「そもそも、私にだって好きな人くらい居るんだから」

「そうか」


「全然落とせないのよ。どうしたら良いと思う?」

「料理かな?磯部さんのセンスでは難しいで。一生かかるで」


俺が洗い、磯部さんが拭いて皿立てに置く。2人でやればすぐに片付く。


「じゃあ、教えてくれる?一生かかっても良いから落としたい男が居るの」

「もう止めんで。後悔せん様にな…」


     ◆     ◆     ◆


数日後、リツコさんに料理を教える事になったのだが…


「大さじ…ってコレ?」

「それはお玉!それで3杯も塩入れたら高血圧になる!」


「にんにく一片ってこれ?」

「それはニンニク一玉!そんなに入れたら鼻血が出る!」


冗談抜きで一生かかりそうだ。先は長い…というか、俺が作った方が早い…



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