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大島サイクル営業中 2017年度  作者: 京丁椎
2018年 1月
153/200

20××年 高嶋市再編

フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。

実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。

20××年。市庁舎問題を発端に滋賀県高嶋市は今都・蒔野の北部地域と

真旭・安曇河・高嶋の南部地域。そして朽樹の山部地域へと分割されることになった。


「ふ~ん。北部地域が今都市になって、南部が新高嶋市なんだ」

「朽樹は朽樹町として独立か。昔に戻った感じなのかな?」


高嶋市から離脱した今都市は自衛隊の助成金を生かした街造りを進め

市民の高校までの学費無料・市民のみ使える無料観光バス・市の施設の無料使用

スポーツ施設の建設・念願だった地上20階・地下5階の新市役所庁舎建設と

豊かで贅沢な街となった。


一部の今都町住民から苦情が出ていた陸上自衛隊駐屯地及び演習場は

平和を尊重し、自衛隊を違憲とする政党の活躍により今都から移転した。

今都市民が迷惑をしていた騒音も無くなり、今都は平和で静かな街になった。


「貧乏町~貧乏人が住む安曇河町~!お前等と違って我らは金持ち~!」

今日も利用者を乗せて今都市の無料観光サロンバスが安曇河を通過する。


誰もが羨む湖西の星。住民はどの町より格が高い。繁栄と栄光の街・今都市。


……となるはずだった。


ところが、自衛隊が移転した事により今都市への助成金は当然無くなった。

収入は減ったが今都市民は一旦味わった贅沢を止める事が出来ず、

新市役所建設費用や公共施設の維持・各無料化された設備の維持費などなど

自衛隊からの助成金在りきで動いていた全てが市の財政事情を悪化させた。


支出を抑えるべく市民サービスを削減した市長はリコールで失職。

次の市長が市民サービスを復活させるも財政難により再び市民サービスを停止。

市民サービスを復活させては財政難になり、リコールと選挙が繰り返されて

ますます市の財政事情は悪化の一途を辿った。


窮地に陥った今都市は新高嶋市・朽樹町と再合併しての生き残りを図った。


ところが今都市議の一言が不味かった。

「また合併してあげる。今度の市名は今津市で」


呑気とか大らかと言われる旧北部地域こと新高嶋市と朽樹町の住民だが、

さすがにこれは許せない一言だった。


「今さら何言うてんねん。散々貧乏人呼ばわりしといて、それは無いわ」

「ウチはウチで上手い事やりくりしてますさかい。構わんといとうくれ」


こうして再合併の話はあっさりと蹴られて今都市は財政破綻した。


落日の滋賀県今都市。今やかつての栄光は何処へやら。

街は荒廃して単なる敦賀への通過点。誰も近寄らない寂れた街に成り下がった。


一方、北部地域改め高嶋市と朽樹町の方と言えば、

火葬場・ゴミ処分場・下水処理場が出来たくらいで特に変化は無かった。

元から今都と仲が悪かった朽樹町は新高嶋市と協定を結び

大規模施設を共有することになって完全に今都市との関係は切れた。


「質実剛健な街。大島のおじさんが言ってた安曇河に戻ったんだね」

「大島のおっちゃんが生きてたらなんて言うんかなぁ」


ここは滋賀県高嶋市安曇河町。藤樹商店街に在る本田サイクル。


「まさか、おじさんがあんなに早く死んでしまうなんて」

「リツコ先生・・・可哀そうだったね」


速人は三重県のバイク部品メーカーに勤めていたが、空気が合わなかったのだろう。

30代に入って役職に就いてからは胃潰瘍や体調不良に悩まされた。


「しばらくゆっくりしよう。大丈夫。蓄えはしといたから」


大学を卒業して3年の遠距離恋愛の末に結婚した妻・理恵の勧めで高嶋市へ帰って来た。

久しぶりに訪れた大島サイクルは閉まっていた。大島は病に伏せっていたのだ。


見舞いに訪れた本田夫妻に大島は頼み事をした。

「仕事が無うて蓄えが在るんやったら・・・買うて欲しいもんが在るんや」

病床の大島が最期に願ったのは店を続ける事だった。


「贅沢さえせんかったら食って行ける・・・お前達やったら出来るはずや」

「わかりました。お願いします」

「おっちゃん・・・」


速人が返事をしてから、大島は病人であることが嘘の様に熱心に速人を指導した。


半年の修業を終えて大島サイクルは本田サイクルに改名して再オープンした。

バイク部品メーカーの開発部門で働いていた速人はカブ系以外のバイクも整備できた。

取り扱い車種は大島サイクルの時より多種多彩となった。


「速人、これから辛い事や哀しい事が在って挫けそうになるかもしれん

そんな時はな、耳元で天使が囁いてくるんや」


「おじさん。何言ってるの。これからも見守ってくれないと」

「おっちゃん。コーヒー淹れて待ってるから。病気を治して遊びに来てえな」


大島は首を横に振った。


「おっさんはもうすぐ死ぬ。ええか、挫けそうになったお前に天使がささやく。

『手を動かせ速人!大島がついてる!』ってな。速人、頼んだで」


「おじさん…」


「理恵も、速人を支えてやってくれよ。それと、たまにで良いからリツコに

メシを食べさせてやってくれ。あいつは料理が下手や」


「おっちゃん…」


オープンしてからしばらくの時が経った。店は忙しくも無く暇でもなく。

速人と理恵が店を続ける自信が付いて来た頃。


数多くのスーパーカブを蘇らせ、ホンダモンキーを愛した男。大島が亡くなった。


葬儀には大島サイクルの客が数多く訪れた。亮二・綾・絵里・轟の姿もあった。


「おっさんの事やから、三途の川もモンキーとかカブで渡ってるやろう」

「あの世でもバイクを直してたりしてね」


不思議と泣き声は聞こえず、そこら中で大島の思い出話が聞こえた。


「大島のおっちゃんと速人がモンキーを直した日から始まったんだね」

「今思うとさ、理恵の所へ引っ張ってってくれた亮二にも感謝だね」


「Dio先生の慣らし運転がきっかけやったな」

「大島のおじさんのおかげね」


亮二と綾は大学卒業後、地元で就職して結婚した。

今では二人の子供たちが本田サイクルへ訪れる。


速人と理恵は子供を授かることが出来なかった。。理恵は子供が欲しかったが

速人は不妊治療で理恵が苦しむのを見るのが辛かった。

数年間の不妊治療の後、2人は決断をした。


「琵琶湖を眺めて2人で笑いながら暮らそう」


子供を諦めた二人はモンキーとゴリラで滋賀県中を走り回った。

壊れた事もあったが、大島仕込みの腕で速人が修理をして復活した。

今も大島サイクルで買ったゴリラと速人が直したモンキーは揃ってガレージにある。


理恵と速人が仲睦まじく寄りそう様に・・・・


     ◆     ◆     ◆


大島は炭をおこし、火鉢で餅を焼いていた。


「という初夢やったんや。夢の中とは言え相手が速人ってね~」

「僕は嫌じゃないけどね」


2018日 1月2日

暇を持て余した理恵が速人を誘って遊びに来た。


「理恵は過去に行ったり未来を見たり。大忙しやな」

「妙にリアルな夢やった。正夢かも?」


「正夢やとすると、おっさんは早死にしてしまうんか?」

「私は一人になっちゃうの?誰がご飯を作るの?」


「磯部先生はお料理はしないんですか?」

「出来るよ。不味くて手際が悪いけど」

「それは出来ないって事でしょ?何かガッカリ」


餅が膨らみ始めた。表面がきつね色へと変わる。


「ほれ。焼けたで」

「「いただきま~す」」


速人は弾き飛ばされた。


「磯部さんっ!大人なんやから理恵と争わない!」

「私だってお餅は好きだもん!」

「リツコ先生ってさ、全っ然っ大人の女じゃ無いっ!」

「黙れ小娘っ!貴様に私が救えるかっ!」


「リツコ先生って普段は理恵と同レベルですか?」

「だから見ても仕方ないって言うたのに」


リツコと理恵は餅を争って絶対に負けられない戦いをしている。


「なぁ速人。理恵を嫁にするのは夢の中だけの方が良いと思うぞ」

「おじさんの奥さんは磯部先生ですよ。夢の中ですけど」


「「ハァ・・・・」」

餅を巡って戦う磯部と理恵を見ながら男2人はため息をついた。


「速人、餅は諦めて芋でも焼こうか?」

「「お芋?食べる~!」」


速人はまた弾き飛ばされた。大島はもみ殻を入れた箱から芋を出した。

サツマイモはそのまま、ジャガイモは切込みを入れてアルミホイルに包む。

火鉢の灰の中へ埋めて上に炭を置いた。


「じゃがバターにはビールよね♪」

「リツコ先生、ビールって美味しいの?」


「お前にはまだ早いっ!」

「私は焼き芋の方が良いも~ん」


大島サイクルの正月は賑やかに過ぎて行くのだった。




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