正月の準備
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切関係ありません。
ゴウン・ゴウン・ゴウン・・・餅つき機が音を立てている。
「もう使う事は無いと思ったけどな」
「わ~い。お餅~お餅~」
両親を亡くして以来久しぶりに動かす餅つき機。無事に動いて良かった。
昔はこれでついた餅を家族で・・・
「磯部さんは大根おろしを作ってくれるかな?皮は剥いとくから」
「うん。解った」
磯部さんと暮らしてわかった事が在る。彼女は料理が出来ない。
出来ないと言うかやらせてはいけないレベルだ。
ジョリ・・ジョリ・ジョリ・・
リズムもへったくれもない危ない手付きで大根おろしを作る姿は
見ていて心配になる。でも、こちらも忙しいから仕方が無い。
付きあがった餅は粉を引いた容器へ移して鏡餅にしたり丸めたり。
でも忘れてはいけないのは大根おろし餅。
磯部さんが作った大根おろしの中にちぎっては入れる。
「突きたてのおろし餅~♪」
「そんなに嬉しいの?」
「一人だとお餅なんかつかないもん」
「それは解る。俺も磯部さんが居んかったら買って来るもんな」
残りの餅は縁側に置いて冷ましておく。その間にサツマイモを蒸す。
「お芋もちょっとちょうだい」
「1本だけやで」
そう言われると思ったので1本はそのまま。他は皮を剥いてから蒸した。
蒸したサツマイモは裏ごしして栗と混ぜて栗きんとんにする。
磯部さんのリクエストで栗は多め。ほぼ半分が栗だ。
「そんなに裏ごししてどうするの?」
「冷凍にして料理に使うんやで」
冷凍した物はコロッケやスイートポテトを作るのに使う予定だ。
「サツマイモのコロッケも美味しいんやで」
「作ってね♡」
昼食は冷凍しておいた物をチンして済ませた。
「これ位なら出来るんだから」
「これが出来んかったらアウトやで」
「磯部さん、お買い物に行こうか」
「うん。何買うの?」
「お酒。ちょっと良い奴」
「大吟醸?純米?」
「御屠蘇用に大吟醸か純米酒。どっちが良いかな?」
「究極の選択ね」
車を走らせて高嶋町にある酒蔵へ行く。
「中さん、ちょっと寄り道して良いかな?」
「どこ?」
「実家。郵便物が来てるかもしれないから」
「転居届は?出したんやったらウチに来るはずやん」
「まあ、念の為にね」
磯部さんの実家へ寄ると人影が在った。向こうも気付いて声をかけてきた。
「あ、大島さん。毎度」
「あら、社長」
三矢不動産の三矢浩市社長だ。社長直々とは珍しい。
「三矢さん、そちらの方は?」
「ああ、この家を見に来たお客さん」
若い男女が居る。夫婦にしては若い。
何となく後ろで歯ぎしりが聞こえた気がする。気のせいだ。多分。
「兄妹で住むんやと。車庫が要るらしゅうてな」
「仲がいいのね。妹さんは高校生?」
「はい。今度、高嶋高校を受けるんです。バイクに乗りたくって」
「バイクの後ろに乗せてたら、『自分も乗りたい』って言うもんで」
三矢社長が2人を紹介してくれた。
「お兄さんがこっちで就職するんやて。
妹さんが高嶋高校を受けるから合格したら一緒に住むって」
大津から高嶋高校へ来るのは珍しい。普通なら滑り止めなら安曇河高校を受ける。
やはりバイクに乗りたいのだろう。
「家の持ち主の磯部です。高嶋高校に勤務しています」
「大島です。安曇河でバイク屋をやってます。カブ系が得意な店です」
「今津克己です。こっちは妹の麗です」
「麗です。よろしくお願いします」
2人とも良い感じの子だ。気に入ってくれると良いな。
商売の邪魔になるといけない。少し話をしてから酒蔵へ向かった。
「御屠蘇に大吟醸。磯部さんは純米酒を自分で買う・・・と」
「買ってくれないの?」
「酒は自分で買う約束やったな?」
「買ってよ~買って~」
店の人が困ってる。騒いで迷惑になってしまったな。
「ごめんなさい。静かにしますんで」
「お客さん。未成年には売れませんけど・・・」
あ、そういう事ね。
「磯部さん。免許か身分証明を見せて自分で買って」
「持って来てな~いも~ん」
これを狙ってスッピンで居たのか。
酒とつまみ。あとは色々な食材を買って家へ戻った。
「これで誰かが来ても食べる物は有る」
「晶ちゃんは来れないけどね」
葛城さんは年末年始の特別警戒や初日の出暴走に備えて待機だとか。
「油揚げに刻み葱。酒のつまみ・・揃ったな」
「大みそかの準備は万端ね」
別に今日でなくても良い。大晦日に買いに行っても構わない。
最近は正月から開いてる店は有る。
「大みそかの大混雑は嫌や。正月はゆっくりしたいからなぁ」
「お正月はニューイヤー・箱根往路・箱根復路を観なきゃね」
「正月から走ってるの見て楽しい?」
「楽しい。特に脱水症状とか」
何が楽しいのか解らないけど、磯部さんは東京の大学を卒業したとか。
「母校が出場するとか?」
「そんなのはどうでも良い事よ。ところで、中さん」
晩御飯の用意をしているのに磯部さんがじゃれついてくる。
「そんなに精を付けて・・・私をどうするつもり?」
「磯部さん。精って言うけどな・・・精って何かね」
今日の晩御飯はホルモン鍋。博多のもつ鍋とは違う。
ホルモン用味付け肉を入れた唐辛子とニンニクがガツンと効いた鍋だ。
「暖まるからやけど・・・内蔵系は嫌い・・・じゃないな?」
「好き。愛してると言って過言じゃないくらい好き」
「そうか。そりゃ良かった」
「中さんは、愛してる物は無いの?」
「台を拭いてガスコンロを用意しといてね」
「あ、誤魔化した」
「好きな物は一杯あるで。食べる事・寝る事・遊ぶ事・バイク弄り」
「LikeじゃなくってLoveよ。無いの」
追加する具材と取り皿・お玉を炬燵へ運ぶ。
「likeは一杯あるで。さぁ食べよう。I Like 鍋!」
「まぁいいか。美味しそう。こりゃビールだね」
ニンニクと唐辛子が効いたホルモン鍋とビール。
鉄板のコンビネーションで呑んだ俺達はへべれけになった。
「もう、お片付けは明日にしま~す」
「お風呂はシャワーで済ませま~す」
皿や鍋を洗い場に置いてシャワーを済ませて寝ることにした。
◆ ◆ ◆
中さんが珍しくお酒をたくさん呑んだ。几帳面な彼が片付けを明日になんて珍しい。
「中さん。寝ちゃった?」
「なに~?起きてるけど眠い~」
私は彼の寝る布団へ潜り込んだ。何だか懐かしい匂いがする。
「男の布団に入るのはアカンと何べん言うたらわかるんや」
「ねぇ中さん。中さんが愛するものは何?」
以前から疑問に思っていた事を、酔った勢いで聞いてみた。
「愛する物なんか無い・・・愛は好かん」
「どうして?」
「俺が愛する者は皆離れて行く。残されるのは寂しい」
「だから一人で居るの?」
「深入りして哀しい目に会うのは嫌や。だから『好き』で留める」
「中さん・・・」
「愛は哀しみしか生まん」
「でも、愛には・・・・」
中さんは寝てしまった。少し呑ませ過ぎだったかな?
「中さん、おやすみ。良い夢を」私は自分の部屋へ戻った。