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大島サイクル営業中 2017年度  作者: 京丁椎
12月
149/200

磯部と大島

フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。

実在する人物・団体・地名・施設等とは一切関係ありません。

頬を赤く染めた磯部さんが布団に潜り込んできた。


「磯部さん。男の布団に入って来たら、どんな事になるか知ってる?」

「子供じゃないんだから…知ってるよ」


彼女からフワリと良い匂いがする・・・これは・・・・!


「磯部さん…」

(いや)…リツコって呼んで」


「リツコさん…」

「…」


俺は我慢できず、彼女の頬に触れた。

彼女は目を瞑った。彼女の頬にそっと両手を添え・・・




ほっぺたを摘んで引っ張った。



「俺のウイスキーを呑んだなっ!晩酌したのにまた呑んだんか!」

いひゃ(いひゃ)いっ!ゴメンなさ~い!許して~」


この匂いからしてグラス1杯どころじゃないはずだ。


「どれだけ呑んだ!20年物の俺のとっておき。どれだけ呑んだ!」

「1本開けちゃった。美味しかったゾ♡」


美味しかったんか・・・そら美味しかったやろうなぁ。

カブ90の極上中古エンジン並みの値段やぞ。


「全部飲んでしもたんか・・・栗きんとんに入れようと思ったのに」

「だって~止まらなかったんだもん~」


しかもウイスキー以外の甘い香りもする。


「他に言う事は?」

「棚に在ったチョコを摘みながら呑みました」


ベルギー産のチョコレートまで食われてしまった。


「何でそんなに呑むんや?体に悪いで」

「フッ・・・愚問ね。そこに酒が在るからじゃない」


(そこに在るから?登山家じゃあるまいし)


「で?謝りに来た訳か?」

「ううん、ちょっとお話したいかな~っ思って」


「もう眠い。少しだけやで」

「うん。じゃあ少しだけ。中さんって不能なの?」


(いきなり何を言うんや?)


「不能じゃないけど、もうオッサンやしなぁ」

「じゃあ、どうして私には何もしないの?」


「お子ちゃまやからや」

「それだけ?もっと別の理由があるんじゃないの?」


女性は妙に鋭い所がある様に思う。特にオカンは最強だと思うが。


「ねぇ、中さん。さくらさんの事を忘れられないからじゃないの?」

「そうかも知れんなぁ」


「さくらさんの事、教えて」

「そんな話聞きたいんか?大して面白うないけどな」


「赤ちゃんが出来た辺りは聞いたから、その前の事を聞きたいな」

「嫌や。恥ずかしいから話とうない」


「お願い…お話して」


化粧をしていない童顔モードで見つめられると断る気がしない。


「もう25年以上も昔や。俺は生徒間の自転車レースでトップを取ろうと

 躍起になってた。まだ怖いもの知らずのクソガキやった」

「卒レポで見た。バイク通学がOKになった少し前の話ね」


「馬鹿やって、粋がった挙句に俺は4人相手に競争してな」

「どうなったの?勝ったの?」


「それがもうコテンコテン。ラインも組めず風よけ役も無い。

 走って来たトラックの乱流に乗って追い越しを掛けたんやけど…」

「スリップストリームね」


先行車を風よけにして力を温存するスリップストリーム。

風除けとの距離を詰めないと効果が薄いのだが。


「追い抜くときに蹴られてな。トラックにぶつかってガッシャーン」

「…危ないわね」


「で、体の左側から地面に叩きつけられて何ヶ所か骨折」

「よく生きてたわね」


結局、体の左側は今でも完全に治っていない。


「怪我が治ってからは足のバランスが崩れてな。高回転で振動が出た」

「それじゃスピードは出せない・・・」


「そんな俺にな『中ちゃんの脚力は私に使って』て言う女の子が居てな」

「それが桜さん?」


「そうや。慣れん手つきで自転車の荷台にクッションを括り付けてな」

「2人乗り?青春ね」


腰が痛い。磯部さんの方を向いて寝直した。


「可憐やった。で、そこからお付き合いした訳やな」

「それからエッチな事をした訳だ」


「桜さんは初めての彼女でな。桜さんにとっても俺は初めての彼氏でな」

「うん」


「まぁお互いに初めて同士やったから…上手に出来んかってな」

「エッチの事?」


オブラートのつつんで話す大島に対してストレートに聞くリツコ。


(これが世代の違いってやつか)


「痛がらせて泣かせてしもてな。こっちも気遣う余裕が無かった」

「ふ~ん」


「終わった時に『泣かせるのはこれで最後にしてね』って言われたんや」

「…」


「それからな、女の子と良い雰囲気になるたびに桜さんの顔が浮かんできてな」

「ベタ惚れだったんだ」


「そうや。ベタ惚れや。恥ずかしいけど今も忘れられん」

「ふ~ん。でもさ、本当にそれで良いの?」


「何が?」

「中さんが寂しく1人で居る事の方が、桜さんは悲しむと思うけど」


(そうなんかな)


「さ、子供はもう寝る。続きはまた今度。おやすみ」

「子供じゃ無いもん・・・」


「続きはまた別の日に聞くから・・・」2人はそのまま寝てしまった。


     ◆     ◆     ◆


夢を見ていた。昔の悲しい出来事の夢だ。


「最善を尽くしたのですが・・・」


「嘘や・・・桜さん。目を覚ましてくれ。これからやないか」

ベッドに横たわった桜さんの顔に生気が無い。


「出血が止まらなくて・・・力が及びませんでした」


「頼む。1人にせんといてくれ。桜さん・・・何でや・・・」

若い頃の俺が泣いている。もう目覚める事の無い桜さんを抱きしめて。


・・・・桜さん


「む~!苦しい!中さん!朝から何?!」

「・・・・?」

腕の中には磯部さんが居る。昨日はそのまま寝たようだ。


「ごめんな。怖い夢を見てた」

「あ~ビックリした」


今日も一日が始まる…

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