御用納め
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。
今日は朝から雪。いつもの様に磯部さんにお弁当を渡して1日が始まる。
本日は御用納め。本年の営業最終日だ。
「明日からお休みけ?」
「うん。部品屋が休みになるさかいな」
何件か細かな修理のお客さんに対応しながら店の掃除をしてしまう。
今年は例年に比べて出来事が多かったように思う。
まぁ色々とあって全部は思い出せんけど良い事も悪い事もあった。
トータルするとプラスマイナスゼロといったところか。
「で、あの娘さんとはいつ結婚するんや?」
「婆ちゃん。そういうのじゃないから」
一番の出来事は磯部さんが下宿して来た事かも知れない。
今年一年頑張ってくれた機械を手入れする。特にエアーコンプレッサーは
頑張ってくれた。インパクトレンチやリューター、これが無いと仕事にならん。
「それにも油が入ってるんけ?」
「うん。古い機械やしなぁ」
先代の頃から在るエアーコンプレッサーは旧式のオイルを使うタイプ。
煩くてメンテナンスは面倒だけど頑丈さは折り紙つきだ。
交換するオイルはエンジンオイルが良いらしい。
バイク用では無くて4輪用のエンジンオイルを入れる。
『減摩材』って奴が入っているから抵抗が減るのだとか。
抵抗は減るらしいけれどバイクに入れると変になると聞いたことが有る。
カブに使ってしまうとクラッチが滑ることが多い。
やはりバイクはバイク用のオイルを使うのが大事。カブにはホンダG1が一番良い。
どちらが優れているとかではなくて適材適所という事だろう。
エアーインパクト・エアーラチェットは分解して中の部品も清掃しておく。
毎日注油していればそうそう壊れる物ではないけれど、汚れを落とすと
長持ちするような気がする。
どの機械・工具もプロ仕様でゴツイ。
プロ仕様とアマ仕様の大きな違いは連続使用に耐えるか否かだと思う。
そして壊れた時に修理できるか否か。
アマチュア用は補修部品が供給されていない事も多い。
直してまで使う価値が無い・買う方が安いと言ったところだろう。
工具も磨いておく。使い込んで油が馴染んだ工具は俺の宝物だ。
道具を粗末にすると罰が当たる。
今日は何時まで営業とかは決めていない。掃除が出来て、日が暮れてきたら
本年の営業は終了。明日からは正月に向けて準備だ。
御用納めで磯部さんも早めの御帰宅だ。
「だだいま~。あ~寒いっ」
「お帰り」
「晩御飯はな~に?」
「白菜やら鶏肉やらの具だくさんうどん」
「中さんはうどんが好きね。私もうどん大好き」
「手抜きで悪いかな~って思うんやけどね」
鍋に粉末のうどん出汁を入れて具を入れて煮込むだけの料理。
今日はホルモンも入れてコラーゲンたっぷりにしてみた。
「ごめんな。掃除で疲れてしもて酒の肴を作ってないんや」
「大丈夫。具を摘みながら呑むから・・・あ!ホルモンが入ってる」
「下ゆでしたのが有るから・・・ちょっと焼こうか?」
「うん。塩コショウとタレって出来る?」
上目づかいでお願いされると断れない。お願いの内容はオッサン臭いけど。
「OK。手を洗ってうがいしておいで」
「は~い」
下茹でで火は通っているから塩コショウが馴染む感じに炒めればOK
タレの方も絡めてやる程度で良い。炒めすぎると油が落ちすぎてうま味が無くなる。
「むむっ?下茹でをして余分な脂を落とすとは、なかなかやるなお主」
「こたつで食べよう。台を拭いといてね」
ホルモンを取りに来た磯部さんに頼んで皿や丼を運んでもらう。
「ホ~ルモ~ン♪おうど~ん♪」
メイクをしたままの磯部さんは見た目と行動が大違いで戸惑う。
見た目は何とか言うアニメの女博士みたいで何とも色っぽい。
でも、言動はガキンチョ・・・理恵あたりと変わらない。
「いただきま~す」
「いただきます」
脂っこくて濃い味付けのホルモン焼きにはガツンと強い苦みのビール。
ホルモンを一噛み二噛みして油のうま味を堪能してから流し込む
「ク~ッ堪らないっ!中さんは呑まないの?」
「うん。調べたいものが在るから。でもちょっとだけな」
40歳を超えてから脂っこいのが辛くなってきた。ホルモン焼きは敬遠。
うどんと一緒に炊いた鶏肉を摘みながらグラスで1杯だけ呑む。
「調べ物って、またバイク?仕事熱心ねぇ」
「いや、お節料理を調べようかいなと思って」
「おせちね~。う~んお節か~」
食べ物の事なのに食いつきが悪い。珍しいな。
「はい、うどん。トッピングは自分で居れてな」
葱・ワカメ・卵・エビ天・ちくわ天・・・
磯部さんが来てから我が家の食卓は豪華になった。
これも今年あった良い事か。1人で食べるより楽しい。
「あまり好きじゃないのよね。カレーの方が良いかな」
「じゃあ、止めておこうか。手間やし」
「でも、栗きんとんの栗だけは食べたいのよね」
「栗だけ?焼き甘栗でよくない?」
「う~ん。栗だけ出されてもそそらないのよね」
「あれ、芋を裏ごししたりで手間が掛かるんやで」
まぁいいや。栗きんとんは作ってあとは買うか。
栗だけ食われたら残ったきんとんにバターを混ぜて焼こう。
スイートポテトになる。
「磯部さんの家のお雑煮は味噌?澄まし?どっちやった?」
「年によって違ったかなぁ。この数年は酒ばっかり飲んでたし」
「味噌で良いかな?」
「何でも良いよ。中さんのご飯は美味しいもん」
そういえば、クリスマスで貰ったものが在ったな。
「磯部さん。クリスマスの事は覚えてるかな?」
「うん。いいよ」
何故か彼女は服を脱ぎだした。
「初めてだから優しくしてね」
「ちょっと待って。そっちじゃないから」
急に服を脱ぎだしたから驚いた。あのリボンは本気やったんか?
「大みそかまでご飯の支度をしてほしいんやけど」
「それは嫌。私が作ると不味いもん」
「レンジでチンして台に並べるだけやから」
栗きんとんは芋を蒸して裏ごししなければ滑らかに仕上がらない。
今年はお餅もつきたい。つきたてのお餅はおろし餅で食べたい。
年越しそばの準備やら食べる準備が忙しい。
「・・・という事で冷凍庫の物をチンして並べて欲しいんやけど」
「それなら出来るけど」
何だか不満そうだけど正月を充実させるためだ。やってもらう。
「市販の冷凍食品と変わらないから、ね?」
「カレーも作ってくれる?」
カレーもハンバーグも冷凍してある。ご飯くらいは炊くから大丈夫。
「どっちもチンしたら食べられるようにしてあるから」
「じゃあ、私、頑張る」
◆ ◆ ◆
夕食を終えて風呂を済ませ、しばらくテレビを見てから布団へ入った。
寝ころんで新型カブのサービスマニュアルを読む。
キャブレター時代のカブと比べると進化したと思う。
形は先祖返りして丸ライトになったのが良い。カブは丸ライトが可愛らしい。
(インジェクションに二次クラッチ、LEDライト・・・か)
カブは時代と共に進化する。俺も立ち止まっていたら時代に取り残されてしまう。
サービスマニュアルを閉じて別の本を広げる。
(来年はどうなるか・・・その前に年末を楽しく過ごせる様に・・・)
料理の本を手に取り、栗きんとんのページを広げる。
(隠し味に洋酒を入れるのか。ウイスキーで良いかな?)
引き戸が空いた。
「中さん、起きてる?」
化粧を落とした童顔モードの磯部さんだ。
「起きてるで。どうしたんや」
「話をしたくなって」
頬を赤く染めた彼女は布団に入って来た。
本年の営業は終了です。
店は休みですが、店主の年末年始の様子をお楽しみください。
新年の営業は4日からです。