大島・カブ50のピストン
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。
大島サイクルでは純正部品を使ってカブをボアアップしている。
原付一種の理不尽ともいえる30㎞/h規制・2段階右折から逃れる為ではあるが
シリンダー・ピストン以外にキャブレター・マフラーも交換するので費用が掛かる。
スーパーカブ50用のオーバーサイズピストンは存在するのか?
インターネットで調べたところ、カブ50の純正オーバーサイズピストンは
メーカーからの供給が無い。昔は在ったらしいのだが無くなったらしい。
もともと原付1種規格目一杯の49㏄。ボーリングなんかしたらすぐ50㏄を超える。
(なるほどな・・・確かに排気量が変わるわな)
仮にシリンダーに付いた疵の深さが0.4㎜とする。ならばボーリングして広げるボアは
疵より少し深い0.5㎜・・・ではない。
疵が在る所だけ削ると真円度やシリンダーの中心が狂ってしまう。
片側だけ削るわけにはいかないから0.5×2で1.0㎜のボアアップになる。
カブ50のノーマルボアは39㎜。それを1㎜広げた40㎜のピストンだと
0.2cm×0.2cm×3.14×0.414cm≒51.9㎤
排気量が約3㏄増えて原付き1種の50㏄未満でなくなってしまう。
軽自動車に純正オーバーサイズピストンを組んで脱税で捕まったとも聞く。
いろいろと細かな事に煩い昨今で問題があるのかもしれない。
「中さん。何を調べてるの?エッチな事?」
「ん~カブ50のオーバーサイズピストンが無いかと思ってなぁ」
子供の様に背中に被さって来る磯部にかまわず画面を見続ける。
「師走も押し迫った時期にピストンねぇ・・・社外品は無いの?」
「社外品か・・・社外品は好きやないんやけどな」
社外品と言えば思い当たる節はある。沢井さん家の綾ちゃん。
ボアアップに使った微妙なサイズのピストンは自家製で作れる物じゃない。
もしかすると当時は純正オーバーサイズピストンが出たのかもしれないが
出ていなければ何処かのメーカーで作っていた物だろう。
パソコンのお気に入りの欄をクリックしてK社・D社・C社・M社と見ていくが無い。
52㏄でも75㏄でも手間は同じ。費用はそれほど変わらないはずだ。
それならよりボアアップの効果を体感できる75㏄を選ぶのが普通だろう。
「社外品でも無いな。じゃあ50のシリンダーは使い捨てか。もったいない」
「ピストンメーカーは?競技用で出してるかも」
競技用か。レースで性能を発揮するからと言って公道ではどうだろう?
「サーキットで良くても学生が使う分にはどうかな」
「登録の変更とそれ用の免許が要るから競技用ってしてるんじゃない?」
「なるほどな。メーカーは競技用として提供。使い方は個人の責任か」
「世の中色々煩わしい事ばかり。メーカーも悩んでるんじゃない?」
「お?有るみたいやな」
Tというメーカーのサイトにカブ50のオーバーサイズピストンキットが在った。
どうやら絶版車にも強い店らしく、有名な内燃機店にも卸しているらしい。
1㎜どころか2㎜のオーバーサイズまで選べる様だ。
試しに5個注文しておく。1個買うだけだと送料が割高に感じるからだ。
「在るんやねぇ。カブの世界は奥が深いな」
「でも、どうしてオーバーサイズ?ボアアップすればOKじゃないの?」
(何で纏わりついてくるんかな?オッパイが背中に当たってるんやけどな・・・
背中が温といし、まぁええか)
「シリンダーとピストンだけやったら社外のボアアップキットを買う方が安いで」
「じゃあどうして?」
「最近は純正部品の値上がりがな・・・」
カブに限らず純正部品は年々値上がりする。倉庫での保管料や諸経費が部品代に
上積みされるとか聞くが、とにかく値上がりは止まらない。
そのうちシリンダーボーリングしてピストンを換える方が安くなるかもしれない。
シリンダーキットで1.4倍の排気量にするとなれば、周辺機器のアップデートも
しなければ本来の性能は発揮できない。壊れる事もあるだろう。
「キャブレター・マフラー・クラッチ・オイルポンプをノーマルのままで2種登録する為やな」
「最低限の部品交換で2種登録する為?」
「そうやな。みんな60㎞で走りたいわけじゃないし」
「30㎞/h規制と二段階右折から解放されるだけでも価値はあるわね」
面倒な二段階右折と理不尽な時速30㎞規制さえ解除できれば72㏄でなくても良い。
値段・耐久性・振動の面で選んでいるだけ。性能に関しては後から付いて来た感がある。
「腰下もノーマルで行けるやろう。5%なら許容範囲や無いかな?
ヘッドがそのままでもOK。若干のハイコンプ化でパンチも出ると思う」
「モンキーでも88㏄までボアアップするもんね」
「それにな、腰下は手付かずで行けるんやったら半日で2種登録出来るしな」
「ターゲットは?学生の通学カブ?」
「そうや。来年の春に入学する学生やな」
「安く出来るなら親御さんが喜ぶわね」
ピストンの情報も仕入れた事だし寝よう。
「で、磯部さんは何で俺の背中にへばりついてるのかな?」
「何だか懐かしくって。お父さんみたいで」
「どんな親父さんやったのかな?」
「ん~とね、私のお父さんはね~RCカーのマニアだったかな」
「えらく繊細な趣味やったんやな」
「手先が器用で優しくって。私を可愛がってくれたな・・・
こんな風にしてRCカーを組み立てるのを見てたの」
こんな状況で細かなビスを締めたりしてたのなら大した集中力だ。
相当な腕前だったのだろう。
俺は集中できない。背中の柔らかな感触が気になって気になって・・・。
「亡くなったのは病気?」
長閑な田舎町。人が無くなるような事故だったら10年単位で語り継がれる筈だ。
磯部という人物が事故で亡くなったと聞いたことは無い。
「今頃の時期にね、仕事が忙しくって『何や胸が痛いな~』って言ってたの」
「今度の休みはドライブに行こうって約束してたのにね」
「うん」
「次の日、いつまで経っても起きてこないから起こそうとしたの」
「ほう」
「そうしたらね・・・冷たくなってたの」
「心臓か」
「そう。心筋梗塞。何も言わないで逝っちゃった」
「悪いこと聞いたな」
「中さんは?桜さんの事・・・聞かせて欲しいな」
「・・・・・」
「ダメ?」
「今日は遅いから駄目。また今度やな」
明日はお互いに御用納め。最終日に遅刻なんてまずいだろう。
俺も店の掃除をしなけれはならない。
年末の用事が片付いたら話そう。美味い酒でも呑みながら・・・。