速人・オークションの罠①着弾
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。
大島が店前の掃除をしていると宅配便のトラックが停まった。
「まいど。お届け物です」
今日届く物は無いはずだが?
「本田速人さん・・・じゃないですよね?あれ?」
宅配便のアンちゃんは戸惑っているが、速人の物なら預かっておこう。
「中身は・・・バイク部品か。何か内緒の買いもんやな」
サインをして受け取った。重さからすると金属。エンジンだろう。
『なんか届いたぞ?預かっておきます(^^;)』・・・送信。
すぐに返事が来た。
『エンジンです。珍しいエンジンですよ■■』
絵文字を使っている様だが表示できない。どうやらスマホでないとダメらしい。
◆ ◆ ◆
『希少セル無し 4速?』
スーパーカブのエンジンでセル無し・4速の物が有る事を速人は知っていた。
値段は4000円するかしないか。程度は良くなさそうでジェネレーターは無い。
興味本位で速人は入札をしてみた。
セル無しでニュートラルスイッチが2つ付いているクランクケース。
欠品は有るけど何とかなるだろう。直せばスペアエンジンになる。
4速ランプを追加すれば『幻の5速』へ入れる事も無くなる。
どのみちエンジンを分解する特殊な工具は無い。
「おじさんの店に送ってもらえば話が早い」
希少エンジンだが競る相手も無く入札開始価格で落札。
そんな流れで大島の元へエンジンが届いた訳だが・・・。
速人はカブ系エンジンの奥深さとオークションの恐ろしさを知らなかった。
◆ ◆ ◆
「おじさん。届いてますか?希少エンジン。セル無し4速です」
放課後、理恵達をぶっ千切って帰って来た速人は興奮して大島の元を訪れた。
「エンジンか?どれどれ・・・ん?」
箱からエンジンを取り出してスタンドへセットする大島。
「速人。試しに変速してみ。」
チェンジペダルを仮付けしてギヤチェンジ。
ニュートラルから1・2・3速とチェンジして燃費モードの4速へチェンジ。
4速・・・では無くスプロケットが空回りする。ニュートラルだ。
「あれ?あれ?」何度もギヤチェンジを試すが結果は変わらない。
「なぁ速人。エンジンナンバーをよく見てみ。これはプレスカブやな」
プレスカブ。新聞配達に特化した業務用スーパーカブである。
配達で便利なように走行中に3速からニュートラルへシフトできる。
シフトミスを防ぐために3速表示用に接点が付いている。
外見が似ている・・・希少な4速セル無しエンジンに。
「ジェネレーターが付いてたら1発で解るんやけどな。騙されたなぁ」
この手の商品はノークレーム・ノーリターンで取引されている。
「しかも『4速?』か。向こうも知らずに売った事にしてるんやなぁ」
返品不可・文句は聞かない・4速だとは言っていない・・・
「騙されたなぁ。お前はもう少し疑う事を覚えんとアカンわ。
オークションで誰も手を出さん珍品と今都の人間は疑ってかからんとな」
「そんなぁ・・・」
「使えん事は無いからウチに有る部品で遊べるけどな、どうする?」
新聞配達で酷使されたエンジンならベアリングも交換した方が良い。
まともに直してそこそこ使えるようにするには3万円はかかる。
ギヤまで傷んでいたらゴミと思った方が良い。部品取りでしかない。
「自分でやるなら応援する。部品代は何とも出来んけど、場所と工具は貸すで」
速人は歯を食いしばって涙をこらえている。
認めたくないものだな。己の無知ゆえの過ちとは。
「実動のエンジンで1万円くらい。でも中を見れば直すところばかり。
それやったら最初から開ける前提でボロを買うのも有りやなぁ」
「・・・・・」
「なぁ速人。人生にはな、騙されて傷つけられて失う事が沢山有る」
「・・・・・」
「悔しい事・嫌な事・悲しい事。おっさんは昔、今都に酷い目に会わされてな」
「・・・・・」
「何もかも、全部を心のシリンダーへ押し込んで圧縮したんや」
「・・・・・」
「目一杯圧縮した嫌なもんに火花を飛ばすとな、ドカンと凄い力を出すんや。
人間もエンジンも一緒やな。まぁ圧縮し過ぎるとノッキングするけどな」
「おじさん・・・」
「嫌な事は今年中に片付けよう。さっさと頼まんと部品が来んぞ」
速人の2機目のエンジン組み立てが始まった。
以前のオークションでは結構良いものが安めのお値段で買えた気がしますが
今は酷い出品者が居るみたいで、嫌になることが有ります。注意して利用しましょう。