大島・リツコに注意する
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは無関係です。
チュン…チュン…パタパタッ…チュンチュン…
朝の日差しが降り注ぎ、すっかり冬の羽根となった雀の鳴き声が聞こえる。
大島は右腕の痺れで目を覚ました。右腕を枕にすうすうと寝息を立てて眠る磯部。
(何が起こったんや?何で一緒に寝てるんや?)
昨夜は酒を呑んで酔いつぶれたりはしていない。決して酒の勢いでの過ちではない。
昨夜は戸締りをしてトイレに行ってから眠っただけだ。
「ん・・・ふぅ」
寝返りをうった磯部が大島に抱きつく。ふわりとシャンプーの香りがする黒髪。
柔らかな双丘が大島に押し付けられた。
(これで30歳ねぇ。子供にしか見えんなぁ)
そっと磯部の体から離れて布団を掛け直す。時計を見ると5時を少し回った所だ。
もう一度寝るにも時間は中途半端。それに布団には磯部がいる。
少し早いが朝食を準備することにした。
6時30分。
セットしておいた携帯のアラームが鳴った。炊飯器のアラームも鳴り、
炊き立てのご飯を皿に広げて冷ます。
コロッケ・卵焼き・ポテトサラダ・刻んだキャベツに炒めた肉・・・
おかずは適当だがそれで良いらしい。
「おはようございま・・・ふゎあ~」眠そうに磯部さんが起きてきた。
彼女は寝起きでもよく食べる。ご飯・味噌汁・煮物・オクラ納豆。
お弁当に詰め切れなかったソーセージも一つまみ。
「磯部さん。いつの間に俺の布団に入ったんですか?」
「寝惚けて入ったんだと思うけど・・・嫌だった?」
嫌って言うより、間違いが起こったらマズイと思うんやけどな。
「まぁ、俺も男なんで、その辺りは考えて欲しいですね」
「男の人ってそういうのを喜ぶんじゃないの?」
「誰が言うたんや、そんな事」
「お祖母ちゃん」
えらい所から聞いたなぁ。どんなお祖母さんや。
「お布団を干しとくから、出しやすい所に置いといてね」
「うん。わかった」
朝食を食べた磯部さんはトイレに行き、歯を磨いて顔を洗ってお化粧をする。
いつものルーティーンを終えると少女の様な童顔が大人の女性へと変わる。
服もスウェットからブラウスと深いスリットの入ったスカート。そしてジャケット。
上からはロングコートを着て防寒対策。ゼファーでは無理な格好だ。
赤いルージュが妙に色っぽい。セクシーすぎてちょっと引く。
スッピンの時との変化が激しすぎる。化粧って凄いなぁ。
「はい。お弁当」
「行ってきます」
リトルカブにしては威勢の良い音を立てて磯部さんが出勤。
さて、俺も飯を食って仕事をするか。
布団を布団干しに掛けて干しておく。それから店へ。
仕事と言っても今週一杯は休む。休むとは言ってもシャッターは開けてある。
困って店に来た客は対応するけど電話は出ない。あくまでも休み。
インフルエンザは油断できない怖い病気だと思う。
治ったと思って油断していると人にうつすかもしれない。
ちょいボロのスクーターとカブを整備。近頃の4サイクルエンジンの
スクーターはカーボンの詰りでエンジンが掛からなくなるのでクリーナーを
吹いてクランキングしておく。Dioは定番車種だ。
少し古いけどトゥディは面白い。ボアアップキットのフルキットを組むと
フロントが浮くほど加速する。値段は高くなるが商品化しておく。
カブもチョイ古のキャブ車。カブが頑丈と言うのはある意味日本当で
ある意味間違いだと思う。メンテナンスをしなければ壊れる。
手入れをしなければ錆びる。壊れるがそれでも走るだけだと思う。
動かなくなったカブのダメージは酷い。
喧嘩で弱い奴は倒れてもすぐに起き上がる。溜まったダメージが少ないからだ。
強い奴が倒れた時は溜まったダメージが大きい時。再起不能になることが有る。
神話みたいに頑丈と言われているカブだけど、そんなもんだと思う。
モンキー・ゴリラ・Daxは近頃ご無沙汰だ。中古部品が高価すぎる。
ボロフレームでも書類付きは高価だ。でも海外製フレームは使いたくない。
お手軽なミニバイクとして親しまれていたホンダ4miniは
もう高校の通学で使えるほど手軽なミニバイクではないかもしれない。
ボロフレームの書類付きを買って新品フレームに再打刻・・・5万円くらいかかる。
『安いモンキー無いか?』なんて言う奴が居るけど俺が欲しいぐらいやで。
東京モーターショーでコンセプトモデルのモンキー125が出ていたけど
ウチで扱うのはしばらく先になるだろう。中古が出てからの話だな。
グロム・Z125・125㏄クラスのスクーター・・・近頃、原付2種が注目されている。
今都のガキに人気が有るらしい。丸いライトのクラシカルなバイクは
今都のガキ達には古い物としか見えないからだとか。
「おっちゃん。今日は・・・やってる?」
「こんにちは」
理恵と速人が遊びに来た。今日は土曜で半日登校か。
2人ともオイル交換。速人は自分で作業している。理恵はパンを食べながら見ている。
「モンキーの125が出てましたね」
「おう。上手い事出来てるな」
「でっかくなったねぇ乗れないよ~」
この二人もすっかり店に馴染んだ。オイル交換を終えてからは
コーヒーやココアを飲みながら駄弁っている。
「丸いライトが可愛いよね。ライトは丸じゃなきゃ」
「カブも丸ライトに戻ったもんね」
バイク雑誌を仲良く読んでいる。
理恵は少し髪が伸びて女の子らしくなった。
「理恵・・・ちょっとゴリラに跨ってくれるか?」
「ん?何?」と言いながらゴリラに乗る理恵。
「髪だけや無うて背も伸びたみたいやな」
シートのクッションが弱ったのかもしれないが、春に浮いていた踵が地面に着いている。
「車高を元に戻すから少し待ってや」
リヤサスを250㎜のものからノーマル長の265㎜へ変更。
理恵のゴリラは少しだけ背が高くなった。
「おっちゃん。お金は?」
「オイル交換代だけでエエよ。転がってたショックやから」
こんな事ばかりだから儲からないんだと思う。
2人が帰った後は自家製冷凍食品を仕込む。呼ばれたら店へ出る。
下宿人が居るから今までみたいな適当な夕食では済ませられない。
夕食はビーフシチュー。寒い冬にはたまらないご馳走だ。
磯部さんの中ではビーフシチューをおかずにご飯は違うらしい。
パン屋でフランスパンを買っておいた。
時計を見れば時刻は2時を過ぎている。そろそろ布団を入れないと冷めてしまう。
せっかくふっくらとした布団が冷めては全てが台無しだ。
「よっこいせっと…あっ!」
磯部さんの布団を入れようとしたら
腰に痛みが走った。ぎっくり腰ではないが痛めたらしい。
動けないわけでは無いが痛いので店は閉めた。
夕食はシチューを温めればよいだけにして横になって磯部さんの帰りを待った。
◆ ◆ ◆
ヴロロロロ・・タンタンタンタン・・・プスン
「今日の晩御飯はな~にかな~」
ルンルン気分で帰ってきたリツコが見たのはコタツで横になった大島だった。
「おかえり。ご飯にする?お風呂?それともお酒?」
身を起こしながら話す顔は何やら痛そうな表情だ。
「どうしたの?どこか痛いの?腰?」
保健室の先生だけあってこの手の事に詳しいリツコ。
大島の歩き方から腰を痛めたと判断した。
「うん。腰を痛めてしもてな。風呂上りにシップ貼るから大丈夫や」
「病み上がりで無理するなって私に言ってたのに」
動けない訳ではなさそうだが痛そうで気の毒だ。
「お風呂から上がったらマッサージしてみよっか?」
「お酒呑むでしょ?シップを張るからええよ」
「お酒はその後で呑むから、ね?」
「じゃあ甘えさせて貰おうかな?」
夕食はビーフシチューとサラダ。お酒のつまみにするつもりだったのか
焼いた油揚げも有った。
「ご飯とパンが有るけど、磯部さんはパン派やったね」
「あれ?大島さんはご飯?」
ちょっと行儀が悪いけどと言いつつビーフシチューをご飯に掛けて食べる大島。
行儀が悪いのはお互い様とパンをシチューに浸して食べるリツコ。
傍から見ると仲の良い夫婦に見えない事も無い。
食事を終えて後方付け。今日はリツコが代わって行った。
その間に大島はお風呂の支度。入るのはリツコが先だ。
「じゃあ、お風呂に入っている間に用意しとくね」
風呂から上がったリツコは部屋に戻って何か始めた。
「誰かと暮らすのも悪くない…」
湯船に浸かり一日の疲れを癒す。病み上がりで張り切り過ぎた様だ。
人に注意できる立場じゃないと反省した。
風呂上りの大島はリツコのマッサージを受けた。
リツコは弱い腕力をカバーすべく、足で踏んで腰周りを解したり、
背中から抱え込んで捻る様に背筋を伸ばしたり。全身を使って
大島を丁寧にマッサージした。
腰の痛みは和らいだと見える。楽になったはずなのに大島の表情は険しい。
「中さん。私のマッサージじゃダメ?」
「……」
「中さんほど上手くないかも知れないけど、頑張ったんだよ」
「…」
反応の無い大島の態度を見てリツコは悲しくなった。
「私、頑張ったのにぃ…グスッ…」
「楽になった。でもな、ちょっと話をしようか…」
どうやらマッサージ自体は気持ち良い物だったらしい。
でも説教モードの正座で向かい合う。酔っぱらって泊まった時以来だ。
「磯部さん。何でチャイナドレスなん?」
「お祖母ちゃんが『殿方はこれを喜ぶっ』って」
風呂上りの大島を待ち構えていたのはフルメイクで真っ赤なチャイナドレスを着たリツコ。
スリットが太腿のかなり上まで入ったロングタイプだった。
下手にしゃがんだり動いたりするととんでもない所まで見えてしまう…。
ご丁寧な事に網ストッキングにガーターベルトまでしているのが見えた。
「それは倦怠期の夫婦や。ついでに聞いとくけど、この前マッサージした時の
『こんなの初めて』『凄い』とかもお祖母さんに習ったんやろ?」
「うん。男の人が喜ぶってお祖母ちゃんが」
「またお祖母ちゃんか!?それはエッチの時に言う言葉!」
声を聴いたご近所の奥様方に色々と言われたらしい。
「しかもノーブラやろ?ビックリしたで」
「この方が密着して効果が有ったって・・・」
「何の効果や?医学的な物とは思えんけどなぁ」
「血行が良くなる?とか?」
「どこの血行や。またお祖母ちゃんか?」
「お母さんが『お父さんにしてあげた』言ってました」
お母さん・・間違ってるみたいよ。
「朝、俺の布団に入って来たのは何で?」
「それは純粋に寝惚けて・・・寒かったからだと思います」
この後約10分間。リツコは大島に説教をされると共に、男心を学んだ。
「男はグイグイと来られると逆に引いてしまう生き物です」
「・・・はい」
説教の後、夕食で食べなかった油揚げを2人でつまみながら呑んだ。
大島の顔が真っ赤だったのは酒のせいかスリットから見える脚のせいか、
リツコにはわからなかった。
大島から教わった事が活かされるのはまた別のお話・・・