理恵・不思議な体験③現代
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。
今日も高嶋市は雨。雷に懲りた理恵は電車で学校へ行く事にした。
「理恵、おはよう。あんたも電車?」ホームで綾が声をかけてきた。
「12月の雨って最悪やな。冷てぇ」亮二も一緒だ。
「理恵~今日は寝坊しなかったの~」
「朝から仲の良いのを見せつけないでよ」絵里と轟も今日は電車だ。
ホームに電車が滑り込む。大津方面から安曇河高校生が降りてきた。
「ケッ高嶋如きが・・・」
「オラ、どけどけ田舎もん」
ホームに唾を吐き、肩で風を切って歩く自称優等生。
これを見るのが嫌でバイク通学にしたのを理恵は思い出した。
向かいのホームでは今都から通う安曇河高校の生徒が降りてくる。
「エリ~ト様に道を開けろ~!我々は栄光の今都市民だっ!」
「貧乏人はひれ伏せ!我々はセレブの街、今都市民様だっ!」
今都方面から降りてきた生徒と大津方面から降りてきた生徒の小競り合いが始まる。
「今都ごときが威張りやがって!こっちは県庁所在地の大津やぞ!」
「こっちも市役所が建設される湖西の都!今の都と書いて今都やっ!」
「もう真旭が本庁舎に決定って新聞で出てたぞ?」
「うるさい!北小松なんか高嶋より何も無いやろうが!」
駅員が止めにかかるが利用者はいつもの事と気にしない。
「同じ学校同士で何やってるんやろうな」見知らぬ男性が呟く。
電車は今都へ向けて走り出す。真旭駅で市役所の職員が降りる。
車内は急にガランとして空席が出来た。ここで速人が合流。
「もうバイク通学のシーズンは終わりだね」
「晴れてるうちは行けるよ~」
今都駅で降りて学校までは徒歩。体が小さく力の無い理恵にとっては辛い道だ。
「ねぇ速人。女の子のカバンを持ってあげようとは思わないの?」
「やだ。理恵ちゃんのカバンが重いのはお弁当のせい。自業自得」
雨で電車通学の生徒が多いのだろう。高校への道は混雑している。
綾は「少子化って言うけど、いっぱいいるよね」と言うが、理恵にはピンと来ない。
「昔はもっと子供が多かったんやで。うじゃうじゃ居たんやから」
「なんか見て来たみたいだね」
「・・・・見たんやと思う」
「元気無いね。何か有ったの?」
「なんか疲れた」
3時間目の終了後。体が怠くなり理恵は保健室へ行った。
「熱は・・・少しあるわね。しばらく寝て熱が上がる様なら帰りなさい」
「雨の日はバイクは止めた方が良いですねぇ」
「私もバイク通勤だけど、昨日みたいな日は電車。高嶋の冬は辛いね」
先週インフルエンザで休んだリツコは肩を顰めた。
「リツコ先生、雰囲気変わった?なんか柔らかくなったみたい」
「柔らかく・・・か。そうかもね」
「ねぇリツコ先生。過去って変えられると思う?」
保健室にコーヒーの匂いが漂った。
近頃の磯部はコーヒーを淹れる様になった。大島の影響だ。
「過去ね・・・人は現在に生きて未来に行く者。前に進むしかないのよ」
「バイクと一緒だねぇ・・・」
雨は降り続いている。雨音を聞いているうちに理恵は眠ってしまった。
目が覚めると放課後だった。
「みんなが来てるよ。一緒に帰りなさい」
磯部に言われ、理恵は帰ることにした。
熱は下がっているようで体の怠さは無い。疲れていたのだろう。
ずっと寝ていてお腹が空いたと言う理恵に綾は「大島さんの店に行けば良い」と言った。
お弁当を食べて帰らないと母が心配する。そうすることにした。
久しぶりに訪れた大島サイクルは閉まっていた。
シャッターには『しばらく休みます』紙が貼られている。
「・・・・変えちゃた」
「あれ?休みだ。どうしたの理恵?顔色が悪いよ」
「私が要らん事したから歴史が変わった!どうしよう・・・」
泣き崩れる理恵とオロオロする綾。
ポロロロ・・・トントントントン・・・
「ありゃ?綾ちゃんに理恵やないか?何してるんや?」
ゴリラに乗った大島が帰って来た。
「おっちゃん!禿げてる!禿げてる!」
「いきなり『禿げてる』とは何や?! 禿げてないわ!禿げかけてるだけじゃ!」
◆ ◆ ◆
大島は綾にはココア。弁当を食べる理恵にはお茶を淹れた。
「店が閉めてたのは、インフルエンザで寝込んでたからや」
念の為に今週は休むが来週からは通常営業らしい。
理恵はホッとしつつ弁当を頬張った。
「で、お前は夢と現実の区別がつかんと大騒ぎしていた訳か」
「熱で脳みそが誤作動を起こしたんじゃない?」
「試験勉強と期末試験。頭を使いすぎたんだね」
「オーバーヒートか。頭にオイルクーラー付けるか?」
酷い言われ様である。
「そもそも歴史が変わって俺がこの店に居んかったらどうなってる?
お前が乗ってるバイクを組んだのは誰やって話になるぞ?」
「それもそうか」
「例えばやけどな、理恵が怪我をしたとする。怪我をする前に行って
『~すると怪我するよ』って自分に教えたらどうなる?」
「ケガはしないと思う」
「そうや。理恵は怪我をしない。そうなると過去へ行く理由が無くなる。」
「うん。怪我はしてないから行かない」
「怪我はしていないけど、怪我をした記憶はある。」
「?」
「自身は怪我をしていないはずなのに、怪我も記憶もある。変やろ?」
「なにそれ?」
よく理解できない理恵に綾が説明した。
「タイムパラドックスって言うのよ」
「『俺の人生にバックギヤは無い』って派手なトラックに書いてあるやろ?
過去には戻ることは出来ん。バイクと一緒で前進あるのみや」
「難しくってわかんない」
少なくとも目の前の大島は何も変わっていない様に見える。
使い込んだ工具・コーヒーの香り・油の匂い。何も変わっていない。
油の浸み込んだ作業台。片隅には写真立て。
(あれ?こんな写真立てって在ったかな?)
「なぁ、おっちゃん。その写真の人って桜さん?きれいやねぇ」
若き日の大島と桜の写真だ。
「おう。きれいに撮れてるやろ。お気に入りや」
「美女と野獣ね。どうやって知り合ったの?」
「幼馴染でな。高校の頃から付き合ってたんや。」
「私と亮二と一緒ね」
「素敵な女性やった。赤ちゃんが出来て、幸せ絶頂の時に亡くなってな・・・
無事に生まれてたらお前等と一緒にバイクに乗ってたかもしれんな」
(う~ん。やっぱり過去は変えられんかったか)
「でも、理恵に桜の事って教えたかいな?何で知ってるんや?」
「・・・・・さぁ?誤作動してるから解んない」
「2人乗りで学校まで行ってたからな。しょっちゅうパンクしてたな。
警察に停められることも無い長閑な時代やったで・・・」
写真を見て懐かしそうに語る大島。
(25年の間に何が有ったのかなぁ)
今となっては大石のジャンパーへ入れた手紙がどうなったのか解らない。
読まれたのか読まれなかったのか。自分が言った事を大石が誰かに伝えたのか。
未来を変えない為に敢えて言わなかったのか。
大島の昔話が続く。
「そういえば、パンク修理してもらってる時に賑やかな娘さんが来てな・・・」