理恵・不思議な体験①雷鳴
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。
バイクに乗っていて気持ちが良いのは晴れの日である。
だが、通学でバイクに乗る者は雨であろうが風が吹こうと乗らなければならない。
とは言え高嶋高校へ行くには電車もあるので雨の日は電車で通う者も居る。
「ふ~ん。蒼柳小学校の時計台に雷が落ちて25年なんだ」
「理恵、今日は電車で行くんと違うんか?」
「あっ!」
配られてきた市の広報を読んでいるうちに電車の時間に遅れてしまった理恵。
「・・・という訳でこれを読んでたらゴリラで来る事になってしもた」
広報を見せながらゴリラで来た理由を綾・速人・亮二に話した。
「ふ~ん。1992年の12月15日0時34分ね~」
「僕は真旭だからかな?聞いたことが無いや」
「俺も小学校は別だからなぁ」
「で、理恵はこの雨の中をゴリラで帰る訳だ」
「時計台みたいに雷が落ちてきたりして・・・」
「風邪ひくなよ」
高嶋では雪が降る前触れに『雪起こし』と呼ばれる雷が伴う雨が降る。
「う~冷たい~」
雨の国道161号線バイパスを理恵が乗ったホンダゴリラが走る。
先ほどから空はゴロゴロと不気味な唸り声をあげている。
ズッドーン!
「うひゃあっ!」
ピッシャーン!
「のわ~っ!」
雨と雷の音でかき消されているが、大騒ぎである。
「カミナリに直撃されたら死ぬ!絶対死ぬ!」
(早く帰らんとヤバい!ゴリラちゃん頑張れ)
スロットルは全開。理恵は少しでも空気抵抗が減る様に伏せた。
ズッド~ン!
道路灯のポールに雷が落ちた。雷が濡れた地面を伝い理恵に襲い掛かる。
その瞬間、ゴリラのメーターが閃光を発して理恵を包み込んだ。
「うひゃぁ?!」
驚いた理恵は急ブレーキをかけてゴリラを路肩へ寄せた。
周りを見回すと雨が嘘だったように地面が乾いている。
「あれ?雨が止んだ?カッパ脱ごうっと」
理恵はバイパスを降りて側道脇でレインコートを脱いだ。
多少の違和感を感じながら理恵は再びバイパスへ戻り、ゴリラを走らせた。
「あれ?通行止め?何で?」
真旭に入り、安曇河へ走ろうとしたが、本線への道がバリケードで塞がられている。
仕方が無いので理恵はバイパスから側道へ降りた。
「工事かなぁ?何も防災無線では言ってないし、ナウ高嶋でも入ってないし・・・」
ふと見上げると空が広がっている・・・空?
(バイパスが・・・無い?あれ?ここのお店って閉まったんじゃなかったっけ?)
理恵は不思議に思いながら蒼柳北の交差点を曲がり、自宅へと戻った。
「ただいまぁ」
「どちら様?」
ドアを開けると亡くなったはずの祖母が出て来た。
「お祖母ちゃん?!何で?!」
「誰がお婆ちゃんや!あんたは誰や!どこの子や?」
「ここは・・・わ・・・白藤さんのお家ですよね?」
「そうやけんど・・・うちの子の友達か?バイクなんか乗ってどこの不良や?」
何が何だか解らずに理恵は自宅から逃げる様に走り出した。
「何で?何で?何で~!」ゴリラを走らせて大島サイクルへ。
「おっちゃんなら何か知ってるかも・・・道の駅が無い!何で!」
よく見ればハンバーガーショップもスーパーも何も無い。有るのは田んぼと砂利。
理恵はパニックになりながらゴリラを走らせた。
「無い!ホームセンターもコンビニも無い!何で!」
訳が解らずゴリラを走らせる。何故か商店街は賑やかだ。知らない店が有る。
パニックになりながらゴリラを大島サイクルの店先に停める。
「おっちゃん!大変や!訳が解らへん!何が有ったんや!バイパスが無い!」
「ん?バイパスはずっとあのままやろ?お嬢ちゃんは何言うてるんや?」
飛び込んだ店には老年の男性と学生2人が居た。1人は学生服。もう一人は
セーラー服。今では珍しい古いタイプの制服だ。
「おっちゃんの知り合いけ?」
1人は理恵の知る顔だった。大島だ。学生服を着た大島が女の子と座っている。
「おっちゃん?なにしてんの?コスプレ?」
「ん?何がや?」老人がこちらを振り向いた。
「いや・・・お爺ちゃんに言ったんじゃなくって」
「僕に言ったんか?」大島は『何やこいつは?』みたいな顔で理恵を見ている。
「中ちゃんの知り合い?」女の子が首をかしげた。
どうも話が嚙み合わない。
「ブレザーって事は安曇河高校の生徒か?」
「おっちゃん。柄が違うで。安曇河高校やないで」
「あなた、お名前は?」
「え?何?おっちゃん・・・私の事が解らへんの?」
「いや・・・僕、高校生やし」学生服の大島は戸惑っている。
理恵の前に居る大島のおっちゃんに似た少年は禿げていない。
『中ちゃん』と言われているから間違いはないはず・・・少し若い気がするけど。
「お嬢ちゃん、訳ありやな。まぁコーヒーでも飲んで落ち着き」
理恵にコーヒーが出された。
「僕は桜さんを家に送ってもう1回来るわ」学生2人は行ってしまった。
「さて、話を聞こか。私は大石。ここの店主です」
「え?、ここは大島サイクルじゃないの?」
「いや。ずっと大石サイクル。お嬢ちゃんお名前は?」
「白藤です。白藤理恵。高嶋高校の1年生」
「住所は?白藤っていう家は安曇河で多い名前や。安曇河町の子か?」
「高嶋市安曇河町の・・・」
理恵が住所を言うと大石は不思議に思ったのだろう。怪訝な表情をした。
「市?高嶋は郡やで?間違うてないか?免許見せてみ」
「はい。免許」
しげしげと免許を見る大石。
「ああ・・本当に市になってるな。平成29年取得?玩具みたいな免許やな。
えらい小さい・・・子供サイズやな。偽造するんやったらもう少し大きせんと。」
「ほれ。これがほんまもんの免許」と大石が免許を見せた。
「偽造じゃないもん。頑張って取ったもん!」
「あのなぁ、もう少し誤魔化して作らんと。今は平成4年やで?」
「平成4年・・・ふーん。25年前かぁ・・・25年前?!」
「もしかして本当に冗談抜きで言うてるか?」
「じゃあ、さっきの男の子は25年前の大島のおっちゃん?」
「大島君か?フルネームは大島 中やけど間違いないか?」
キキィ・・・
ブレーキの音がして自転車が停まった。
「おっちゃん。自転車直った?」
「もうちょっと待って!・・・とりあえずアンタはワシの友人の孫。ええな?」
「うん」
顎で『奥に行け』と合図された理恵は店舗裏の大石の自宅で待つことにした。
「おっちゃん。あの子は何?けったいな子やな」
「ああ、ワシの友達の孫でな・・・」
2人の会話を聞きながら理恵は待ち続けた。しばらくするとシャッターが閉まる音が聞こえ
「お~い。店においで~」と呼ばれたので理恵は店に行った。
「にわかに信じられんけど嘘とも思えん。詳しく聞かせてくれるか?」
大石の問いに理恵は正直に答えた。1992年と言えば理恵にとっては生まれる前の歴史の世界。
2017年は大石にとっては25年後の未来。お互い信じられなかったのだが・・・。
「でもなぁ。アンタの乗って来たゴリラは12V電装やしな。今年買ったにしては
何となく使い込まれてるし、フレームは妙な塗装がされてるしなぁ」
プカリとタバコをふかしながら大石が話す。この頃は理恵の時代ほどタバコに煩くない。
大石に悪気があってやっているのではないが、理恵は少し嫌だった。
「おっちゃんは6V電装は部品が出ない物もあるって言うてました」
理恵はスマホの画面を大石に見せた。
「小さい薄いテレビか。うん。大島君・・・間違い無いな」
「これは電話やで」
「電話?これが?」
携帯電話を持っているだけで贅沢な時代。
大石には高校生が携帯電話を持っている事が信じられなかった。
「ゴリラを買った時の記念写真。この店の前で撮った」
「このバイクは大島君が作ったわけか。にわかに信じがたいけんど。
で、白藤さん。これからどうするつもりや?」
「元に戻りたいけど・・・どうしよう?」
「とりあえずウチに泊まるか?じっくり考えてみよう」
25年前の実家に帰るわけにもいかず、理恵は大石の言葉に甘えて泊めてもらう事にした。
テレビを見ても懐メロばかり(理恵の感覚での話)ある意味新鮮だった。
夕食をしながら理恵は自分に何が起こったかを話した。
「雷に撃たれて?映画みたいやな。また雷に撃たれたら戻るんかな?」
「雷の場所さえわかったら撃たれに行くんやけど」
平成4年の12月と言えば・・・理恵は何かを思い出した。
「そう言えば、小学校に雷が落ちて時計が止まったとからしいけど」
「いつや?詳しい時間は解るか?」
「ちょっと待ってや」理恵はカバンから広報を出して確認した。
「12月15日・・・0時34分って書いてある」
大石が新聞の週間予報を見て眉間に皺を寄せた
「晴れになってるぞ?雨が降るんか?・・・まぁお前さんの方が正しいか・・・」
どちらにせよ3日間は何とも動けない。
「もしかするとスピードも関係あるかもしれん。何キロ出てた?」
「う~んと、大島のおっちゃんが言うには70キロは出んはず。
雨も降ってたし50キロくらいかなぁ?」
「それで雷に撃たれるんか・・・全く理屈がわからん」
「でも、このままでは何とも・・・知り合いも無いし」
「まぁ、その日まではウチに居たら良い。でもゴリラには乗ったらアカンで」
「なんで?」
「今は高校生がバイクに乗ったらアカン時代や。乗ってるだけで目立つ。
警察に停められたらどうなるか解らん。それにナンバーが『高嶋市』や
今はこの辺やと登録は『安曇河町』や。不審がられる」
「わかった」
「それと、未来の事は他人に言わんように」
「何で?悪い事が避けられたらラッキーやん」
「もしも、それで未来が変わったら?お前の両親が出会わなかったら?」
「それってヤバいかも・・・」
「とんでもない事が起こって世の中が破滅するかもしれん。危険すぎる」
話し合いは夜遅くまで続き、理恵は大石に借りたパジャマに着替えて眠った。
大石の妻の物だったらしく、デザインは年寄りっぽいが文句は言えない。
「私・・・どうなってしまうんやろう・・・ううっ・・・皆に会いたい。お父さん・・お母さん」
心細くなり、泣いているうちに理恵は眠ってしまった。
大島はインフルエンザで寝込んでいます。