病気の仔猫?⑥新しい住処
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。
体調はすっかり回復した。食事も通常通りの物を食べて大丈夫だ。
朝の味噌汁を飲んでいると「日本人でよかったな~」と思う。
昨日は調子に乗って『中さん』と呼びまくってしまったが、今朝同じ様に呼んだら
恥ずかしいから止めてと拒否されてしまった。
照れなくて良いのに。
「乙女の祈りが届いたのねぇ」
・・・自分で言って恥ずかしくなった。
横で「その歳で乙女は無いやろ」と聞こえるのは多分気のせいだ。
部屋は寝ていた部屋を使えば良いらしい。ほとんど使っていないらしく家具も無い。
実家には私の荷物しかないから引っ越しもすぐに終わるだろう。
「中さん、お家賃はいくら?」
「食事代込みで4万円くらいでどうかなぁ。」
朝夕の食事と学校で食べるお弁当込なら格安だと思う。
「酒代は自分で持ってくださいね」
それくらいは仕方ないか。結構呑む方だし。
母から「お嫁に行くときは売っても構わない」と言われた実家。
「ねぇ中さん。実家だけど、売っちゃおうか?」
「お嫁に来る訳じゃない。残しておいたら?」
「でもさ、誰も住まないのはどうなのかな?」
「それやったら貸したらよいんと違うかな」
誰も住まないと家は痛んでしまうらしい。税金や維持費が掛かるので
中さんと同じように借家として貸す事にした。
中さんが紹介してくれた不動産屋さんにその辺りはお任せした。
税金を払って毎月の部屋代を補う程度でよいと伝えたけれど
「相場が有りますから、あまり安いと怪しまれますよ」だって。
体調は回復したので電車に乗って家に戻った。車に必要な物を詰んで
何回か往復していたら中さんが手伝ってくれることになった。
「塀が痛む。荷物は運ぶからバイクを持って来て」
車で擦ったのを見られてたらしい。
大きな家具は思い切って処分した。リサイクルショップで売った。
ソファー・テーブル・その他もろもろ。
母が置いて行った服がある。良い生地なんだけどデザインがね~。
バブリーな服ばかりある。面白いから新居へ持って行こう。
晶ちゃんが着れそうな物もある。要らなければオークションで売ればいいや。
高校時代の制服が出て来た・・・何かに使えるかも。
中さんの軽バンに収まった荷物。ガランとした実家。
住み慣れた実家だけど1人は寂し過ぎた。
でも今日からは違う。中さんとの暮らしが始まる。
「じゃあ、行きますか?」「はい」
キュルリと音を立ててセルが回る。プルン・・タンタンタンタン・・・
カチャコンとギヤを入れ、カブと共に私の新しい生活がスタートした。
新居に戻って少し遅めの昼食。料理担当はもちろん中さん。
パスタを茹でている間にフライパンでオリーブオイルを熱して
包丁で潰したニンニクと刻んだ鷹の爪を入れる。
ニンニクの香りが台所に広がる。何で男の人なのに料理が上手なんだろう。
「必要に迫られて仕方なかった。男の一人暮らしなんてそんなもん」
「私は上達しなかったけど、何で?」
「そこはセンスやな。車の運転と一緒。相性や」
「私と中さんの相性は?悪くないと思うけど」
彼はフフンと鼻で笑いながら茹で上がったパスタをソースと絡めた。
茹で汁を少し入れているのは何でだろう?
盛り付けしている間に私はテーブルを拭いておく。料理は出来ないけど
その位はしなきゃ。作ってもらってばかりじゃ悪い。
コトリと置かれたお皿には山盛りのペペロンチーノ。中さんの方が少ない。
変えようかと聞いたけど「いまいち食欲が無い。疲れた」って。
この数日間、私の看病をしてくれてたもんね。
食べながら今後について話し合う。お互いの約束事とかルールとか。
「呑み過ぎて大暴れしないでください」
「寝惚けて裸でいたら優しく対処してください」
とくに難しい事は決めなかった。お互い常識を守るという事で合意した。
その後は荷物の整理と整頓。中さんは店で仕事。
試しに高校の時の制服を着てみた。胸がきついけど着られる。腰は緩い。
スタイルが良くなったって事か。これは嬉しい誤算だ。
「何やってんの?」
「似合う?」
「惜しいな。旧制服やから歳がバレバレやわ」
「・・・・・」
『制服姿を見ると殿方は喜ぶ』はずなのに。お祖母ちゃんの嘘つき。
「買い物に行くから留守番をよろしく」出掛けてしまった。
店にある鏡で見ると高校生に見える。ちょっといけない系の女子高生だね。
いつものメイクだとコスプレにしか見えないだろうなぁ。今日はスッピン。
童顔故に高校生と見分けがつかないに違いない。うん。まだまだいける。
悦に入ってポーズをしていたらお客さんが来た。
「あの・・・大島のおじさんは?」
「お買い物だって。私は留守番」ヤバい。ウチの生徒だ。
他校の生徒のふりをしてやり過ごした。
「お、いらっしゃい。パンクやな」
「うん。教習所から出た途端に・・・」
この子も春にはバイクに乗り始めるんだろうな。
「リツコちゃん。これを冷蔵庫に入れといてくれるかな?」
「はぁい」
ナイスアシスト。私は自然な流れで奥に引っ込んだ。
渡された物を冷蔵庫に入れた。鶏肉と野菜。エリンギ?軸が太いきのこが有る。
「晩御飯は何かなぁ?」
1人だとカップ麺やビールで済ませていた晩御飯。
中さんと食べ始めてからは楽しくて仕方が無い。
晩御飯は鶏肉1枚を塩コショウで豪快に焼いたステーキだった。
野菜は温野菜。エリンギは焼いて醤油で味付けされていた。
「その格好でビールは問題が有るな~」
「本物みたいでビックリするでしょ?」
疲れていたのかな?お風呂に入った後でテレビを見ていたら寝てしまった。
夢を見ていた。お父さんが生きていた頃の夢だ。
「それなぁに?」
「これはな、ハンダ付け言うて電気の線を着けるんや」
「熱いの?」
「うん。熱い。やけどするから触ったらアカンで」
「私もかまってよ~どこか連れてって~」
後ろから抱きついて頬を擦り付けた。じゃりじゃりした感触が懐かしい。
「お父さん・・・」
気が付けば朝。私は布団で目を覚ました。
台所からは味噌汁とご飯が炊ける匂い。今日も一日が始まる・・・。