病気の仔猫?⑤乙女の魔法
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは無関係です。
トーストとサラダ、ハムエッグ。そして無花果ジャム入りヨーグルト。
しっかりと朝食を食べ、磯部さんはトレーナーにジャージ。動きやすい格好に着替えた。
俺が中学生の頃に安曇河中学にこんな格好の先生が居た。
体育じゃなくて数学の先生だったけど。もう定年だろうなぁ。
体調は戻ったらしい。顔もいつもと同じフルメイクだ。
今週一杯は念の為に休むらしいけど、動きたいらしく倉庫でゼファーを磨いている。
「生産終了して10年は経ってますよね?キレイやなぁ」
「一目惚れした相棒だもん。お婆ちゃんになっても乗るわよ」
何か声が聞こえた気がするけど倉庫には2人しかいない。店を見るが
お客さんが来ているわけでもない。空耳だろうか?最近、話し声が聞こえる気がする。バイクの怨念かもしれない。何台も分解したからそのうち化けて出てくるかもしれない。
「さてと、今日こそ動かすぞっと」
磯部さんは張り切っているけど無理やろう。どうせ何も起こる事は無い。
『倉庫の主』のキーをONに。ニュートラルランプとスタンドランプが点く。
チョ-クを引いて上死点を少し過ぎてからキック・・・かからない。
「な、かからへんやろ?」
「う~ん。何も変な所は無いんだけどなぁ」
そのあと磯部さんは何回か始動を試みるがエンジンは目を覚まさない。
気が済むまで放っておくことにして仕事にかかる。
宏和の所の絵里ちゃんに作ったリトルカブの部品取り車を処分。
取れる部品は全部剥がして書類の無いフレームはリサイクル業者が回収しに来るので廃品置き場にまとめておく。鉄とアルミを分けておくと喜んで持って行ってくれる。
店の前にトラックが停まる。
「お届け物で~す」
「ご苦労さん」
ハンコを押す。届いたのは折りたたみ自転車だ。
進路が決まった学生たちに結構売れる。シーズンになって仕入れようとすると
品薄で入荷が遅れるかもしれないので売れ筋だけ何台か入れておいた。
エンジンが掛からないのにキックばかりしているとスパークプラグが被る。
試しに俺がキックをしてみると・・・やっぱりかかる。
「魔法を使っても良い?」
「魔法?良いで。何でもやってみ」
「じゃあ大島さん。目を瞑って。動かないでね」
「何をするんや?」
目を瞑っていると気配が近付いて唇に柔らかい感触が・・・
「映画を真似してみたの・・・」頬を赤くして彼女は言った。
何の映画?そんな話は知らん。
「ファーストキスだったの・・・」モジモジしながら言う磯部さん。
「そういう物は大事な時まで取っとけっ!」
ファーストキス?重すぎや。エンジンとは関係ないやろ?
それでエンジンが掛かったらバイク屋はお終いですよ。
「大島さんに掛けられた呪いはこれで解けたはず」
「何の呪い?」
生まれて40年余り。未だに女性の考える事が分からない。
キスとエンジンの繋がりなんか無い。キスで解けるのは豚になる魔法だ。
空を飛ぶ豚のな。
磯部さんは再びエンジン始動の手順を踏む。イグニッションON
ニュートラルランプ点灯。チョークは少し引いてキックスタート。
「私と中さんは仲良しよ。動きなさい」
「かかるわけないがな」
プルン・・・プルン・・・プルン・・・プスッ
「ほら見てみぃ。大事なもんをこんな所で使うてしもて」
「お尻に比べたら・・・」
プルン・・・プルン・・・プルン・・・パスンッ
(ん?火花が飛んだか?)
「ゴリラさん。動いて」
プルン・プロンッ・トントントントン・・・
「ホンマかいな・・・掛かったで・・・」
「だから言ったでしょ?乙女の祈りは凄いんだから」
「乙女のねぇ」
魔法が効いたのはゴリラだけじゃないらしい。
笑顔で振りむいた彼女は・・・息をのむ程に美しく見えた。
その日の夜。
「あ・・・中さん・・・凄い。気持ち良い・・・」
「あまり大きな声は出さないで」
「あ・・・凄い・・・もっと・・・もっと強く・・・」
大島は磯部の上に乗り、全力を振り絞っていた。力強く磯部を突き続ける。
最初は優しく柔らかく。だんだん強くリズミカルに・・・
「あ・・・ちょっと痛い・・・痛い・・・そこは痛いっ!駄目っ!」
「磯部さん。もしかして初めて?」
「うん。だから、優しくしてね・・・」
磯部の為に大島は出来る限りのテクニックを使い彼女を満足させようとした。
最初は少し痛いかもしれないが、なるべく痛みが和らぐように、
磯部が痛がって泣いたりしない様に。時には強く、時には浅く。
大島の指はリツコの快感のツボを刺激し続けた。
磯部も大島を受け入れる。大島の繰り出す技の数々を受け止めた。
「ああっ凄いっこんなの初めてっ!中さん・・・もっと・・・もっと!」
ギシギシと床がきしむ。
「なんでキスしたらエンジンが掛かると思ったんですか?」
「だ・・・だって・・中さんと仲良くなればバイクに認められるかなって」
「非科学的やな」大島が優しくリツコを揉みしだく。
「ああ・・・そ・・・そこは・・・ああっ!」
(エッチな声やな)
最初は痛かったのが徐々に解れていき快感へと変わる。
「あ・・・んっ・・・あ~っ!」磯部の背筋が反る・・・・。
ゴリゴリゴキッ
耳年増のリツコは『手先が器用な男はテクニックが凄い』と聞いていたが
まさか大島がここまでのテクニックを自分に発揮するとは思っていなかった。
「はい、お終い。どうですか?スッキリしましたか?」
「ハァ・・・ハァ・・・中さん・・・凄い」
30年間生きてきて、初めての体験だった。めくるめく体験とはこの事だろう。
「ハァ・・ハァ・・・あ・・熱い」
「病み上がりで何回もキックするから腰を痛めるんやで」
リツコは知らなかった。大島が指圧・マッサージの名人であることを。
特に最後の背筋を伸ばすマッサージが良かった。
バリボリと音をたてて伸びる背筋。頭がすっきりした気がする。
血行が良くなったからだろう。何だか体がポカポカする。
「母親が肩こりの酷い人やったから。揉んでいるうちに覚えたんや」
「いや~病み上がりで急に動くもんじゃないわね~」
ほぐされてすっかり柔らかくなったリツコはぐっすりと眠った。
エンジンを掛けるか掛けないか迷いました。もう何も考えずに流れに任せました。
エンジンは掛からない方が良かったかも知れません。でもこれで行きます。
理恵たちが絵里パパにご飯を奢ってもらった店の前に指圧・マッサージ・針治療の鍼灸院が在ります。
そこに大島は通っていました。先生が「バキバキ鳴らしたら良いもんと違う」とコツを教えてくれたそうです。実際にバキバキなるのは最後の背筋だけです。