病気の仔猫?③回復
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。
この数日間、インフルエンザで寝込んでいる磯部さん。
寝込んでいるだけあって髪はボサボサ。風呂に入っていない事もあって気持ち悪いらしい。
熱が下がって来たのでシャワーを浴びたいと言う。
「さっと浴びるだけだから大丈夫」なんて言いながら風呂へ行ってしまった。
保健室の先生だから俺より知識は間違いないと思うけど大丈夫かな。
熱が下がって食欲が出て来たのだろう。
「磯部さん。何か食べたいものは有りますか?」
「おうどんが食べたい。月見うどんが食べたい」
何だか子守をしてるみたいやなぁ。
冷凍庫から刻み葱とうどんを出す。少し長めに煮込んで卵を落とす。
美味しそうに食べているから上手く出来ているのだろう。
「ちょっと元気が出て来たなぁ。お昼に食べたいもんは有る?」
「う~ん・・・もうお粥じゃなくてご飯でも良いと思う」
何を作れば良いのやら解らん。店に来た奥様方に相談する。
「白菜と肉気のスープが良いんと違うか~」
「キャベツとベーコンをコンソメで煮てスープにしたら?」
「オニオンスープかなぁ?」
「汁もんか?まあ、そんなところやろうなぁ」
キャベツ・玉ねぎ・大根・ソーセージ・鶏団子を和風出汁で炊いて具沢山のスープを作った。
冷蔵庫にあった物を適当に煮ただけだが案外食える。
お昼はご飯とスープ。それとカボチャの煮物。煮物は作りだめして冷凍しておいた物だ。
作りたてより味は落ちるが冷凍しておくと便利で良い。
さっぱりして食べる物を食べて元気が出て来たのだろう。暇で仕方ないらしい。
どてらを着せてコタツでくつろいでもらう事にした。
その間に寝床をきれいにしておく。布団が少し湿り気味だ。布団乾燥機をかけておく。
シーツは交換。洗濯カゴへ放り込んでおく。
磯部さんは「クルマが自分で動いたら便利なのに・・・」昔の海外ドラマのDVDを見ている。
会話の出来る黒い車と胸毛の濃い主人公が悪と戦う80年代のドラマだ。
海外のドラマやバラエティは車ネタが多い様に思う。日本ではスポンサーが許さないのだろう。
自社の車を「この車は最も馬鹿げた車だ・・・・・この世の中で」なんて言われたら
笑わず裁判まで持って行きかねない冗談が解らないメーカーばかりなのだろう。
自動車を文化として扱う姿勢に関して日本は遅れていると思う。
高嶋市でもバイクや自動車は愛でる文化は無い様に思う。
道具として大事にしている人は多いが、趣味としては無い様に見える。
客が少ないのでおやつを作ることにする。
ホットケーキミックスをアルミホイルで作った容器に流し込んで切ったサツマイモを浮かべる。
それを蒸し器に2~3個入れて蒸す。竹串を刺して火が通っていれば出来上がり。
サツマイモ入りの蒸しパンだ。これならお腹に優しいはず。
別バージョンで粒餡を乗せた物も作ってみた。数粒なんてケチなことはしない。
表面はびっしり粒餡で覆ってみた。混ぜるのは邪道だ。決して認めない。
どちらも磯部さんの口に合ったらしい。
「何でも作るわねぇ。どうして私より女子力が・・・」とか言ってる。
女子力と言うよりオカンに教わったんやけどな。
熱が下がって食欲も出ているから一安心。付きっきりでなくて良いと判断した。
店で細かな仕事や客の対応をしながら手が空くと部屋を覗く。
お腹が一杯になって眠くなったのだろう。コタツで寝ていたので布団へ運んだ。
「おっちゃ~ん」店の方から声が聞こえる。理恵の声だ。
「おう。いらっしゃい」
「こんにちは」速人がペコリと頭を下げる。
「どうした?えらい早いやないか。さぼりか?」
「インフルエンザで午後から学校閉鎖。欠席が多くて授業にならんって」
「先生も何人か休んでますから。リツコ先生も休みです。おじさん何か聞いてますか?」
そのリツコ先生は奥の部屋で寝ている。
「インフルエンザで寝込んでるで」・・・・・嘘は言っていない。
「おっちゃん。今日は暇なん?何も仕事してないみたい」
理恵は鋭い観察眼を持ってる。彼氏が浮気したら見破るタイプやなぁ。
「まぁそんな日も在るわ。おっさんも人間やしな」
「ふ~ん」
「で、二人はこれからデートか?」
「ううん。速人と家で勉強しようかなって。期末試験が近いし」
「お互いに勉強になりますから」
「じゃあ、おやつにこれ持って行き」と蒸しパンを渡す。
「テストが終わったらまた来るね」
「また来ます」
2人は帰っていった。
さて、寒くなって自転車に乗る者が減ったせいか仕事が少ない。
『外出中・急ぎの方は携帯へ 店主』の札を掛けて夕食の買い物に出かける。
1人だと適当に食べるけど自称『仔猫ちゃん』が居るからなぁ。
鍋でもするか。塩味のあっさりした鍋なら大丈夫だろう。
白菜・葱・鶏肉・豚・・・お?マロニーがある。これも入れるか。
スープはあっさり塩ちゃんこ味。いろいろ種類があるから何個か買っておく。
餃子とかを入れても美味いけど病人にはきついだろう。今日は止めておくか。
買い物を終えて家へ戻ると『自称・仔猫ちゃん』が古い邦画のDVDを見ていた。
岩に波が当たるオープニングで有名な映画会社の40年ほど前の映画だ。
「下ネタ満載・違法改造・出てくるパトカーは転がる。今はこんな映画作れないねぇ」
大型貨物自動車の運転手が失恋する映画・・・楽しそうに観ている。
随分回復して来たらしい。さて、塩ちゃんこなべの支度をするか。
磯部さんは「ビールを呑みたい」と言っていたが却下。その分食べた。
もうすぐ家へ帰れるだろうと思う。
その日の晩、俺は夢を見た。昔の夢だ
若い頃の自分が居る。
「アカン。バランスが崩れてペダルをスムーズに回せん」
「でもパワーは戻ったでしょ?」
「もうスピードは出せない」泣き崩れている高校生の俺。
ああ、そんな事が在ったなぁ。
「スピードなんか出さなくて良いじゃない」
と言いながら自転車の荷台にクッションを括り付ける桜。
「中ちゃんの脚力は私に使って・・・」
気が付けば朝。今日も新しい一日が始まる。