病気の仔猫?①発症
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。
「まさか寝言を聞かれるとはなぁ」風呂を洗いながらため息交じりにつぶやく。
(寝言で言ってた『さくらさん』って誰?・・・か)
女性とは鋭いものだ。誤魔化したつもりでも誤魔化せていないと思う。
いずれ話す時が来るかもしれないが、そうなったらどう思われるのだろう?
今日の磯部さんはあまり呑まなかった。
食事の時はイワシの生姜煮で熱燗を3合ほど呑んだだけだった。
風呂上りの缶ビールも今日は500ml缶1本だけだった。
いつもなら日が変わるくらいまで呑んでいるのに、今日は10時過ぎに寝てしまった。
「機嫌を悪くしたかなぁ」
洗濯機を回してテレビをつけるが特に面白い番組は放送していない。
脱水した洗濯物を畳んで戸締り。少し早いが寝床へもぐりこんだ。
どの位寝たのだろう。キシキシと廊下がきしむ音がする
(トイレかな・・・・)
独り暮らしが長かったからか、物音がすると目が覚める。
(まぁ一緒に住むってのはこういう事なんやろうな)
そんな事を考えていると、引き戸が空いて磯部さんが部屋に入って来た。
「大島さん・・・寒いの・・・」
布団の中に入って来た彼女は震えている。
「お願い・・・暖めて」
抱きついてきた。寝惚けているのだろうか。
布団に入ってくる猫みたいだ。寂しがり屋さんか?
「ほれ、抱っこ。はいはい。よしよし」
頭を撫でる。
思ったより華奢で柔らかい。熱っぽい声、火照った体、荒い呼吸
・・・・ん?・・・熱い。すごい熱や。えらいこっちゃ。
「寒い・・・寒い・・」
縋り付いてくる彼女を引き剥がして
腋に体温計を挟ませて体温を測らせる・・・39.4℃。
急な発熱と悪寒・・・インフルエンザかも知れない。
「磯部さん、保健証は持ってる?」
「・・・財布に有るぅ・・」意識が飛びかけている彼女を毛布で包んで車を走らせる。
近所の開業医は夜間診療をしていない。高嶋市民病院の緊急外来へ運び込んだ。
「インフルエンザですねぇ」診断した医師が言う。予想通りだ。
看護師が「お父さんも大変ですね」なんて言うけど納得できない。
面倒なので否定はしないけどちょっとだけ凹む。30歳の娘なんかいない。
「娘さんは1週間ほど休ませてください。診断書はどうしますか?」
娘さんではないけど診断書はもらった。最近はすぐに印刷できるんやな。知らんかった。
磯部さんは「寒いよぅ」と言ってる。家に帰せば1人で過ごす事になるだろう。
「どうします?自宅に帰りますか?それとも・・・」
「ふえぇ~ん・・・一人にしないでぇ・・・」
泣きだしてしまった。
「それともしばらくウチに居ますか?」って言おうと思ってたんやけどな。
スッピンで泣くのは止めて。冗談抜きで子供が泣いてるみたいに見えるから。
「じゃ、ウチに戻ろうか。何も無いけど暖かい布団とご飯はあるから」」
「お世話になります・・・」熱のせいか気弱になってる。
磯部さんを車に乗せて帰る。彼女はずっと寒いと言っている。毛布も持って来てよかった。
ウチに着いた。
「磯部さん、歩けますか?」
「・・・・・」首を横に振る。
辛いのだろう。仕方が無いので担いで布団まで運んだ。
「お姫様抱っこ・・・」という彼女の意見は却下した。
布団と毛布をかけて暫くすると寝息が聞こえた。
とりあえず喉が渇くだろうからスポーツドリンクを買っておこう。
汗をかくから着替えは・・・朝になったら考えるか。
保冷剤をタオルで包んで額に当てる。氷枕も用意した方が良いのかな。
コンビニへ行って熱さましのシートとスポーツドリンクを購入。
買い物をしている間に夜が明けて来た。少し眠ってから朝食の準備にかかろう。
2時間後。目覚ましが鳴った。磯部さんの様子を観に行く。
高熱が続いていたので座薬を入れた。ぐったりして反応は無い。
額の保冷材はぬるくなっていた。まだ熱は続くみたいなので保冷剤を交換する。
・・・保冷剤が無かったので冷凍ご飯をタオルに包んで乗せておいた。
目が覚めたら何か食べるかもしれない。おかゆでも炊こうかと思っていると
磯部さんが目を覚ましたらしい。何やらもぞもぞしている。
「大島さん・・・」
「おはようさん。気分は悪うないか?」
「のど乾いた」
「スポーツドリンクをお飲み」
スポーツドリンクを飲むと少し落ち着いたのだろう。お腹が空いたらしい。
「おかゆを炊きますか?何か食べたいものはありますか?」
「パン粥が食べたい・・・」
(パン粥って何や?)
調べたところ、どうやらパンを牛乳で煮込んで砂糖で味付けした物らしい。
(要するに牛乳にパンを浸して食べるようなものか)
鍋で牛乳を温めてパンを投入。形が崩れたら砂糖であっさり目に甘味を付ける。
(赤ん坊の離乳食みたいやな)
離乳食みたいやけど、胃に優しい食べ物ってのはこんな物かもしれない。
「自分で食べることは出来ますか?」
「食べさせて」
体調が悪くて気弱になったのか、甘えたいのか解らないけどフーフーと冷ますと
「あ~ん」としてくる。大人の女性に何やってるんだと思う。
食後は薬。歯を磨かないと眠れないらしい。ふらふらしながら磨いていた。
トイレは一人で行けるみたいなので安心した。少しマシになったらしい。
辛いかもしれないが着替えをどうするか聞いておく。
葛城さんが家の場所を知っているらしい。メールをしたら来てくれた。
「何が在ったんですか?」
「急に『寒い』って言うし病院に連れて言ったらインフルエンザやて」
「じゃあ1週間くらいここに?」
「家に帰っても一人やしなぁ。心細いみたいやし居てもらうわ」
下着など何を持って来ればよいかわからないので葛城さんにお任せした。
押入れから氷枕が出て来たので用意をする。塩を一つまみ入れると冷たさが増すらしい。
大き目のタオルで包んで磯部さんの頭の下に入れた。気持ち良いみたいだ。
着替えを持って来てくれた葛城さんは心配そうだった。顔を見たかったかもしれないけど
うつるといけないのと磯部さんが寝ているので遠慮してもらった。
夕食は保冷剤代わりにしたご飯を炒飯にして食べた。なかなかハードな週末だった。