郵政カブ2台目③
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。
「はい、お弁当。それと鍵」
「どうして鍵?」
「今日は買い物に出るかもしれないから」
「わかった。じゃ、行ってきます」
いつもの様に磯部さんに弁当を渡した後、店を開ける。
今日も郵政カブの組み立てを続ける。難しい所は組めた。
残りは鼻歌交じりで組めてしまう。
「♪~♪~」
※大島が若い頃流行った曲。アイドルが歌ってました。
この歌が似合う季節といえば冬。12月に入るとますます寒さが身に沁みるようになった。
恐らくもう半月もすれば雪がちらつくだろう。雪が降ればバイクはオフシーズン。
高嶋高校へ通う学生たちは電車で通うようになる。
スーパーカブにはオプションでタイヤチェーンが用意されているが売れない。
少なくともウチでは売ったことが無い。国道では融雪装置が在るから要らないのだ。
安曇河町内はほぼ全域に融雪装置が在るから要らない。他の町は知らんけど。
では、なぜ融雪装置があってチェーンが要らないならバイクで通わないのか?
国道161号バイパスの融雪装置が強力過ぎるのだ。
試しに融雪装置から水が出ている状態の時にバイクで走ってみればよい。
今都に着いた頃には下着までビッショリ濡れているだろう。
雪を吹っ飛ばす水圧と水量は強烈だ。あれは洒落にならない。
カッパの隙間と言う隙間から水が入って来るし、冗談抜きで真っ直ぐ走れない。
高校の頃に1度だけ自転車で走ったけど、2度とやらないと決心した。
高嶋市の場合、冬にバイクに乗るのは仕事と教習所くらいだろうと思う。
今直している郵政カブはグリップヒーターが付いている。組み終えたら試しに動かしてみよう。
バイクの組立はドラマチックでも何でもない。組むべきところに部品を組んで
換えなければならない物は換える。淡々と組み上がる。
逆にドラマチックで波乱万丈な組み立てって何?途中で部品が足りないとか
ネジが折れるとか?そんなドタバタするのは準備が足りないだけだと思う。
組み上がったら店の前で試乗してみる。燃料コックをONにしてコーヒーを飲んで一息。
フロント周りが普通のカブとずいぶん違う。タンクもフレームと別体。
独特なディテールはあるけど・・・カブやな。うん。カブ以外何物でも無い。
さて、キャブに燃料が落ちたかな?2~3回からキックしてキーをON。
チョークレバーを引いてキックをするとエンジンが掛かった。
エンジン音はカブと変わらない。オイル漏れ・排気漏れを確認。大丈夫だ。
敷地内で少し走らせてみる。カチャコンとギヤを入れて発進。
少しクラッチの繋がりに違和感があるので調整して再度確認。
どうやら大丈夫らしい。走行しているうちに掌が温まって来た。
グリップヒーターは正常に作動している。こりゃええわ。売るとき有利になるな。
いくら位で売れるんかなぁ?全塗装もしたし17~18万円くらいは欲しいなぁ。
・・・今の時期は売れないだろうから倉庫へ片付けておこう。
今日は客が少ない。こんな日は保存食を作っておこう。
冷凍庫の豚肉を解凍しつつキャベツを刻んでお好み焼きを作る。
揚げ玉・干しエビ・卵・お好み焼き粉と混ぜる。
フライパンに油を馴染ませて豚に火を通して焼く。
何枚か焼いているうちに冷凍庫に餅が在ったのを思い出したので餅入りも焼く。
ソースの焼けた匂いが食欲を刺激する。
鰹節と青海苔をかけて出来上がり。冷めたら冷凍保存だ。
ラップで包んでからジップロックに入れて冷凍庫へ放り込んでおく。
今年はジャムやその他の食品の減りが速い。
「30歳の仔猫ちゃん・・・化け猫じゃね~か」
自称『仔猫ちゃん』の為に温まる物を作るべく、大島は鍋をコンロへかけた。
◆ ◆ ◆
「クシュンッ!・・・誰かが噂してるのかしら?」
大島がつぶやいていた頃、リツコはクシャミをしていた。
12月に入ったばかりなのに保健室を訪れる者が多い。そろそろインフルエンザの季節。
1人暮らしで料理下手なリツコがインフルエンザにかかると悲惨である。
熱にうなされる・心細い・誰も世話してくれない・・。
止めとばかりに自分で作った食事が不味い。最悪だ。
母が嫁いだ後にインフルエンザで寝込んだ1週間を思い出してリツコはゾッとした。
◆ ◆ ◆
今日は特に冷える。「晩御飯は温まる物が良いなぁ」などと思いながらゼファーを走らせる。
店はシャッターが閉まっていた。勝手口に回る。
「あれ?鍵がかかってる。まぁいいか」
今朝、大島から渡された合鍵で家へ入ると大島はコタツで寝ていた。
「さくらさん・・・」
と何やら寝言を言っている。
「リツコちゃんですよ~中さ~ん。ご飯~ご飯~」
起こすのが悪い気がしたがご飯は食べたい。何度かゆすっているうちに大島は目を覚ました。
「おおっと、こんな時間か。爆睡してしもたわ」
「大島さん『さくらさん』って誰?」
「結構毛だらけ猫灰だらけ、ケツの周りは・・」
「その映画じゃない。」
「帝国歌劇団?」
「じゃなくて、寝言で言ってた『さくらさん』って誰?」
「風呂に入っておいで」
声のトーンが低くなった。どうやらあまり聞かない方が良かったらしい。
リツコは風呂へと向かった。風呂から上がると食事の準備が出来ていた。
晩御飯はちゃんこ鍋風の煮込みうどんだった。
温まるように考えてくれたらしい。
「ちくわ天・エビ天・葱・卵。トッピングは自分でしてな」
「わ~い。いただきま~す」
「晩飯の献立でいつも困る。何か食べたいもの有る?」
「ん~ビーフシチューかな。寒いし」
「ビーフシチューな。ご飯に合せるのが難しい料理やな」
「ビーフシチューにはパンでしょ?」
「パンは晩に食うもんじゃないと思うで」
「シチューにご飯ってのも変じゃない?」
『ビーフシチューはご飯のおかずになるのか?』を話しているうちに
夕食は終わった。
リツコは『さくらさん』の事を聞きたかったが忘れていた。