郵政カブ2台目②
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは無関係です。
高村ボデーからタスマニアグリーンメタリックに塗装された郵政カブの部品が戻って来た。
「新人に塗らせた。キレイに塗れてると思わんか?」
社長が自社の社員を褒めるのは珍しい。よほど筋の良い新人が入ったのだろう。
「今度の新入りはまぁまぁや」
これは社長が社員を褒める最高の褒め言葉だ。新人が育ち会社が大きくなる。
跡継ぎの居ないウチとは大違いだ。
「英国車に塗っても良い色かもしれんな。白のレッグシールドに合うで」
自動車やバイクで一番わかりやすい修理は板金塗装だと思う。
高村ボデーで塗れば新品フレーム以上の美しさになると思う。
「ミニに塗ったけど良う似合ってたで」
・・・塗ったんか。
社長が帰った後、郵政カブの組立にかかった。
普段触り慣れないバイクを弄る時、見本になるバイクが有ると助かる。
40歳を超えて数年。記憶力が弱った気がする。特に配線の配線の取り回し
が困る。
3台目の郵政カブを見ながら配線の取り回しをする。
昔は分解したら1発で覚えたのになぁ。年は取りたくないな。
作業をしているとエンジン音が聞こえる「おっちゃん。久しぶり」とお客さんだ。
「お?珍しいお客さんやな」
ご近所の木原さんのお嬢さん、七音ちゃんだ。
コーヒーを淹れながらオイル交換かと聞くが違うと言う。
「私ね、専門学校へ行くの。推薦が決まった」
そうか。もう進路が決まり始める時期か。最近、時間が流れが速く感じる。
「ほう。何の学校や?」コーヒーを出しながら聞く。
「自動車の整備士の学校へ行くの。名古屋のメーカー系の大学校」
七音ちゃんはウチでスーパーカブを買って通学に使っている。
メカに興味をがあって工具を揃えて自分でメンテナンスをする様になった変わり種だ。
1年生の頃に教えて、2年生になってからは殆ど自分で愛車を整備できるようになった。
自分でメンテナンス出来る様になってから、あまり店に来てくれない。
おっちゃんは寂しいぞ。
「女の子が就くと苦労するかもしれんで。力仕事で油まみれ。それでも行くんか?」
ウチでも自動車整備士だったお客さんは居た。体を壊して心も壊して最後は・・・
「それでも行く。覚悟は決めた」
「そうか。そうやったら頑張れ。胸を張って『私は整備士になりたくてなった』って
言えるように頑張れよ。おっさんみたいにカブしか触れん様にはなるなよ。
世界中どんな車でも整備するくらいのメカになるんやで」
七音ちゃんはコーヒーを一口飲んで「うん」と返事した。
「で、名古屋やとどうする?カブは持って行くんか?」
七音ちゃんの表情が曇った「学校はバイク通学禁止。寮は学校の前やから置いて行く」
そうか。持ち込みが出来んなら仕方が無いな。
「七音ちゃん。解ってると思うけど・・・」俺が言う前に彼女は
「キャブのガソリンは抜いてコックはオフ。タンクは満タンに・・・やろ?」
ニコリと微笑みながら言った。
免許取立ての頃はチョークの使い方を忘れてエンジンが掛からず泣いていた娘が
今ではすっかりカブ乗りだ。何だか胸の奥が熱くなってくる。
「そうか・・・大きなったんやな・・・」
「うん。大きなった」
コーヒーを飲み終えた彼女は「名古屋に行く前にまた来ます」と約束して帰っていった。
郵政カブの組立は続く。ネジ部はタップ・ダイスをかけてネジ山をクリーニング。
各部は出荷時より丁寧にグリスを塗り込む。各部オイルシールも交換。
エンジンは4速化した70エンジンを積むことにした。発電機だけ郵政の物を使う。
容量が大きいとか何とからしいが詳しくは知らない。
夢中で組み付けていると辺りが暗くなってきた。そろそろ店終いだ。
風呂に湯を入れながら夕食の準備。今日はうどんにしよう。
鍋に鶏肉・白菜・葱・を入れて粉末うどんスープを入れて煮る。
アクを取りながら暫く煮込んだら一旦火を止めて風呂に入る。
男の一人暮らしの料理なんてこんなもんだろう。「磯部さんが来たらガッカリするな~」
なんて思いながら冷凍庫にエビ天が有ったのを思い出した。
風呂から上がり再び鍋を煮込みながら風呂掃除をしてしまう。
途中でうどんを投入して煮込む。掃除を終えた頃が食べ頃だ。
刻んだ葱とエビ天を乗せて更にワカメも乗せちゃう。超豪華な煮込みうどんだ。
・・・味はいつも通りだけど美味しくない。1人で食べると味気無い。
何故だろう。美味しそうに食べる磯部さんの顔が思い浮かぶ・・・・