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大島サイクル営業中 2017年度  作者: 京丁椎
11月
118/200

葛城・ステムベアリングが壊れたついでに

※この作品はフィクションであり、登場する人物・地名・施設・団体等は架空の存在です。

実在する人物・地名・施設・団体等とは一切関係ありません


大村(だいむら)館長のおかげで、今年もまた市役所の行政バスを借りる事が出来ました。皆さん。浮いた銭でガンガン呑みましょう。今日の買い物ツアーではナ・コリーナでバームクーヘンを買いま~す。」


すっかり今都公民館の格安観光バスと化した高嶋市行政バス。

車内は宴会場と化し、今日も研修と言う名の旅行が執り行われていた。


「あの・・・観光バスじゃないので飲食はご遠慮願いたいのですが。」


運転手の抗議もなんのその


「遠慮して食べてるでしょ?私たちは選ばれた人間。栄光の今都の住民よ」

「私たちはお金持ちだから何をしても許されるのよ?解らないの?」

「私たちは『今都エルザー婦人会』!金持ち!金持ちなのよっ!」


観光バスを借りる金を惜しんでいる者が金持ち気取りとは笑えるところだが

本人たちは自分たちが上流階級であることを疑っていない。


大村(だいむら)は公民館長の権限を最大に生かして

「おい、車夫。お前ら如き雇われバイトなんか管理官に言っていつでもクビに

追いこんだるぞ。ワシらは高貴な今都市民。お前は何処から来た?何処に住んでる?」

問い詰める。


「私は真旭町です」

運転手が答えた途端に車内は騒然となった。


「私たちが貰う自衛隊基地周辺環境補助金にすがって合併した真旭の物乞いめ!」

「いやしい民族め。恥を知れ!身をわきまえろ泥棒猫!」

「私たちは金持ち!お金持ちの今都のセレブなのよっ!高貴な人間よっ!」


今都らしい考え方である。


空になった酒ビン・空き缶が運転手を襲う・・・。

空き瓶やゴミは運転手だけでなく

琵琶湖岸を走るミニバイクや自転車にも投げつけられる。


高嶋市所有のバス。使っているのは市内のレンタカー業者が嫌がる行儀の悪い連中。

追い抜かれる時に窓から酒ビン・ゴミ・空き缶が降ってくるのは琵琶湖を周るライダーや

チャリダーの間では有名になっていた。


もちろん葛城もそれは知っている。普段ならミラーで見逃す事は無い。

だが、この日の葛城はちょっとだけ注意散漫だった。


「せっかくバイク仲間が出来たと思ったのに・・・」


休日の甘い物巡りのツーリング。最近は磯部と出掛けていた葛城だったが

ちょっとした出来事があり、誘えなくなってしまった。


「どうしようかな。おじさんにもう一回相談してみようかな・・・」

仕事中では考えられないぼんやり運転で近江八幡へ向かう。


ミラーに映った『高嶋市』の三文字に気付くのが少し遅れた。

窓から投げ捨てられた空き缶・空き瓶が彼女と相棒を襲った。


必死になって避ける!だが、一瞬反応が遅れた。


(駄目だ!避けられない!南無三!)


ブレーキをかけて突っ張ったフロントタイヤが空き瓶を踏んだ。

ハンドルに衝撃が来る。タイヤに弾かれた酒ビンは草むらへ飛んで行った。


普通のライダーなら転倒する状況だったが、葛城はカブを路肩へ寄せた。


「税金で動くバスで酒なんか飲むな!バカ!」

走り去る高嶋市役所のバスに向かって怒鳴った。


怒鳴った所で何も解決しない。少し冷静になった葛城は

カブを押して湖岸の駐車場へ入った。


衝撃を受けたフロント周りをチェックする。パンクはしていない。

だけどリムは少し曲がっている。走行不可の状態ではないが修理は必要だ。


ハンドルを動かすとカクカクとした感触が有る。

(やっちゃったなぁ。ぼんやり運転はダメだ)


このままの走行は危険と判断した葛城は予定を中止して帰る事にした。


     ◆     ◆     ◆

その日の午後。大島サイクル。


「やってしもたなぁ。フロント周りは全部分解やでぇ。」


大島の表情が冴えない。葛城が思ったよりカブの損傷は大きい様だ。


「幸い、フォークやフレームは歪んでないみたいや。でもハンドルがカクカクする。

ベアリングが痛んでるで。交換は前周りを全部ばらさんと出来んで」


「しばらく乗れないですね。」

踏んだり蹴ったりである。がっくりした葛城は椅子へ崩れ落ちた。


「直すだけやったら3日も貰えたら出来るけど、せっかく全部分解するしなぁ」

大島はゴソゴソと何かを探していた。


「ついでにフロント周りをこれに換えてみますか・・・じゃん!」

1本のフロントフォークを取り出した。


メカに詳しくない葛城は大島の意図が解らなかった。

「フォークも歪んでましたか?」


「フロントの浮き上がる動きが気になる言うてはりましたよね?

どっちにしろフロントは全部分解やし、ある意味良い機会です」


取り出したのはカブカスタム50に付いていたフロントフォーク。

スーパーカブのボトムリンクサスペンションはブレーキ時にフロントが浮き上がる。

『これがカブらしくて良い』と言う意見もあるが、違和感を感じる者も居る。


葛城は後者だった。違和感は感じていたが、今まで思い切りが付かなかった。

丁度良い機会だ換えてもらおう。問題は値段次第だ。


「ホイールも交換してどの位かかりますか?あまり高いのはちょっと・・・」


「2万5千円でどうでしょう。」

中古部品とは言え、塗装に出すのと交換しなければいけない部品はある。

なるべく安い値段にしたつもりだ。


「じゃあお願いします。」

少し迷ったが思い切って返事をした。



こうして葛城カブの改造は始まった。


高村ボデーで郵政カブとフロントフォークの塗装を依頼。

今回の郵政カブは葛城カブのフロントフォークと同じタスマニアグリーンメタリックにした。


「フロントフォークだけ先に塗る。出来上がったら持って行かせる」

「社長、毎度毎度すいません」


塗装を待つ間に傷んだベアリングレースを交換しておく。


強い衝撃だったのだろう。外したベアリングレースにはくっきりと打痕が有る。

残念ながらタイヤとチューブも交換。中のコードが切れたのだろう。

膨らんでいる所が有る。


程度の良さ気なホイールに新品タイヤ・チューブを装着。ブレーキは再利用。

ワイヤー類は、駄目でもあとから交換出来るので再利用する。


作業をこなすうちに閉店時間が近付いてきた。シャッターを閉めようとしていたら

バイクの音が近付いてくる。それもかなり大型なバイクのエンジン音だ。


カブ系メインのウチに来る大型バイクといえば・・・


「大島さんっ♡ 晩御飯はな~に?」

スキップしながら磯部さんが飛び込んできた。


「来ると思ってなかったから適当。カップ麺食べて寝る」


「お腹を空かせた仔猫ちゃんに美味しい物を食べさせようって気にならない?」


30年生きた仔猫か。化け猫か猫又だ・・・と思うが言わない。

人差し指を口に当てて小首をかしげてる。何のアピールや?


「手の込んだもんは出来ひんで~」

「何でもいいよ~呑んで待ってるから」


泊まるつもりか。明日は・・・あぁ、祝日か。


「バイクは倉庫に入れとくで。盗まれたら大変や」

「じゃ、お風呂入れとくね。」


ゼファーと店を片付けて手を洗う。砂入り洗剤で手首まで洗う。


冷蔵庫にはカボチャの煮物くらいしか無い。

「かぼちゃの煮物しかないわ。何か作るから、先にお風呂に入っといで」


「『先にシャワーを浴びてこいよ』ってやつね・・・私をどうするつもり?」


普通の成年男子ならドキリとする処だが、大島からするとリツコは手の掛かる姪の様な感覚だ。


「どうもしません。化けの皮(メイク)剥が(おと)しておいで」

あっさり受け流す。


とりあえず飯は冷凍する。冷凍餃子が有るからそれを焼いて、あとは野菜炒め。

汁物が欲しいな・・・中華スープにモヤシ・ワカメ・油揚げを放り込んで

溶き卵を入れる。仕上げに刻みネギをパラリ。何となく形になった。


ひき肉・玉ねぎ・小エビ・葱を炒めて卵を投入。そこへ解凍した飯を入れて炒める。

即席だがインスタントではない炒飯は得意の料理だ。


「今夜はこんなもんか。」


丁度良いタイミングでリツコが風呂からあがって来た。

化けの皮(メイク)を落としてスウェット姿の彼女は・・・幼く見える。


「大島さんの嘘つき~。何も無いって言ってたのに~」

「この位はすぐに用意できるでしょ?」


「・・・・・いっただっきま~す」

出来ないらしい。この娘は家で何を食べているのだろう?


「やっぱり餃子にはビールよね。」

「餃子くらいはすぐ焼けるでしょ?焼かないの?」


「私が焼くとグチャグチャのひき肉炒めになるの・・・」

「最後にごま油をクルッと一周流すんですよ」


ほろ酔いの彼女は頬が桜色に染まって可愛らしい。だけど、呑んだビールの量は可愛くない。

頼むから『仔猫ちゃん』の範囲で止めて欲しい。呑み過ぎると『虎』になる。


「ねえ、大島さん」

「何ですか?」


また『私の為にご飯を作って』とか言うのかな?


酔った彼女は、にじり寄ってきて俺に抱きついてきた。

「私、勘違いして葛城さんに酷い事言っちゃった。仲直りしたいの。手伝って」

彼女は泣いている。気にしていたのか・・・。


「リツコちゃんは良い子やな。おっちゃんが何とかしよう」

頭を撫で続けているうちに彼女は眠ってしまった。


「やれやれ・・・」

リツコを布団に運び、大島は夕食の片付けを終えて風呂ヘ入る。


「どうしたもんかなぁ」


考えがまとまらないまま夜が更けていく。


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