冬に向けて
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。
11月半ばとなると朝夕は冷え込んでくる。
車や電車で移動するならともかく、体がむき出しのバイク乗りにとって
辛い季節がやって来た。
常連の高校生たちはライダースーツなんて来て登校できないから
ウインドブレーカーやジャンパー。スクーターやカブの子なら
ロングコートを着て寒さ対策をしている。
「これで寒さ対策はOK。あとは着る物で調整やな。」
風防・ハンドルカバー・レッグシールド完備のリトルカブは
寒さに対して最も有利だろう。
「ハンドルがオバちゃんみたいです~」
絵里ちゃんは頬を膨らませて不満気だが仕方ない。
「その代わり、暖かいぞ~」
娘命の宏和に『寒さで体を冷やさない様に頼む』と言われたのだから
仕方ない。代金を先払いするくらいだから絵里ちゃんに拒否権は無い。
「おっちゃん、雪が降ったらどうしたら良いん?」
「雪が降ったら電車で通い。冬の今都はバイクは無理やわ。」
今都はちぐはぐな街造りをしたせいだろう。冬になるとパニックになる。
融雪装置で水をジャンジャン出しまくるのに、出した水を排水する
設備が無い。高級住宅街には法的に融雪装置が作れず凍結防止に
大量の塩カルを蒔く。
路肩は除雪で除けられた雪で埋まる。溝が無いから溜まりっ放し。
そもそも国道161バイパスなんて横から融雪装置が放水しているのだから
バイクや自転車で走ったりしたらびしょ濡れだ。
「雪が積もったら翌年まで数か月は電車通いが良いで。
バイクは錆びるし体は濡れる。良い事なんか1つも無しや」
「せっかく乗り始めたのに」
プウと頬を膨らませる絵里ちゃん。可愛らしいものだ。
日が落ちるとますます寒さが身に染みる。
今度は葛城さんがご来店。
「ハンドルカバー着けようかな・・・どうしよう。」
「雪が降ったらバイク通勤は無理ですよ」
商売がら物が売れるのはありがたい。でも大津から越してきた女性に
雪の積もった高嶋でバイクに乗ることはお勧めしない。
「葛城さんは職場と駅が近いでしょ?電車で通う方がお勧めです」
「でも、大津では冬でもバイクだったし・・・」
「高嶋の雪は大津と違います。量も重さも重量級レベルですよ。
悪い事は言わないから電車で通った方が良いです」
「ところで、磯部さんの件ですけど・・・」
交際を申し込んできた磯部さんを振った(?)ことをまだ気にしている。
「勝手にこちらが間違えたから仕方が無いですって。怒ってないですよ」
実際はちょっと違うが正直に言うと葛城さんが傷つく。
葛城さんは納得したような安堵したような複雑な表情だ。
答えとしては間違ってないだろう。
ちなみに他の3人に関しては雪道走行は問題外。
8インチ・10インチのタイヤでは無理と伝えてある。
磯部さんはベテランライダーだから大丈夫だろう。
ハンドルカバーと風防は在庫が有るからすぐに付けられる。
この日は閉店後、居間にコタツを出した。
隙間風が冷たい。1人の食事は寂しい。そう思うのだった。