第一話 始まりの日
ふと目が覚めた。いつもより、深い眠りだったらしく、頭が浮わつくような、奇妙な感覚。体は重く、動かす気がしない。
辺りはぼんやりと月明かりに照らされている。ぼんやりと天井が見えるが、豪勢な装飾が施されており、ここは自宅ではない、ということがわかった。
いつまでも、寝ているわけにはいかない。重い体をゆっくりと起こす。すると、ベッドのすぐ横に、人がいることに気がついた。思わず息を潜める。イスに座ったまま、寝息をたてている、この人物はこの部屋の持ち主だろうか。その姿を、しっかり見ようと顔を近づける。どうやら男性らしく、あごの周りは立派な髭に覆われている。この男性の素性は知れないが、起こしてみることにした。
「あのー、ちょっといいですか?」
声をかけても起きる気配がないので、両肩を揺さぶる。
「おーい、起きてくださーい」
全く起きそうにない。耳元で叫んでみよう。
「おーーーい!起きてーーーー!」
「―――――ん?」
もう一息だ。
「おーーーい!おーーーきーーーてーーーくーーうっ!―――」
「やかましい!うっとしいぞ!」
男性が目を覚ますのと同時に、俺はベッドの上でダウンした。
――――なんて強烈なボディブローだ。
意識が遠のいていく。
「おい、しっかりしろ小僧」
男に肩を揺すられる。頭が大きく揺さぶれ、なんとか意識が繋がった。
「よし、大丈夫だな。少し待っていろ」
男は部屋の明かりをつけると、足早に部屋から出ていってしまった。
辺りを見回すと、思っていたより広い部屋で、シンプルな家具の配置はホテルの一室を連想させた。
じろじろと室内を見ていると、ドアが開いた。あの厳つい男が戻ってきたのかと思ったが、違ったようだ。部屋の入り口に立っているのは、自分より少し小柄な女性だった。腰のあたりまで伸びた黒髪はよく手入れされているようで、艶やかでとても綺麗だった。
「おはよう。気分はどうかしら?」
その透明感のある声に、思わず聞き惚れてしまっていた。
「大丈夫?どこか具合が悪いの?」
心配そうにこちらを見る目は青く深い海のような色だった。
「いや、大丈夫です。少しびっくりしただけです」
余計な心配をさせまいと返事をする。
「そう、ならいいの。本当はあなたに色々と聞きたいことがあるのだけれど、今日はもう遅いし明日の朝にゆっくりと聞かせてもらうわ。あなたもゆっくり休むといいわ」
それじゃ、と言って彼女は部屋を出ていってしまった。一体どういうことなのか、さっぱり状況がわからない。けれど、彼女はまた明日会いに来ると言っていた。今は、その言葉を信じて待つことにしよう。
そうして、俺は再び眠りについた。