5.お前を見つけた
珪己はもはや何も考えられなくなってきた。
この青年に抵抗し続けているのも、ただ息が苦しくて呼吸を楽にしたいからになっている。
貪りつくすかのような口づけは、どんどん深くなっていく。これ以上どこをどうすれば深められるのか……限界だと思っていても、イムルは珪己の中をさらに強引に割ってくるのだ。その都度呼吸を奪われていく。いつしか窒息死するのではないか、冗談ではなくそう思って戦慄するほどに。
ずっと、何度も、遠くで浩托が怒鳴っている。「てめえ!」とか「やめろ!」とか。だがそれすらもう珪己の耳に入らなくなってきた。何を言っているのか聞き取れない。
とにかく息が苦しい。苦しくて仕方がない。
イムルも苦しげにあえいでいる。あれだけ余裕があったはずなのに、古亥を軽々と打ち負かした強者のはずなのに。なのに今は息も絶え絶えで、額にはじっとりと汗を浮かべている。
苦しいのならばこの口づけをやめればいい。なのにイムルはやめようとしない。イムル自身、呼吸を欲しているようで、時折やや唇をずらす。だがその隙ですら一瞬のこと。もっと呼吸したいと、珪己も、イムルも望んでいるというのに。なのにやめようとはしない。
長時間の口づけと酸素の欠乏に、珪己は頭がぼおっとしてくるのを感じた。手に、体に力が入らなくなってきた。なんとか両手で青年の襟元を掴んではいるものの、もはや押し返す力は残っていない。
脱力してきた珪己の様子に気づいているくせに、それでもイムルはその行為をやめようとはしなかった。それどころか、反発しなくなった少女の顎から指を離すと、その手で少女の後頭部をかき抱き、かかえ込み、より深く口づけていった。
やがて、珪己の指が緩み、だらんと垂れ下がった。二人の間に生じたその隙間は、すかさずイムルによって埋められた。腰に回していた手を背中に回し、ぐぐっと力をこめて抱きしめる。それに珪己は一切抵抗できない。
もう二人の間には一寸の隙間もない。
二人は完全に一つになっている。
イムルは今また、さらなる喜びに包まれた。
(ああ、ようやく……)
と、指に触れたその感触に気づいた。
まだ二人の間には衣がある。
その少しの違和感に唇を離し、そこで腕の中でぐったりとしている少女をあらためて眺めた。
見れば、瞼を震わせ、目じりを濡らし、顔を真っ赤に染めている。一拍おいて、珪己が全身ではあはあと息継ぎを始めた。ようやく自由になった呼吸の機会を逃すことなどできはしない。
やがて玉のような汗が、珪己の額を、首元を濡らしていった。ずっと乱暴に抱きしめていたせいで、珪己の衣はかなり乱れている。滑り落ちた一粒の汗が、その乱れてひらいた胸元にすうっと入っていった。
激しい呼吸に同期して、珪己の胸がイムルの下で上下し始めた。ありえないくらいの速さで高く低く動いている。その都度、湧き上がる汗が、一粒ずつひらかれた胸元にすべり落ちていく。それはまさに生きる者の体を表現していた。
(この体だ……)
(この体こそが俺の半身なんだ……)
ふと思い立ち、イムルは汗がつたい落ちる少女の首に唇を寄せてみた。きめの細かい肌はしっとりと温かい感触がした。伸ばした舌は塩辛い味をとらえた。血液や唾液とは異なる味覚が新鮮だった。
そのまま、つうっと舌を這わせていく。汗を求めて。首から鎖骨、鎖骨から胸元へ――。
(なんと美味なんだろう……)
夢中で味わう。
誰にも邪魔はさせない。渡しはしない。
(俺の半身! 俺だけの運命……!)
嗅覚までもが敏感になっているのか、むせ返るような香りが鼻につく。この少女特有のものなのか、これまで味わってきた女たちとはまったく違う香りがする。花でも草木でもない、どの香の物でもない独特なこの香りはいったい何なのか。すごく良い香りというわけでもないのに、一度知れば癖になる類のものだ。
心の赴くままに思いきり吸い込んでみると、ぶわっと全身の毛孔がひらいた。覚醒した、といっても言い過ぎではない衝撃だった。イムルは顔をあげると腕の中の少女をまじまじと見つめた。
「お前、本当に俺の半身なんだな……」
珪己は何も答えない。答える余裕はないし、イムルのそのつぶやきはもう聞こえてもいない。うつろな表情で、ただひたすら呼吸することに専念している。
珪己のあえぐ様子を見下ろしていたイムルの瞳に、気づけば涙が浮かんでいた。その涙が目じりから零れ落ちる直前、イムルはそっと珪己を抱きしめていた。
「お前を見つけることができて……本当によかった……」
心からそう思い、心をこめて運命の少女を抱きしめたのだった。