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6.試練と選択

 玄徳に気づいた侑生ゆうせいが、その顔をやや引き締めた。起き上がろうとし、それは当の玄徳によって制された。


「まだ寝ていなさい」

「いいえ。大丈夫です」


 侑生は半ば無理やり体を起こし、良季の手を借りながらも枕を背に寝台に座った。


「玄徳様にこのようなところにお越しいただき、それにこのような不祥事を起こしてしまい誠に申し訳ありません……」


 その心からの謝罪は常の侑生そのもので、絶対的な存在である玄徳を前に、心では最大限にひれ伏していた。


 だが今は玄徳のほうこそひれ伏すべき状況であった。昨夜侑生が襲われたときの様子は、すでに良季りょうき李家りけの家人から詳しく聞いている。黒太子の話と統合すれば、侑生の怪我はひとえに娘の珪己けいきに由来することであり、また軍政を司る長官たる己の失態ともいえた。


 だが、実際に頭をさげるようなことをしたら、それはこの部下にとって精神的によくないだろうから、玄徳は言葉を選んで語っていった。


「黒太子からいくつか事情を聞いたよ。芯国の王子、それに珪己のことを」


 案の定、たったこれだけの言葉で、侑生は極度に緊張してしまった。


「ほら、傷に触るからそんなふうに驚かないでくれ。私は何も困っていないし怒ってもいないから安心して聞いてくれないか」


 そう言われ、侑生の顔がゆるゆると元の表情に戻っていった。大怪我を負いながらも忠実に上司の言葉に従おうとするこの部下を、玄徳は悲しみと愛しさで見つめるほかなかった。


「昨夜、といってもまだ半日もたっていないことだけど、その芯国の王子が黒太子に会いに宮城へ来たそうだ。そして珪己を渡すように要求してきたらしい」


 これに隼平しゅんぺいが悲痛な感情に染められた顔をあげた。


「ああっ! 俺は本当に馬鹿だよ! 大馬鹿だよ……!」

「隼平、そのように気に病むな。起こったことはもうどうしようもないんだ」


 なぐさめる良季に、だが隼平は余計に大粒の涙を流すばかりだった。


「玄徳様……それで?」


 侑生だけは冷静にこの話を聞こうとしており、だから玄徳は続けた。


「それで黒太子は、芯国のその王子を退けるために、侑生と珪己が婚姻することになっているという嘘をついたそうなんだ。それは私が昨夜黒太子に手渡してしまった婚姻願いの書状を悪用された結果でもあるんだけど……」


 そこまで語り、玄徳は声高に謝罪したいという思いを、もう一度どうにかこらえなくてはならなかった。それをすれば、これからたずねる質問の解を『是』のみとしてしまうからだ。「私の娘のためにすまない」、そして「ありがとう」という言葉はまだ口にしてはならない。


 玄徳は一度心を落ち着け、決意し、そしてようやく話を再開した。


「黒太子の嘘によって芯国の王子は去り、その結果、同じ理由によって、珪己が皇帝陛下の妃となる件が取り下げられたそうだよ」


 後半の驚くべき新事実に、普段であれば大きく反応するはずの二人の枢密院事すうみついんじたちは何も言わなかった。それを心から願っていた侑生もまた、何ら反応することなく黙って聞いている。


「……黒太子から直々にお願いされたよ。こうなった以上、侑生と珪己、二人には真の夫婦になってもらいたいと」


 それもまた侑生は表情を変えることなく聞いている。


 玄徳は最大限公平になるよう、これまで言わずにいた近い未来についても触れていった。


「だがね、侑生。実は私は君には吏部りぶ尚書しょうしょになってほしいと思っているんだ」


 これにとうとう良季が反応し、割って入ってきた。


枢密院すうみついんの官吏が中書省ちゅうしょしょう、しかも吏部尚書ですか? 侑生が?」


 良季がそれほどまでに驚くのも無理はない。一度枢密院の官吏となれば退官するまで武殿で過ごすのが普通だからだ。それは明瞭に定められた規約ではなく、不文律として存在する暗黙の了解である。だが実際、これまでどんな低位でも高位でも、枢密院と中書省の間を異動した官吏などいない。


 しかも侑生に提案されたという吏部尚書は、五部の長官であり、現在の人員配置からして中書省においては長官たる中書令ちゅうしょれいりゅう公蘭こうらんに次ぐ高位である。官吏全体の中では、公蘭と玄徳に告ぐ第三位の高位へと一気に昇進する。この年若さで、しかも異例の大抜擢。良季が驚くのも当然だ。


 さすがの侑生もその一つの瞳をやや見開いた。だが何も言わず実直に玄徳の話の続きを待っており、玄徳はその部下に試練ともいうべき言葉を語っていった。


「柳中書令と先日話をしてね、枢密院から一人、吏部尚書となれる者をだしてほしいと打診されたんだ。私はその場で君のことを推薦した。君がもっともふさわしい人物だと思ったから、だから推薦したんだ。とはいえまだ君も若いしね、まずは吏部りぶ侍郎じろうにしてはどうかと柳中書令から提案された」


 そう中書令である柳公蘭が切り返すだろうことは想定どおりで、当然、公蘭もそう言わされていることを重々承知しての発言である。そして双方の合意のもと、この人事は仮にではあるがほぼ確約されたものとなった。

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