戦場のアイドル
前世の私はチビデブスというあだ名がピッタリの容姿だった。だからこそ、もし生まれ変われたなら健康的な食事をして太ることなく、肌の手入れもバッチリして皆が憧れる綺麗な女性になろうと心に誓っていたのだ。前世の死因は高血圧心不全。肥満による高血圧と動脈硬化が原因だ。心不全なんて普通なら起こす年齢でなかった私は、男性と付き合った経験もなく、もちろん清い体のまま天に召された。
死んだらこんな私でも天国に逝けるかなと期待していたけど、神様に会うこともないまま産声を上げていた。
生まれ変わった私は前世とは似ても似つかない美少女で、幼少期から近所で噂になるくらいだった。
そんな私が生まれ変わったのは科学が進んだ世界。魔法が溢れるファンタジー展開をちょっぴり期待していたけれど、この星では魔法のような現象を科学の力でやってのけてしまう。原理は説明されても分からない。ただ「科学って何でもできるんだね!」と思った。うん。魔法より便利だわ。
その世界で私が目指したのはアイドルだ。
この美貌を活かし、人々を魅了する私。これぞ私の目指していた理想の姿! しかも私には【ダイヤモンドボイス】というスキルが備わっていた。この星には魔法はないのにスキルという物が存在する。謎だ。ちなみにステータスも見れる。科学の力は偉大だ。
【ダイヤモンドボイス】とは数十年に一人の確率で持つことのできるスキルらしく、その名のごとくダイヤモンドの様に輝く特別な声の持ち主となる。私が歌を歌えば“最強”という訳です。どやぁ。
だが、この世界のアイドルは私が知っているアイドルとは違っていた。
ただファンの前で可愛い服を着て笑顔で踊りながら歌う職業ではなかった。
アイドルがライブを行う場所は基本戦場である。
オファーがあればどんな国へもひとっ飛び。国境も惑星も銀河も超えて、どこへでもライブしに駆けつけます。
というのも、私達アイドルが持つ特性が『魔族を弱める』なのだ。私達がライブを行えばそこに居る魔族の魔力は弱められ、魅了されているうちにバッタバッタと倒すことが可能である。人も魅了できるが、魔力まではなくせない。アイドルのランクにもよるが、弱い魔族なら見習いアイドルでも十分脅威となりえるのだ。
アイドルランクはアイドル研修生から始まり、見習いアイドル、新人アイドル、メジャーアイドル、国民的アイドル、トップアイドル、伝説のアイドル、天使アイドル、神アイドル、女神アイドルまである。ランクにより魔族を弱められる力が異なり、ランクが上がるほどその力は強くなる。もちろんそれに応じてギャラが高くなる。神アイドルまでいけば魔王レベルの魔族の力を弱められるためかなり戦闘に優位だ。まぁ、その神アイドルのランクまでいける人は本当に一握りなんだけど。頑張って伝説のアイドルまで行けても天使アイドルになれるのは数十年に一人の確率で、神なら百年に一人、女神までいくと数百年に一人いるかいないかになる。
私が生まれたこの星、ルドイアは小さな惑星だ。アイドルを産業にしていてこの星の中心がアイドルである。ルドイアには魔族はいない。だが、ルドイアの営業マンは働き者で、どんな辺境の地にも営業に出向き仕事を取ってくる。魔族との戦いで困っている地がある限り私達の仕事がなくなることはないのだ。ルドイアの治安は素晴らしく、女性が一人で夜に出歩いても何の問題も起きない。他の星や国から襲われることもない。戦争を放棄しているため、常に中立の立場である。オファーさえあればどんな国へも星へも出向くし、世界だって簡単に越えられる。本当に、怖ろしいほど科学が進んでいると思う。
十歳でアイドル研修生になった私はスキルのおかげもあってぐんぐんとランクを上げ、二十四歳の今では百年に一人いるかいないかの神アイドルになった。
アイドルは二十五歳で強制引退させられるため、アイドルでいられる時間は残り一カ月。
あと少しで女神ランクに到達するという所まできたのに……もうすぐ引退か。
天然キャラでもドジっこキャラでも不思議ちゃんキャラでもなく、正統派アイドルとしてここまでやってきた。パーフェクトな女の子を目指すために料理や裁縫など、家事全般も習得した。休日なんてなかった。ダンスやボイスレッスン、取材や撮影に追われてそれどころじゃなかったから。
男女交際が禁止されているため彼氏いない歴は前世を含めて更新中。ちなみに、アイドルに彼氏がいることが発覚すると強制引退となる。
残すは引退ライブのみ。
国内でファンを集めた引退ライブはすでに行ったため、本当に最後のライブは戦場でのライブとなる。最後のライブに呼んでくれたのは私が新人アイドルの頃からご贔屓にしてくれている大国レミアム。国王様が私を気に入り、たびたびオファーをくれるのだ。
レミアムでは魔王が滅びると数か月後には新しい魔王が復活する。なんて難儀な国なんだろう。その都度異世界から勇者を召喚しては魔王を倒してもらっている。新人のころから幾度も足を運び、ライブをして歴代勇者達の力となってきた。
近年はオファーがなく、平和になったのもだと思っていたらどうやら私のランク上昇とともにギャラが上がって、そう簡単に呼べなくなってしまったらしい。今回は引退ライブということで奮発してくれたのだとか。ありがとうございます国王様。なんだかキャバクラのお姉ちゃんに貢いでるおじさんみたいに見えてきたとかそんなことこれっぽっちも思ってませんからね。
今回レミアムに復活したのは百体目の魔王で、大魔王らしい。魔王と大魔王の違いはよくわからないが、神ランクのアイドルで押さえられるのか微妙な感じだ。ライブ中に女神ランクに達すればいいのだけど……。
大魔王を倒すのは相当難しいらしく、異世界から召喚した勇者がすでに九人ほど亡くなったらしい。最近は勇者の質が悪く「俺チートだからレベル上げしなくても余裕余裕~」と軽い気持ちで大魔王に挑み、惨敗しているんだとか。元同郷かなと思うとちょっと恥ずかしい。みんな、異世界に召喚されたら真面目に勇者しようね! 奴隷でハーレム作ってる場合じゃないんだからね!
魔王の時とは違い、今回の大魔王を倒すことが出来れば今後レミアムに魔王は復活できなくなるんだとか。それはぜひとも大魔王を倒して平和な世界を手に入れてもらいたい。そのために私ができることは精一杯ライブを成功させることだけだ。
入念な打ち合わせを行い、勇者御一行には大魔王との戦いに助っ人(私)が入ることを伝達してもらった。
いよいよ、最後の戦いが始まる。
大魔王が住む城の最上階。そこには無駄に豪華な広間があり、大魔王の前に四天王らしき魔族が居て勇者と戦っていた。そこに突然ステージが現れ、スポットライトが照らす中に私が登場する。先ほどまで何もなかった空間にいきなり現れるのだからみんな呆気にとられてぽかーんとしている。突如鳴り響くポップなメロディに完全に思考停止状態だ。
神ランクの私は背中に大きな翼が生えている。天使ランクになった時に小さな翼が生えたのだが、神になるとそれが大きくなってびっくりした。といっても私生活には何の支障もなく、ライブの時だけ現れる不思議な翼だ。
私が歌うほどに勇者と対峙していた四天王達の力が抜けていき、それに気づいた勇者が次々と四天王を倒して行く。勇者は聞かされていた助っ人が私だと認識したのだろう。逆に、大魔王は私を見つめたまま動かなかった。子分達が次々倒されているのに気にした様子はない。
私はこれ幸いと大魔王だけを見つめて歌いだした。次の曲はバラードだ。しっとりと切ない表情で歌い上げる。愛を紡ぐメロディをまるで大魔王に伝える様にうっとりと歌った。
大魔王は私が見てきた歴代魔王の中でずば抜けて美形だった。歴代魔王たちもそれはそれは綺麗な顔をしていたが、群を抜いている。その漆黒の髪も、紅い眼も、生気のない白い肌も、何もかもが恐ろしいほど綺麗だ。どちらが見入っているのかわからないほど、私と大魔王は見つめ合った。
そしてバラードが終わった後、変化が訪れた。
背中にある翼の数が二から四に増え、さらに大きくなった。手を見るとキラキラと輝くオーラが纏い、先ほどまでと明らかに違う力がみなぎってくる。ステータス画面を見るとランクが【女神】になっていた。最後の最後にレベルアップしたようだ。
このライブをお城で映像を通して見ている国王様が泣いて喜んでいることだろう。
女神ランクになった私はラストナンバーにデビュー曲を歌った。二十四歳にはちょっとキツイ若々しい歌詞と振り付けだが、最後に歌うならずっと歌ってきたこの曲がいいと思っていたのだ。
さぁ、勇者様。私がこの曲を歌っている間にサクッと大魔王を倒しちゃってくださいね!
と、思っていたのに……ライブが終わるまで敵味方関係なくみんな私の方を見ていた。オイ。ちゃんと戦闘しろ。
しょうがない。アンコールでもう一曲歌うかな。アンコール歌っている間に大魔王倒さなきゃ知りませんからね、と勇者に視線を向けるとその視界を大魔王が遮った。
私の目の前に立ちはだかる大魔王。ゆっくりと上を見上げ視線を合わせると真面目な顔をしてこう言った。
「我の妃となれ」
私はにっこりと笑顔を浮かべて返す。
「お断りします」
今まで女性に誘いを断れたことがないのだろう。大魔王は「なぜだ!?」とうろたえていた。
「私はアイドルです。アイドルは一人のモノにはなれません。みんなのモノです。いくら貴方が望んでも、私がアイドルである以上、一人の方を特別扱いする事は出来ません。でもお気持ちはとても嬉しかったです。ありがとうございます」
きっぱりと断りつつフォローも笑顔も忘れない。長年アイドルをやっていれば口説かれることも多く、断るのもお手の物になってしまった。大魔王は震える拳を握りしめ、ものすごい形相で私を睨む。相当怒っているのだろうか。やっぱり魔王とか大魔王ってプライド高いんだろうなぁ。
呑気に考え事が出来るのは、魔族である大魔王には私が殺せないとわかっているからだ。どういう訳かルドイアのアイドルは魔族には殺せない。敵意のない状態で触ることは出来るが殺すことは絶対にできないのだ。じゃなきゃこんな危険な仕事できないよね。うん。
しばらくして、大魔王は重い口を開いた。
「ならば、我の歌でそなたの心をモノにするとしよう」
「えっ」
こんな風に口説かれたのは初めてだ。アイドルで、しかもダイヤモンドボイスを持つ私(現在女神ランク)を歌で口説くなんてよほど歌に自信があるのだろうか。
……ちょっと楽しみになってきた。
私は微笑んで「それは楽しみです」と言うと大魔王は意気揚々と歌いだした。
途端に爆音が耳をつんざき、勇者御一行が泡を吹いて倒れた。まるでどこかの空き地でリサイタルを聞いているような感じだ。映像で見ている王様達もきっと倒れているだろう。私も倒れたい。なんとか白目を剥く程度で堪えた自分の精神力の強さに拍手を送ろう。それよりも、どうしてこの歌で私をモノに出来ると思ったのか大魔王を問い詰めたい。
けれど、こんな歌でも一生懸命歌ったのだろう。歌い終わった大魔王が顔を赤くしながら息を切らせていて、不覚にもきゅんとしてしまった。
二人の間にしばし沈黙が流れる。
「プッ、フフ、ハハハハ!」
耐え切れずに噴き出した私がお腹を抱えて笑いだすと魔王が首をかしげた。
「プフ、ご、ごめんなさい、フフフ、ちょ、くるし」
笑いすぎて涙が出て来た。こんなに笑ったら流石に大魔王も怒るかと思ったけれど彼は怒ることなく「先ほどの笑顔より、こちらの笑った顔の方がずっと綺麗だ」なんて嬉しそうに私の目尻の涙を親指でなぞった。
男性の免疫0というかむしろマイナスな私にとってその行為は刺激が強すぎて顔が一気に茹でダコ状態になる。それを見た大魔王はフッと笑って「そんなに可愛い顔をするな。理性が効かなくなる」と頬を優しく撫でた。
「ちょ、ま、え、っと、あの、私、その」
「もう一度言う。我の妃になってはくれぬか?」
先ほどとは違い、懇願するような瞳に胸がきゅうっと苦しくなった。そして気が付いたらこくりと頷いていた。
どうやら二十五歳強制引退を前にして寿引退になりそうだ。
「あ、でも、もうこの国の人を襲うのはやめてください! これからは平和に、穏やかに暮らすと誓って頂かないと困ります」
「そなたが望むのであればそうしよう。どうやら先ほどのそなたの歌声で我の中にあった闇が全て消え去ったらしい。もうこの国を襲う意思はない。そなたに誓おう」
「ありがとうございます」
私が笑うと大魔王もふんわりと笑った。その笑顔に禍々しさは感じない。彼が言っていることは本心だろう。なぜかそう確信できた。
彼が私に手を差し伸べたので私はその手を取った。これからどこで生活するかはわからない。私達を受け入れてくれる世界を探そうと思う。
未だに泡を吹いている勇者御一行を背に、私と彼は旅立った。一部始終は録画された映像からわかるであろう。国王様の元で倒れていると思われるマネージャーがあとは上手くやってくれるはずだ。
「そういえば、まだそなたの名を聞いていなかったな」
「私もまだ貴方の名前を聞いていません」
私達は顔を見合わせて笑った。名前も知らない相手と結婚するってすごい状況だわ。
二度目の生で精一杯夢を追いかけて走ってきた。今度は愛に生きよう。前世の分も含めて、彼を愛そう。
私は彼の耳に口を寄せ囁く。
「私の名前は――――」
最後までお読みいただきありがとうございました。