第2夜 豪華列車
カタンカタン、と電車特有のあの音を聞きながら座席の上で揺れていた。
「ねえ、これってヤバくない? 誘拐でしょ、こんなの」
不安げに呟いたポニーテールの言葉に同意なのか小柄な女子もコクリと頷く。
ミルクティー色の男子は携帯を弄ったあと、耳に携帯を当てた。恐らく警察あたりに電話をしているのだろう。
そのあとすぐ耳から携帯を離し一言『繋がらない』
とどのつまり、僕らはこの今乗っている車両を含めた五両構成の密室にいる。
駅でこの電車を見たとき、五両構成で、目立ちにくかったが二階があることが分かっている。
ナップザックを取って背負い、二階に行く為の階段を捜す。
「あ、ちょっと!この電車がどういうものなのか分からない以上、一人で勝手に動くのは...... 」
「二階があるはずだ。階段を捜せ」
「は......? 」
「階段を捜せと言ったんだ」
それだけ言って、片っ端から扉や車両と車両の間などを見回りながら階段を捜しに隣の車両に移った。
後ろから聞こえた困惑の言葉は知らない。
♦︎
運転室以外の全ての車両を見て回った後、元々いた最前車両に戻ってきた。
第二車両はベッドルーム、第三車両は食堂、第四車両はリビングルーム、第五車両は鍵がかかっている上に厚いカーテンがかかっていて中が分からなかった。
第三車両に特に隠された様子も無い階段を見つけた。が、上の階は真っ暗で探索するのには少々無理があった。
先程見てきた電車内の様子を持って来ていたノートにシャーペンでざっくりと書き出して行く。
ベッドルームのベッドは五つ、全て同じベッドで特に何かが隠されたような気配無し。
食堂では大きな丸いテーブルが二つあり、一つに三つの椅子、もう一つに二つの椅子。ここも特に何かが隠された様子は無し。
リビングルームではコーヒーテーブルを始め、ソファなどが約五人分。ここも同様変わったところは見当たらなかった。
どの車両にも窓が無く、外の様子が伺えなかった。
ここまでの事をノートに書いてシャーペンを止めた。
「で、この車両は」
「え、」
「この車両には何があったの」
一回で言った事を理解出来ないのか、間抜け面の三人を思わず鼻で嗤う。いや、悪気は無いはずなんだ。
ただあまりにもポカンと僕と僕がさっき書いたノートを見る物だからつい......。
携帯を取り出して時刻を確認する。
現在は六時五分。先程言っていた時間はあと一時間五十五分残っている。
「あと一時間五十五分。僕が他の車両を見回ってたときにこの車両を見てないなんて無能としか言いようが無いね、危機意識あんの?」
ほぼノンストップで言った文句にポニーテールが顔を顰め、口を開いた
「何も言わずに他の車両に行ったって何をして欲しいか分からないじゃない!そんなこと言わなくたっていいでしょ!?」
「逐一あんたに言う理由とメリットはどこにあるんだい? 学校ではどうだったか知らないけど勝手にリーダー気取らないでくれる? そういうのウザいし迷惑だから」
あーあ、いっつもこうやって間髪入れず反論して敵を作っちゃうんだよね、僕。
最近なかったのになぁ。僕の悪い癖だよ全く。
......まあもう別にいいけど。いつものことだし。
でも、ほら図星なのか反論できてねーじゃんポニーテール。
「そんな言い方、無いと思う......! 」
左斜め前から弱々しくも力強い(あれ、矛盾?)声が飛んできた。
あの小柄な女子だ。
大きな紫色の目と眉をできる限り睨みつけるように吊り上げて、必死に僕を見ているが......、正直言って全く怖くない。
ハムスターに威嚇されてる気分だ。
スッと視線を横にズラすとミルクティー男子も僕を嫌悪の目で見ていた。
あー......、あれか。ちょっと強く言い過ぎたっぽい。
でもなんでだろなー、別に泣いてる訳じゃないのにそんなに庇って。楽しいのかな?
うん、でもこの感じって僕が悪者だなぁ。
うーん。『気付かれず喋らずやり過ごす』が僕のモットーなんだケド。
ふー、と息を吐き出してざっとこの車両を見渡す。
ドアがあったのはこの車両だけ。座席があったのもこの車両だけ。
他の車両を見たけど僅かに改造した跡があった。
この車両は座席のシートを張り替えて、簡易ベッドとなにも書かれていない車両案内の看板、豪華な装飾をつけただけの比較的シンプルな車両だ。
見たところ、戸棚や床下も無さそうだし座席もさっきの柔らかさだと物を隠すのには不向き。簡易ベッドも枕と寝台だけで、枕の下に物を隠すのも動く電車内では少々危なっかしい。
ここもとくにこれと言った物は無さそうだ。
後は二回だが真っ暗で捜索できないし、この三人が懐中電灯を持っているとも思えない。
仕方が無いが携帯のランプを使おう。
後ろを向いてドアに歩き出す
「ねえ」
......はずだった。
ミルクティー男子にものすごい力で手首を掴まれ進めない。
ちょっとー、僕インドア派なんで力勝負とか専門外なですけど。
あ、ゲーム勝負なら受けて立つよ。
「なに」
あれデジャヴ。
ミルクティー男子とこんな会話前に一回したよね。雰囲気とシュチュエーションが違うけど。
あーはっはっは。空気が一気に冷たく鋭いものになったよ。なにそれ笑えない。
「光にあんなこと言って逃げんの?」
いつもの間延びした口調はどうした少年。
ていうかポニーテールの名前『光』って言うんだ、今初めて知ったよ。聞いてないから当たり前だけど。
ていうか逃げるわけじゃ無いんだけど、この電車からの謎解きイコール僕+君らの脱出じゃん。邪魔すんなよ。
「離せよ」
いや、マジで離して?腕強く掴みすぎじゃありません?指先がじんじんして来た。
あー、もう此奴引き摺ろっかな?そしたら二手に分かれられるし、仮にも女に危ないかもしれない探索させられないし。
よし。連れて行こう。
「来い」
さっきと540度違う短い僕の言葉にミルクティーが若干困惑の雰囲気になる。
スッと緩まった腕の拘束に、逆にミルクティーの手首を掴まれていた右手で掴み、ずるずると引き摺って第三車両に向かった。
女子の困った顔は知らない見えない。
♦︎
「ケホッ、なんだこれ埃っぽいな......」
二回に上がって携帯のランプで周りを照らすが、埃っぽくて息がしにくい。
ミルクティーはまだ顰めっ面で僕を見つめてる。
やだー穴あきそー。
てかランプ点けろよ。携帯持ってない訳じゃないんだし。この暗闇の中で光源無しで歩くのは少々危ない。
結局ミルクティーはランプも点けずにただ黙々と僕に付いて来るだけのまま、スライド式のドアを見つけた。
厚いカーテンがかかっていてガラス窓から中を見ることができない。
ドアノブに手を掛け、鍵がかかってないことを確認する。
今の今まで二階には何も無く閑散としていたが、このドアの向こうに何かあればいいんだが......。
思いきって勢いよくドアを開けると、オレンジ色っぽい暖かな光が溢れた。
思わず眩しくて目を細めてしまう。
「なにこれ......」
後ろから聞こえたミルクティーの声に細めていた目を開けた。
そこにはドレスやアクセサリーと言った女物の衣類がクロゼットの中に入りきらない程溢れかえっていた。
所謂衣装部屋の様だけど。
向こう側にもドアがあり、早歩きでドアに近づき勢いよく開ける。
「これは......」
今度は男物の衣類がまたもやクロゼットに入りきらない様子で佇んでいた。
ご丁寧に両部屋とも着替えるためのカーテンに仕切られたスペースがある。
まるでこれでは僕達をもてなすための電車じゃ無いか。
まさか、元々これは誘拐目的なんかじゃ無くて僕ら“だけ”を乗せる前提で作られた電車なのか......?
そのとき、一際大きな音を立てて電車が止まった。
『予定より一時間三十分速く到着いたしました。『HOME』でございます。当列車をお降りになった際、正面に見えます屋敷に入り、Masterに会ってくださいませ』
それだけ言い残し、うんともすんとも言わなくなったスピーカーを凝視した。
予定より早すぎる到着に見えたイメージは決して良いものではなかった。