第一夜 駅
僕は今、真っ黒の招待状を持って坂賀駅の登り線ホームに居る。
3日前に届いた奇妙な手紙。
便箋も封筒も真っ黒で文字と封を留める蝋だけが真っ赤だった。
読んだ限り悪戯の可能性が圧倒的に高かったが、手の込みようと『強制手段』という言葉が妙に生々しかったのもあるかもしれない。
結局この駅に来てしまったのもそれが理由なのだろうな。
午前三時のホームに人なんているはずもなく、遠くの方から初夏を匂わす生ぬるい風が吹いて来た。
わざわざ駅を指定したということは、僕を含めた五人全員がこの駅の近くに住んでいることを見越した上なのだろう。
ブレザーのポケットに入れている携帯を取り出し、時間を確認する。
午前三時二十六分。まだ早い時間だ。
両足をマナーが悪いと思いながらもベンチの上に上げ、体育座りのように膝を抱えて座り直した。
初夏とは言え、こんなに早いと流石に肌寒い。
(もう少し着込んでくれば良かった...... )
いつも忘れがちだが僕はかなりの冷え性だった。
それを忘れて居た僕に『馬鹿か、』と一言頭の中で悪態をついて息を吐く。
「あ、ホントに来てた」
ふと、改札の方から女の子の声がして体勢を変えずに顔だけそちらに向けた。
明るい茶色の長い髪を黄色のリボンでポニーテールにくくり、ピンで前髪を留めているオレンジ色の丸い目をした女の子がカーディガンに身を包み僕を見ていた。
雰囲気的にクラスのリーダーのような子なんだろう。
こういう輝いてる系の人は苦手だ。正直関わりたくない。
ふい、と顔をもとの位置に戻して携帯を操作してゲームのアプリを起動する。
「え、無視......」
こういうタイプの人が僕によく向ける『なんで自分が無視されるの?』っていう視線。
自意識過剰過ぎて逆に笑える。
バブル・バブルというよくあるシューティングゲームをまるで女の子なんていないみたいに淡々とプレイしていく。
女の子の「協調性皆無かよ」といった呟きを聞き流してゲームに集中する。
数分後、ミッションコンプリートの文字が携帯画面一杯に広がった頃、次の招待客が現れた。
「あ、この手紙、悪戯じゃなかったんだぁ〜」
間延びした口調がまた改札口から聞こえて来て今度は視線だけそちらに向けた。
そこにはミルクティー色であちこちに飛び跳ねた髪が特徴的な僕と同じ位の男の子と、黒い髪を内側にくるんと巻いたボブカットの小柄な女の子がそこに立っていた。
手紙に書いてあった五人まであと一人。
どれもこれも、僕の苦手そうな人ばっかだ。
この手紙の送り主は一体何がしたいのか分からない。
まあ、この手紙の内容の意味はあともう一人が来ればきっと分かるだろう。
それまでは耐久型のゲームでもして時間を潰すのが得策だろう。
彼方は彼方で話をしてるし、僕みたいな陰気な奴が入る隙間なんて無いだろ。
卑屈な考えをツラツラと頭の中で言いながらまた違うゲームを起動した。
♦︎
来ない。
指定の三時を一時間を大幅に過ぎた午前四時五十二分になっても最後の五人目は現れなかった。
一体なんなんだ。来るなら来い。
この時間でRPG一本クリアしちゃったじゃないか。
(全くもって遅い)
ついイライラとしてカツカツと携帯を指で叩いてしまう。
待ってる間に眠くなったのか、小柄な女の子とポニーテールの女の子はベンチの背もたれにもたれ掛かって眠っていた。
ミルクティー色の男の子も寝てはいないがつまらなさそうに携帯画面を弄くっている。
「ねー、君さぁ」
「......なに」
「名前なんていうのー?」
「教える義理は無い」
そう言ってまたバブル・バブルを起動してゲームを始める。
ピコピコと小気味の良い音がBGMと一緒に流れ出てこの場の沈黙を痛い物にする。
大概の人はこれで僕に反感を抱くか突っかかって来る。まあ、嫌悪感しか抱かない言い方だなとは我ながら分かっているし、寧ろだからこそこの言い方を選ぶんだ。
「変な奴」
ポソッとこぼれた呟きは沈黙の中に落っこちてやがて消えてった。
時刻は午前五時。
指定時間の二時間後だ。
突如、プルルルと電車の到着を知らせるブザーが鳴り、黄色い線の内側に下がるよう促すアナウンスが寂れたホームに響いた。
『登り線に『HOME』行き直通車が停まります。黄色い線の内側に立ってお待ちください』
アナウンスが切れ、間も無くして車体に何の塗装もしていないのに運転室の窓だけが真っ黒に塗り潰された奇妙な電車がホームに着いた。
プシューと音を立てて開いたドアに要するに「乗れ」ということかと解釈する。
傍に置いていたナップザックを取って何の迷い無く電車に乗った。
後ろの方で男の子の焦ったような声が聞こえたが無視する。
車内は所謂高級車両のようで、煌びやかな装飾にふかふかしてそうな座席、更には備え付けの食堂やベッドまである始末。
(どこのVIP車両だよ...... )
実際にVIP車両を見たことがあるわけでは無いがここまで豪華だとそうなのではと疑いたくもなる。
取り敢えず側にあった座席に腰掛けたがふかふか過ぎて逆に落ち着かない。
もぞもぞと動いて落ち着ける体勢を探すも中々見つからない。
すると、恐る恐るといった感じで後の三人が入って来て平然と座席に座る(ように見える)僕を見て微妙に驚いた顔をしていた。
小柄な女の子はまだ眠いのか目を摩っていて僕が見えていないが。
車内の装飾をしげしげと眺めているポニーテールの後ろでプルルルと音を立て、ドアが閉まった。
『この『HOME』行き電車は約三時間の運行後、目的地に到着いたします。それまでのしばしの長旅、どうかお寛ぎくださいませ』
どうやら僕らはこの豪華車両に約三時間、閉じ込められるらしい。