『 二つ名 』
――弱肉強食。それは、この世の真理と呼べるものの一つだ。
昔、道場の大先生がそう言っていた。そして、こう続けた。
――強者として弱者を喰らおうというのなら、より強者に喰らわれる事を覚悟しなければならない。要するに、やったらやり返される、という事だな。
その教えは、今もムサシの中に深く根付いている。
ストーカーエルフは『殺せ』と命じ、その配下達は得物を抜き放った。
故に、ムサシはこう判断する。
俺を殺そうというのだから、俺に殺されても文句はないはずだ、と。
殺すために攻撃すれば、相手は身を護ろうと反撃してくる。反撃されれば、殺そうとした自分が逆に殺される事だってありえる。当然その程度の事は弁えているはずだ。
ムサシは口角を吊り上げ、左手を腰に佩いた〔名刀・ノサダ〕の鞘の鯉口付近に添え、親指を鍔に掛ける。そして、右足を一歩前へ送りながら鍔を押し上げて鯉口を切り――その行く手を阻んだのは武装女子高生の背中だった。
「――来るよッ! 構えなッ!」
「1班ッ、2班ッ、構えッ! 発砲は私の指示を待てッ! 3班、4班は非殺傷弾を00バックに交換ッ! ――急げッ!」
豹の耳と尻尾があるビキニアーマー装備の美女と、ビシッと制服を着こなした武装女子高生が指示を飛ばす。ビキニアーマー美女のほうは初対面だが、武装女子高生のほうは、軍隊蟻に襲われていたところを助けた遠征部隊の指揮をしていた先輩だ。
武装女子高生達は迅速に行動し、前列は片膝をついた膝射姿勢で、後列は前列2人の間になるようずれて立ち立射姿勢で、12ゲージの散弾銃と連装式擲弾筒を構える。
「ここは私達に任せて下さいッ!」
「ムサシさんとミアさんはホームまで走って!」
そう逃げるよう促すのは、第一陣の後ろに控える第二陣。手馴れた様子で装填済みだった対人用非殺傷弾を、最もポピュラーな鹿撃ち用大粒散弾へ交換している隊員達。
抜刀しようという姿勢で動きを止めたムサシは、自分と彼女達との間にある温度差に目をパチパチさせ、
「ミアさんッ! そろそろ正気に戻って下さいッ! ミアさんッ! ミアさんッ!!」
「……今だけでいいんです。お願いですから、今だけはそっとしておいて下さい……」
今のミアは、ムサシにもらった指環を薬指に嵌めた自分の左手しか見えなくなっており、周りの武装女子高生達がいくら声をかけても埒が明かない。
「何をぐずぐずしているのッ!? 早く行ってッ!!」
「長くは持ちませんッ! だから急いで下さいッ!」
露出はそれほどでもないが露骨なまでに躰の線が強調されているボンデージ姿の女性が言い、その後に続いて声を上げたのは、ボンデージかと思いきや学園指定の競泳用ワンピースの武装女子高生。
――それはさておき。
ムサシは、鯉口を切った愛刀を、カチッ、と鞘に戻し、ボリボリと後頭部を掻く。
それは、敵の法術スキルの詠唱が完了してしまったから。敵中へ飛び込み、詠唱を妨害して発動を阻止し、その流れで敵首魁を討っていっきに片をつける――といったような事を目論んでいたのだが、自分とミアを護ろうとする彼女達に囲まれて身動きが取れず未遂に終わった。
だが、まぁいい。〔ティンクトラ〕を得る前から【心眼】が身に付いていたのと同様に、能力【瞳術】・技術【洞察眼】が使えなくとも、なんとなく相手が使用しようとしているスキルとその効果範囲が直感的に分かる。
その直感を信じるなら、これから起きる事はこちらにとっても都合が好い。
「――やれッ!!」
『――【難攻不落の氷壁】ッ!!』
【水】のウンディーネ達が『発動呪文』を合唱し、発動後MPを消費し続ける事で破壊不可能な氷の壁を生成・維持する精霊術を発動させ――ムサシ達の左右と後ろで地面から勢いよく噴出した水が瞬時に凍結し、高さ10メートルを超えるコの字型の氷壁が出現した。
それは、ミアを逃さないというだけでなく、この場にいる4桁を下らない冒険者達からの妨害や横槍を未然に防ぐという意図もあったのだろう。だが、逃げる気のないムサシを相手に、この作戦は下策だった。
何故なら、これでムサシは後ろを気にせず前だけに集中する事ができるからだ。
「――前進ッ!」
ストーカーエルフの号令で、強固な防具を装備した盾役達が前進し、
「――てぇえええぇッ!」
指揮官の合図で武装女子高生の第一陣が一斉に発砲する。
大太鼓を乱打するような銃声が幾重にも折り重なって轟き、第一陣が撃ち尽くすと素早く第二陣と交代。第二陣が斉射している間に第一陣は弾薬の再装填を急ぐ。
だがしかし、敵の前進は止まらず、死傷者は0。非殺傷弾ばかりか大粒散弾ですら何の痛痒も与えられず、グレネードランチャーから発射された催涙ガスやよく滑るオイル、対象に付着して硬化する速乾性ウレタンなどを散布し行動力を奪う特殊榴弾は、効果を発揮する前に【水】の精霊術で凍らされ不発に終わった。
「進めッ! 精強なる精霊族の戦士達よッ! 我らに逆らった愚昧な劣悪種共を蹂躙するのだッ!!」
その結果に、ストーカーエルフは増長し、その配下共は無力な女子供を蹂躙する未来を想像して暗い愉悦の笑みを浮かべ、武装女子高生達は歯噛みする。
「やっぱりあのクソエルフだけじゃないッ!」
「どうしてあいつらは都市結界の影響を受けていないのッ!?」
都市結界は、〔ティンクトラ〕に干渉して【ステータス】と【技能】を封印する。言い換えると、人の限界を超越して必殺技を修得した冒険者達を、ただの無力な人間に戻す効力がある。
だが、ストーカーエルフは法術スキルを使った。そして、彼の配下達は今の一斉射撃を受けて無傷。それから導き出される結論は1つ。ストーカーエルフだけではなく、彼の配下もまたその影響を受けていない。
《エターナル・スフィア》には、選択した種族に関係なくゲーム開始時から既に取得している技能があった。それは、能力【護身】の技術【守護障壁】【守護法陣】【耐え忍ぶ】【制限】の4つ。
【守護障壁】は、全身を不可視の薄い膜のような障壁で保護する恒常展開型の防御スキル。
【耐え忍ぶ】は、痛覚を緩和・遮断するスキル。
【耐え忍ぶ】を最高に設定して痛覚を遮断すれば、【守護障壁】で威力を減殺された散弾が素肌に当たっても、バイブレーションするスマホに触れたような振動を感じる程度だろう。
それでは止められるはずがない。
「どうやら、ここはあたし達の出番のようだね」
そう言って前へ出たのは、剣や槍、斧など白兵戦用の得物を手にしたビキニアーマーやボンデージを装備した女性冒険者達。
確かに、運動エネルギーを失えば落下するだけの弾丸とは違い、力を加え続けられる武器での攻撃なら多少はダメージを与えられるだろう。
だが、都市結界の影響を受けている彼女達には、パラメーターを上昇させた【ステータス】の補正がないため、本来の躰力(STR)では愛用の得物を普段通りに扱う事ができず、【守護障壁】がないため、初級レベルの精霊術でも受ければ致命傷になりかねない。
ストーカーエルフは、ミアを無傷で手に入れたいがために、万が一にも巻き添えにして傷付けてしまうような事がないよう攻撃系精霊術の使用を禁じている。だが、彼女達が打って出てミアの側を離れれば容赦なく使用を命じるだろう。
彼女達の表情を見るに、それを承知の上で戦おうとしているようだ。
そんな覚悟を持って戦いに臨もうという彼女達にはまことに申し訳ないと思うが、
「――いいや」
道具鞄から取り出した鉢金を装備したムサシは、反論を許さぬ威風を纏い、周囲の視線を一身に浴びながら宣言する。
「ここは、俺の出番だ」
それなりに名を知られていたムサシ達のパーティ〈セブンブレイド〉のメンバーは、その名が『七支刀』ではなく『七本の剣』だと勘違いした者達によってつけられた刀剣風の二つ名で呼ばれていた。
〝精霊王の秘宝剣〟のエウフェミア。
〝大陸割りの巨斧剣〟の打ち砕く鉄。
〝一撃必殺の刺突剣〟の天佑七式。
〝忍び寄る魔双剣〟のカナタ。
〝神域の護法剣〟の言祝ぐ命。
〝剣の神の剣〟のフルメタル・ジャッキー。
そして――
「あれが〝神威の絶刀〟のムサシ……ッ!?」
女性達に道を譲られ、悠然と前へ進み出る1人の侍。その姿を認めた瞬間、前進していた精霊族の戦士達は思わず足を止め、誰のものとも知れぬその呟きが波紋を呼ぶ。
「本来一対多を苦手とする【太刀】でモンスターの群れを蹴散らし、特殊条件『蹂躙絶滅』や『大量虐殺』を山のように積み重ねた《エターナル・スフィア》最強の戦闘狂……ッ!?」
「攻略不可能とすら言われていた鬼畜難度のクエストやイベントを次々に攻略した〔秘伝奥義書〕と〔秘伝極意書〕の最多獲得者……ッ!?」
「大規模レイドパーティすら全滅させる古代龍をソロで狩る化け物……ッ!?」
「試合が一方的過ぎて賭けにならないって闘技場を出入禁止にされた常勝不敗の〝変則二刀使い〟……ッ!?」
動揺した配下達が騒然となる中、ストーカーエルフが声を張り上げた。
「静まれッ、栄えある精霊族の勇者達よッ! 敵が何者であってもやるべき事は変わらないッ! 個の力をひけらかす低脳な劣悪種に、我らの高度な集団戦術を見せ付けてやるのだッ!!」
臆した味方を鼓舞し、レイピアを持った右手を頭上に掲げ、
「皆の者、かかれ――え?」
号令を発しながら勢いよく振り下ろした右手を、パシッ、と掴まれて間の抜けた声を漏らし――絶句した。
それは、自分の手首を掴んでいるのが、憎き恋敵だったからだ。
「話は聞いたよ。――仲間がだいぶ世話になったんだってな?」
目にも止まらぬ高速移動と低い放物線を描いた跳躍でいっきに間合いを詰め、剣呑な声の響きとは裏腹に楽しげな笑みを浮かべるムサシ。
配下を扇動する事に意識が逸れていたため、ストーカーエルフにはムサシが目の前に忽然と現れたように感じた。それに声の剣呑な響きと表情のギャップが相俟って、その例えようもない不気味さに怖気づいたストーカーエルフの喉から、ヒッ、と悲鳴が漏れた次の瞬間、ボリッ、と彼の体内から異音が響いた。
「ヒィギャアアアアア――ォグェッッッ!?」
掴まれている手首を握り潰されてレイピアを落し、その激痛で絶叫するストーカーエルフ。それが耳障りだったので、ムサシは即座に右拳を腹部にぶち込んで黙らせる。
「~~~…~~……~………ッッッ!?」
あらゆる汁を顔中から垂れ流しながらビクンビクン躰を痙攣させて悶え苦しむストーカーエルフ。その手加減された一撃がもたらした痛みは、彼がこれまでの人生で一度も味わった事がないもので、打撃を受けた箇所のみならずそこから全身へ広がっていき、あまりにも痛過ぎて意識を失う事もできない。
『……わ、若様ァアアアアアァ――~ッ!!!?』
突然の出来事に理解が追いつかず硬直していた側近のエルフ達が我に返り、慌てて若様を助けんと動き出す。
それを気配で察したムサシは、右手首を掴んだまま左腕一本で躰から力が抜けて崩れ落ちたストーカーエルフを棘付き鉄球のように振り回し、叩き付け、側近エルフ達を吹っ飛ばした。
そして、攻撃が届く範囲に対象がいなくなると、自分を中心に左右へ、ドゴンッ、ドゴンッ、ドゴンッ、ドゴンッ、ドゴンッ、ドゴンッ、とリズミカルにストーカーエルフを地面に叩き付け、7回目に地面と接触する前に手を放す。地面に投げつけられて、ズガンッ、とバウンドしたストーカーエルフは、その勢いのまま味方の中へ突っ込み、数人をボーリングのピンのように薙ぎ倒してから動きを止めた。
『…………』
ただ見た目が派手なだけの飾りではない高性能な装備には傷一つ付いていない。だが、ストーカーエルフの手足は変な方向へ、または関節ではない場所で曲がっており、耳や鼻や口から血が溢れ……ほんの数秒で微かに呼吸するだけの肉塊と化してしまった。
そんなストーカーエルフの有り様を見て、誰も彼もが硬直して何も言えず、中央広場が、しぃ~――――ん、と静まり返る。そんな中、
「俺は、お前らみたいなのが大好きなんだ」
よく徹るムサシの声がストーカーエルフ配下達の耳朶を打ち、全員が、ビクッ、と躰を震わせた。
「斬り刻んだり叩き潰したりしても罪悪感を覚えずに済む。――そんな輩は貴重だからな」
挑発するでもなく、威圧するでもなく、そんな事を無邪気な笑みを浮かべて楽しげに語るムサシ。その様を見て、自分達が絶対に敵対してはならない化け物に喧嘩を売ってしまったのだという事を否応なく悟り、恐怖と絶望に押し潰された数人がそのまま失神し、数人がうずくまって嘔吐し、大部分が戦意を喪失して武器を取り落とし、崩れ落ちるように膝を地についた。【難攻不落の氷壁】を展開していた者達もその中に含まれていたらしく、巨大な氷の壁が瞬く間に解けて消える。
だが、まだ心が折れていない者達がいた。
整い過ぎているが故にその美貌には個性が薄く、同じ長杖を手にして揃いのローブを纏った6人。ミアに付き纏うストーカー野郎の側近エルフ達だ。
「お、おのれぇ……~ッ! 誰だッ!? ――貴様に特権を与えたのは誰だッ!?」
側近エルフが突然そんな事を言い出し、ムサシが、特権? と首を傾げると、
「しらばくれるなッ!!」
「これは重大な契約違反だッ!!」
「必ず報いを受けさせてやるッ! 貴様に特権を与えた者の名を教えろッ!!」
ムサシは知っている。『口は禍の元』と言われているが、正しくは『口は禍の門』であり、何気なく言った言葉が禍を招く事があるから、言葉を慎むべきだ、という戒め。
今の彼らにぴったりの格言だ。
心当たりがないので答えようがない。母から『人のふり見て我がふり直せ』という格言を教えてもらった。故に、ムサシは言葉を慎み、相当頭に血が上ってるみたいだしなんかもっと出てきそうだなぁ~、などと思っていると、
「冒険者ギルドだなッ!? 決をとる際『是』としておきながら、あの長めぇ……~ッ!!」
彼らは勝手な思い込みからそんな言葉を吐き、歯軋りして悔しがった。
どうやら有益な情報はそれで打ち止めらしい。そう察したムサシが口を開く。
「つまり、お前らが都市結界の中でスキルを使えるのは、ギルドと取引し、その特権ってやつを得たからなんだな?」
しっかり確認を取っておこうとしたこの問いが、また波紋を呼んだ。
「……特権を、知らない?」
「じゃあ、あの動きは……?」
「【ステータス】の恩恵なしにあれだけの動きができるって事?」
「だとしても、都市結界の影響を受けているなら……【守護障壁】は?」
「【守護障壁】がないなら……」
「って事は、スキルだって使えないんじゃ……?」
ザワザワザワ……、と波紋は広がり、死んだ魚のようだったストーカーエルフ配下達の目に、やれるかもしれない、という希望の光が点る。
表情は変えず内心で、うぬぅ~、と呻くムサシ。やはり言葉は慎むべきだ。
【識】のエルフを除く精霊族には専用の特殊能力があり、現状でそれを使われると少々面倒な事になる。だからこそ、最初の1人を圧倒的な力で一方的かつ徹底的にぶちのめす事で集団全体の戦意喪失を狙った。それは成功していたのだが……はてさて、どうしたものか。
そんな事を考えていると、突然6人の側近エルフ達から凄まじい霊力が迸り――
『――【契約により来たれ魔獣 汝の名はルーベス】ッ!!』
合唱の直後、魔法陣がムサシの近くに出現した。
「召喚術、か……。6人掛かりとはいえ早いな」
【魔獣使い】の能力【召喚術】・技術【魔獣召喚】は、弱らせて捕獲したモンスターに名を与えて支配し、戦場に召喚して使役する。
水面下から浮かび上がってくるように、眩く輝く魔法陣から出現したのは――ジオナイト・スタチュー。
『ジオナイト・スタチュー』とは、動く石像の一種で、躰を構築する『ジオナイト』は、あらゆる属性攻撃と法術スキルを無効化する青黒い水晶のような特殊鉱石。レベルが高ければ高いほど形状が複雑化して多様な動きを見せる。
今回召喚されたのは最高レベルのジオナイト・スタチュー。その形状は半人半馬。体高はおよそ3メートル。馬の首があるべき場所から人型の上半身が生えており、左前腕に相当する部分は盾を装着したような形状で、右腕の肘から先は円錐形の騎槍を装備したような形状。法術は一切効かず、攻撃力、防御力、機動力を高い水準で兼ね備えている。
「対〝精霊王の秘宝剣〟用の切り札だが致し方ないッ!」
側近エルフの1人が何か言っていたようだが、ムサシは聞いていなかった。
魔物使いに支配されている魔獣は、命令があるまで動かない。だが、今この中央広場であのジオナイト・スタチューが本格的に動き出せば、人、物にかかわらず多くの被害が出るだろう。故に、アホが攻撃を命じもせず能書を垂れているこの機に、――即行で仕留めるッ!!
「ジオナイト・スタチューの硬度はダイヤモンドを超えるッ! 剣で斬る事は――」
不可能、と続くはずだった側近エルフの台詞は、瞬間移動のように間合いを詰めたムサシが、ジオナイト・スタチューに拳を叩き込んだ轟音によって掻き消された。
ムサシは、左足で地を蹴って一足飛びに間合いを詰め、手の甲が横を向いた右縦拳を、右足の踏み込み――震脚と同時にジオナイト・スタチューの馬体と人体の境目辺りに打ち込んだ。その動きは剣道の刺突に似て、しかし、決定的な違いがある。
それは、打撃と共に【発勁】――〝気〟を練り上げて一点に収束させ、純粋な破壊の力に昇華させた〝勁〟を叩き込んでいたという事。
「よし、――徹った」
強烈な踏み込みで地面に亀裂が奔り、ジオナイト・スタチューの芯を打ち抜いた衝撃が波紋のように広がった。ムサシは即座に斜め後ろに退いて間合いを切る。手応えはあったがまだ残心は解かない。
轟音の余韻が消え去ると、また中央広場が水を打ったような静寂に包まれ、人々の視線は微動だにしないジオナイト・スタチューに集中し……
「…………は? お、おい、どうした? 何をしているッ!? 早く突撃しろッ!! その躰で奴を跳ね飛ばせッ! その盾で奴を叩き潰せッ! その槍で奴を串刺しにしろッ! ――ルーベスッ! 命令に遵えッ!! ルゥウゥベェエエエエエエエェスッッッ!!!!」
側近エルフの1人が顔を真っ赤にして絶叫し――まるでその命令が止めになったかのように、ピクッ、と動いた次の瞬間、ビシッ、と不吉な音が響き、ジオナイト・スタチューの内部から外側へ向かって放射状に亀裂が奔り……終には崩壊してバラバラになった。
どうやらそれを見て、側近エルフ達の心も砕けてしまったらしい。腰が抜けてその場に尻餅をつき、現実から目を逸らしてぶつぶつと何かを呟いている。
「こりゃ、大猟だな。《エターナル・スフィア》じゃ、ドロップするのは握り拳大のジオナイト鉱石1つだったのに」
ジオナイト・スタチューだった希少な鉱石の山を見てほくそ笑むムサシ。
その一方で――
「うそ……だろ?」
「一撃って……」
「あれを捕獲するのに、俺達がどれだけの犠牲を出したと……」
「勝てねぇ……勝てる訳がねぇ……」
「……そもそも〝神威の絶刀〟がいるなんて聞いてねぇよ」
雇い主は微かに呼吸するだけの肉塊と化し、切り札の魔獣は撃破され、実質的な指示を出していた6人の側近達の心は折れてもう使い物にならない。
ジオナイト・スタチューを葬った一撃は、彼らにとっても止めとなったらしく、精霊族の集団は全員武器を捨てて降伏し、神に許しを請うかのように命乞いをした。
――その後。
ムサシは、治癒系の【精霊術】を修得している【水】のウンディーネ、【樹】のドリアード、【光】のフォスらに総出でストーカーエルフの治療に当たらせ、傷が癒えても気を失ったままだったので活を入れて覚醒させた。
それは、ミアを諦めてくれるよう話をするためであり、拒んで再戦を挑んでくるなら受けるつもりだった。
しかし、まずは友好的に話をしようと親しげに笑いかけたら、ケヒッ、と妙な声を出して白目を剥き、口から泡を吹いて失神してしまった。仕方がないので、今度は打撃で強制覚醒させようとすると、側近エルフ達が必死に懇願するのでやめる。
結局、ストーカーエルフとその配下達は、ミアの事は諦め二度と2人の前に姿を現さない、と誓約した。
「おいおい、そんな寂しい事言わずにまた来いよ。言っただろ? 俺はお前らみたいなのが大好きだって」
もちろん覚えていた。その後に、『斬り刻んだり叩き潰したりしても罪悪感を覚えずに済む。――そんな輩は貴重だからな』と続く事も。
ムサシの無邪気な笑顔を見た時の彼らの顔色と表情からして、本当にもう二度と姿を現さないだろう。
それから、ムサシは、ミアと共に駆けつけてくれた女性達の手を借りて、彼らの武器、防具、装身具を全て没収した。ミアへの慰謝料などを含む賠償金代わりだ。後日、それらはまとめてギルドに売却され、彼らに買い戻される事になる。
この時、ついでに大量のジオナイト鉱石の回収も手伝ってもらった。それは、治外法権の拠点内部とは違って、都市結界の影響下では特殊技術【亜空間収納】が使えないからだ。
こうしてこの件が落着し、彼らが中央広場から去ると、
「待たせたな。――次は誰だ?」
ムサシは楽しげに口角を吊り上げ、蚊帳の外だった4桁を下らない冒険者達、その中の自分をぶちのめしてゲームからの遺恨を晴らさんとする者達と、自分が所有する装備をどさくさに紛れて奪おうと目論む者達を睥睨した。
その途端、蜘蛛の子を散らすように悲鳴を上げて逃げ出す両グループ。それをきっかけに、この騒乱を鎮圧するために出動した総合職業組合子飼いの者達が、騒乱罪で全員逮捕するッ!! と今更になって状況を開始し、ここは俺達に任せて行けッ!! と叫んでから突撃したムサシを自分達のクランに勧誘しようとしていた者達と激突した。
急に蚊帳の外へ放り出されたような疎外感を覚えつつも、まぁいいか、と気持ちを切り換え、ムサシは協力してくれた女性達と共にこの場から離脱する。
そして、この段になってもまだ薬指に指環を嵌めた自分の左手をうっとりと眺めていたミアは、ムサシにお姫様抱っこで運ばれていった。