『 フリーデンの騒乱 』
場所は、自由都市フリーデン。パーティ〈セブンブレイド〉の拠点。
時は、夜明け前。
ムサシは、初めてその存在を知った自分の部屋で寝て、いつも通りに目を覚ました。そして、違和感を覚えてそっと掛け布団をまくると、ロングワイシャツのような寝間着姿のミアが当然のようにそこで健やかな寝息を立てている。
ちなみに、ムサシはちゃんと服を――作業着兼普段着兼寝間着の〔破戒僧の作務衣〕という大層な名を持つ墨染めの作務衣を、身に着けている。
「いつの間に……って、俺が寝た後か」
ムサシはものすごく寝つきが良い。寝るつもりで布団に入ったなら30秒と経たずに眠りに落ちる。故に、布団に侵入されたのはその後という事になるのだが……
「気付けなかったのか、それとも、気付いたけど無意識に侵入を許したのか……」
それが問題だ。後者なら、まぁいい。だが、前者なら精神が弛んでいる。早急に引き締めねばならない。
「それにしても…………可愛いなぁ~」
安心しきったその安らかな寝顔を見て、同じ様に布団に潜り込んできた幼い頃の妹や愛犬の事を思い出した。
心がほっこりしたムサシは慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、起こさないようそっとミアの頭を撫でる。それから、やはり起こさないようにそっと布団から抜け出した。
道具鞄〔道具使いの仕事道具〕を携えて2階のキッチンへ。うがいをしてからコップ1杯の水を飲む。それから洗面所へ移動し、洗面からトイレまで一通りを済ませる。そして、広々としたリビングで準備体操とストレッチを行ない、朝稽古に行ってくる旨を一筆認めた手紙を残して玄関へ。
そこで、AR表示させたメニューの【技能】を開き、特殊技術【亜空間収納】を選択。続いて、『収納/取出』の『取出』を選択。すると、腰に装着した道具鞄の中に収納されているアイテムの一覧が自動的に表示され、その中から武装一式を選択。その出現場所を自身の躰に指定すると、
――『装備を変更しますか? はい/いいえ』
システムメッセージが表示され、『はい』を選択した。
その直後、ムサシの頭上に直径1メートル程の円形の虹のような光の輪が出現し、それがストンといっきに足元まで落ちる。その一瞬の間に、装備が〔破戒僧の作務衣〕から、〔名刀・ノサダ〕〔妖刀・殺生丸〕〔フォースナイフ〕〔戦極侍の戦装束〕〔仙忍の草鞋〕〔神猿の印籠〕に変更された。
これが、新たに発見した〔道具使いの仕事道具〕の特殊技術【亜空間収納】の使い方――『換装』だ。感覚としては、ゲームの時の装備変更と変わらない。
市壁の門は夜間閉鎖される。それはどこでも同じで、フリーデンも例外ではない。
ホームの玄関を出たムサシは、朝稽古の一環であるランニングに出発し、ゲートが開くまでの間は気配を消して人気のない街中を駆け回る。そして、朝の訪れを知らせる鐘の音と共にゲートが開くと、新たな修行場を求めて都市の外へと飛び出した。
一般的に『ギルド』というと、冒険者ギルドの事を指す場合が多い。
しかし、独立自治が認められているフリーデンでは、ただ『ギルド』というと、フリーデンを運営する『総合職業組合』の事であり、冒険者ギルド、商人ギルド、職人ギルドの上位組織を指す。
修行場を探して朝稽古に励み、ついでに食料や生薬を狩猟したり採取したりした後、適当に朝食を済ませてからフリーデンに戻ったムサシは、その足で冒険者ギルドへ向かった。
その目的は、ギルドの規定に遵って、【ライセンス】の活動拠点の項目をメンディからフリーデンに変更するため。そして、ゲーム時代にギルドの『預かり所』に預けておいた品物の有無を確認し、あるのであれば引き出すため。
ギルド会館に足を踏み入れたムサシは、昔の記憶を辿るように受付へ向かい、複数ある窓口の1つで見覚えのある顔を見つけた。真人族で、職員の制服を着こなし、栗色の髪を肩の高さで切り揃えた怜悧な美貌のお姉さんだ。
《エターナル・スフィア》では、クエスト関連の業務の一切を取り仕切るNPCによって運営される組織の事を『ギルド』と呼び、プレイヤー達によって運営される組織は『クラン』と呼ばれていた。
つまり、ゲーム世界のギルドの受付窓口で業務に従事していた彼女はNPCだった。
では、この異世界のギルドの受付窓口で業務に従事している彼女は?
似ているだけの他人か、それともゲームの時の事を覚えているのか……
「すみません」
「はい。冒険者ギルドへようこそ。本日はどのような御…用……」
ムサシが声を掛けると、投影されたモニターに目を向けて手許のキーボードに指を奔らせていたお姉さんは、反射的にテンプレ対応で向かえた相手を見て、営業スマイルを凍りつかせた。
「しばらくはフリーデンを拠点に活動しようと思っているので、【ライセンス】の更新をお願いします」
「え? ……あっ、し、失礼致しましたッ! ラ、【ライセンス】の更新ですね? では、左手でこちらの石板に……」
手続きはつつがなく完了した。その際、【秘匿】だらけの【ライセンス】とその名前の欄を見て目を瞠っていたのが気になったが、まぁいい。
ゲーム世界の彼女と異世界の彼女が同一の存在であるかは判然としないが、1つはっきりした。やはり、この異世界の彼女はNPCなどではなく1人の人間だ。それに、よく考えてみると、元々親しい付き合いをしていた訳でないのだから、記憶の有無はたいした問題ではない。こっちがその事をしっかりと弁えてさえいれば良いのだ。
「本日はありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
お姉さんにお礼を言って、今度はまた昔の記憶を辿るように預かり所へ向かう。
「そう言えば、メンディのギルドにはなかったな」
《エターナル・スフィア》には存在しなかった交易都市メンディ。この異世界に存在する自由都市フリーデン。そして、この異世界の至宝〔ティンクトラ〕と融合する事で使用が可能になる《エターナル・スフィア》の技能……
「……まぁいいか。俺の担当は肉体労働。この世界の謎は頭脳労働担当の兄者と姉上に任せよう」
そのためにも早く復活してもらわなければならない。そして、その準備のために預けていたものがちゃんとあれば非常に助かるのだが……
「預かり所へようこそ。本日はどのような御用件でしょうか?」
「アイテムを引き出しにきました」
「承知致しました。では、確認致しますので、左手をこちらの石板にお乗せ下さい」
言われた通りにするムサシ。投影されたモニターに目を向ける、真人族のこれといって特徴のない職員のお兄さん。ちょっとドキドキしつつ待っていると、
「お引き出しの品物は、単品、複数、どちらでしょうか?」
そう訊くという事は、どうやらゲーム世界で預けた品々はこの異世界でも存在しているようだ。内心で、よしッ! とガッツポーズしつつ、複数です、と答える。
「では、こちらの個室を御利用下さい」
「個室?」
《エターナル・スフィア》にはなかったシステムに困惑しつつ、部屋番号が刻印された金属プレート付きの鍵を受け取り、簡単な説明を受けてからその個室へ向かう。
部屋番号を確認し、鍵を使ってドアを開けて室内へ。鍵を掛け、説明された通りに左手でドアの脇にある石板に触れる。すると、視界にチュートリアルがAR表示された。それによると、アイテムは倉庫や貸金庫のような場所で保管されているのではなく、亜空間に封印されているらしい。
「うわぁ……」
チュートリアルを終了すると自動的に預け物リストがAR表示され、それを眺めて思わず声が出た。
《エターナル・スフィア》では、HPを全損して死亡すると、ペナルティとして、装備しているアイテム、特殊なクリア報酬など売却不可・譲渡不可のアイテム、盗難・強奪を阻止する能力【保有】が付与されているアイテムを除く、バッグの中の全てのアイテムと所持金全額を失う。
それ故に、都市など非戦闘エリアを出る際には、大切なものや余計な金品は預けて行くというのが鉄則だった。
仲間達からその鉄則を耳にタコができるほど言い含められていたムサシも、死亡時に失われてしまうアイテムがある程度貯まると預かり所に預けていた。その上、今ふと気付いたのだが、預けたものを引き出した記憶がない。【錬丹術師】としてICを行なう際には、その都度必要な素材を取りに行っていたし、ほぼ毎日のように殺戮……もとい修行に出かけては大量のドロップアイテムを抱えて帰還した。
だからだろう。リストをいくら下へ下へとスクロールさせても終わりが来ない。
――なにはともあれ。
ムサシは、今必要なものだけではなく、預けていた全てのアイテムを【亜空間収納】で道具鞄〔道具使いの仕事道具〕へ移した。
死んだ人間は甦らない。だが、〔ティンクトラ〕と融合した冒険者はその限りではないと思われる。しかし、その確証はなく、復活させる方法も分からない。
要するに、現段階では死んだら終わり。その後の事を考えても仕方がない。ならば、いつでも必要だと思った時にすぐ取り出せるようにしておいたほうが良いだろう。
こうして目的を達成したムサシは、冒険者ギルドを後にした。
(あぁ~……、空が青いなぁ~……)
どうでも良い事を考えつつ果てしなく、ぼぉ~~~~っ、としていたムサシは、グイグイッ、とミアに袖を引かれて我に返った。
「終わった?」
「何言ってるんですかッ!? 状況は継続中です! ぼぉ~っとしないで下さいッ!」
ムサシは、えぇ~……、と嘆いてから周囲の状況を再確認する。
まず、現在ムサシがいるのは、フリーデンの中央区画1階、中央広場のほぼ中央。
ムサシの周りにいるのは、ミアと、ボンデージやビキニアーマーなど露出の多い装備を身に着けた女性冒険者達と、武装女子高生達。
そして、ムサシとその周りの彼女達をまとめて包囲しているのが、4桁を下らない武装した冒険者達。彼らは一枚岩ではなく、幾つかのグループが存在し、お互いに牽制し合い、喧々諤々として鬱陶しい事この上ない。
いったい何故こんな事になっているのか?
原因はムサシ、と言わざるを得ないだろう。
中央区画の外縁にある冒険者ギルドを出た後、ムサシはその足で中央広場へ向かった。それは、空まで吹き抜けになった壮大な光景をぐるりと見回したかっただけなのだが、そこへ突然、彼らがどこからともなく押し寄せてきたのだ。
彼らを大きくグループに別けると――
ムサシを自分達のクランに勧誘しようという者達。
ムサシをぶちのめしてゲームからの遺恨を晴らさんとする者達。
ムサシが所有するレア装備をどさくさに紛れて盗もうと目論む者達。
この騒動を鎮圧するために出動した総合職業組合子飼いの者達。
そこへ更に、ムサシを倒してミアを自分の妻に迎えようというエルフに率いられた精霊族の集団までが加わった。
その外側や各階の吹き抜けから階下を見下ろせるスペースには大勢の野次馬の姿があり、一部では一般人が追い払われて狙撃手や射手が待機している。
ムサシにとって、勝手に集ってきてお互いを牽制しながら自分達の意見を通そうとギャーギャー喚き合っている輩など果てしなくどうでも良いし、付き合うつもりは毛頭ない。だが、おそらく善意の第三者から報せを受けて仲間の危機と早合点したミアが助力を求めたのだろう。それに応じて駆けつけてくれたと思しき彼女達を置いて自分だけこの場を離れる訳には行かない。
故に、身動きが取れず、この膠着した状況が動くのを待って、ぼぉ~~~~っ、としていたのだが、ミアに怒られた。
「…………」
「な、なんですか? そんなにじぃ~っと見て……」
「なぁ、ミア。なんでそんな装備なんだ?」
今ミアが身に纏っているのは、特殊能力も【ステータス】上昇の効果もなく防御力も期待できない、普通の清楚なワンピース。言うまでもない事だが、これはかつて共に冒険していた時に装備していたものではない。
「せ、成長しているからですッ! 身長とかッ! 胸とかッ!」
顔を真っ赤にしたミアに、そんな事訊かなくても見れば分かるでしょうッ!? と言わんばかりに睨まれてしまったが、
「それなら、俺は成長してないのか?」
「え? そういえば、どうして……」
「それに、その杖」
ミアが手にしているのは、金色に近い琥珀の中に1つ1つの大きさが直径1センチ程の黄土、透明、紫紺、紅緋、翠緑、漆黒、白亜、虹銀、8つの宝珠を閉じ込めた全長2メートル程の長杖。胴の長い東洋風の龍にも見える北斗七星の柄杓の柄を長く伸ばしたような形状で、先端部にちょうどそんな感じで7つの宝珠が配置され、長い柄の中央に8つ目の虹銀の宝珠が配置されている。
――〔龍を統べる者の杖〕
それは、間違いなく《エターナル・スフィア》で、そして、おそらくこの異世界でも最強の杖なのだが、8つの宝珠は光を失っており見る影もない。
「これは……、この世界で気付いた時からずっととこんな状態で……」
今は道具鞄の中の〔屠龍刀・必滅之法〕の〔太刀持鞘〕に象嵌された宝珠も同じ状態だったが、〝気〟――体内霊力を込める事でその輝きと力を取り戻した。
そう言って落ち込んでいるという事は、できない……いや、それ以前に知らないのだろう。
ムサシはこの場にいる冒険者達をざっと見回した。
(知らないのはミアだけじゃない、か……。【体内霊力制御】って、絶望の森の外では失伝してるのか?)
そんな事を考えていると、不意にそれを否定するかのような〝気〟の高まりを感知して振り向く。すると、
「先輩? 急にどうしたん――」
ミアの言葉を掻き消すように轟音を上げて火柱が立ち昇った。
「法術ッ!?」
「そんなバカなッ!?」
「都市結界の中なのになんで……ッ!?」
突然の出来事にムサシを除く冒険者達は騒然とし、視線を一身に集めた男性エルフは優越感に歪んだ笑みを浮かべている。
精霊族らしい端整で神秘的な美貌には内面の歪みが現れ、華美な軽装甲と豪奢なローブを合わせたような戦闘向きではない派手な装備を身に纏っている。右手で天に向かって掲げた装飾過剰な細剣は、法術発動体としての能力を有した剣――『聖剣』だろう。
「静まれ有象無象どもッ! 何人たりとも我が恋路を邪魔する事は許さんッ!!」
そのエルフが偉そうに何か言っていたようだったが、既に興味を失っていたムサシの耳には入らなかった。それは、どうやって都市結界の効力を無効化したかまでは分からないが、あのエルフが使ったのは法術スキルであり、【体内霊力制御】を修得していないという事はすぐに分かったからだ。
(あぁ~……、雲が白いなぁ~……)
どうでも良い事を考えつつ果てしなく、ぼぉ~~~~っ、としていたムサシは、グイグイッ、とミアに袖を引かれて我に返った。
「終わった?」
そう訊くと、何故か真っ赤だったミアの顔が一転して絶望に染まり、何故か周囲の女性達が汚物を見るような目でこちらを見ており、何故かスキルを使った例のエルフが勝ち誇ったような笑みを浮かべている。いったい何故?
「ごめんなさい。ぼぉ~っとしていて話を聞いていませんでした」
ムサシは謝罪し、何があったのかと問う。すると、ミアは激しく落ち込んだままだが、周囲の女の子達がヒソヒソと教えてくれた。
なんでも、ミアに一目惚れしたあのクソエルフは、最低最悪のストーカーで精霊族至上主義の差別野郎。親の金とコネで戦闘系クランの冒険者達を傭兵として雇い、ミアの事を執拗に付け狙っている。そのせいでミアは鉄壁の防衛力を誇る〈セブンブレイド〉の拠点から出られず不自由な生活を強いられていた。そして、たった今、ミアはあのゲス野郎に自分の事を諦めさせ全ての問題を解決するためにムサシを頼り、勇気を振り絞って愛の告白までした。それなのにムサシはぼぉ~~~~っとしていてそれを聞いていなかった。名誉挽回の機会をやるからとっととどうにかしろ――との事。
要するに、マンガやアニメなどでよくある、望まぬ交際や結婚を阻止するための偽の恋人、偽の婚約者をやれ、という事らしい。
「――こちらへ来いエウフェミアッ! そして我が求愛を快く受け入れた証にこの指環を受け取るのだッ! お前が大人しく私に遵うのであれば、そいつらの命だけは保障してやろうではないかッ!」
誰が言ったかクソエルフは、尊大な笑みを浮かべて小箱を開け、中に納められた指環を見せ付ける。
それを見て、ムサシは、あっ、と思い出した。
名誉挽回の機会を与えられた上に、期せずして敵から塩を送られた。そして、相手は互いに気心の知れたミア。多少照れ臭くはあるが、他の誰かと同じ事をしなければならない場合と比べれば気が楽だ。それに、何を隠そうプロポーズは得意だ。子供の頃、おままごとでサキと妹に何度も何度も……本当に何度もやらされた。あの経験がまさかこんな形で役に立とうとは……
ムサシは、失意のどん底といった様子で何を言っても聞こえなさそうなミアの目の前に、道具鞄から取り出した指環をチラつかせた。
「……え? 指環……?」
ミアの目がそれを捉えたのを機に、ムサシがスッと持ち上げれば、それを目で追って俯いていたミアの顔も持ち上がる。
「聞いてなかったのは悪いと思うけど、俺としては好都合だ。やっぱり、こういう事は男のほうからしないとな?」
「え? え?」
ムサシは姿勢を正し――
「寂しい思いをさせてしまってすまない」
「え? え? え?」
真摯な眼差しで困惑するミアの瞳を見詰め――
「長い間離れ離れだったけど、これからはずっと俺の側にいてほしい」
「ムサシ…先輩……?」
――告白する。
「ミアの事が好きだ。――結婚してくれ」
それは、紛れもないムサシの本心。愛だの恋だのはよく分からないが、ミアの事は好きだ。
それ故に不自然さがなく、誰の目から見ても嘘偽りのない本当の愛の告白に見えた。ムサシに偽者を演じろと唆した周囲の乙女達にも。そして、当のミアにも。
だからだろう。どうやら刺激が強過ぎたらしく、ミアがフリーズしてしまった。
目を瞠って呼吸すら止まってしまっているその様子に、やりきったと思ったムサシは内心で、えぇ~~~~ッ!? と悲鳴を上げ、目で周囲に助けを求める。
「……は、はいッ!!」
周囲からヒソヒソと促されて再起動したミアの返事を受け取って、ムサシはミアの左手を取り、薬指に指環を――交易都市メンディの冒険者ギルドの合成装置で偶然出来た〔魔導神の指環〕を嵌めた。
事情を知っている周囲のお色気過多な女性冒険者達や武装女子高生達は、不自然にならないよう気をつけつつ盛大に拍手して2人を祝福する。
すると、ムサシを勧誘しようとしていたグループと、騒動を鎮圧するために出動したギルド子飼いの者達からも、2人に祝福の拍手が送られた。
それだけではなく、やっかみのブーイングがある。
敵の敵は、やはり敵。ムサシはぶちのめしたいが、それ以上に余所者がでかい面をしているのが気に入らない。奴らの面目を潰してやろう――そんな悪意からの拍手や口笛も混じっている。
それでも、拍手が周囲にどんどん広がっていき、更には各階の吹き抜けから階下を見下ろせるスペースからも拍手が降ってきた。
「……ぴったりです。どうして私の指のサイズが分かったんですか?」
薔薇色に染まった頬に右手を当て、薬指に指環を嵌めた自分の左手をうっとりと眺めながら言うミア。
流石は神話級アイテム。当然のようにサイズを調節する機能が備わっているらしい。とはいえ、喜んでいるのだから野暮は言うまい。
「ミア、周りを見てみな」
ムサシに促されて初めて周囲の状況に気付いたミアは、喜びのあまり涙ぐみ、
「こんなに祝福されちゃって、どうするよ?」
ストーカーエルフを騙すための演技なのに、とは口にせず、困ったようにそんな事を言うムサシ。だが、悪い気分ではないので自然と笑みが浮かぶ。
そして、感極まったミアはムサシの胸に飛び込んだ。
抱き合う2人の姿に祝福の歓声、口笛、拍手はより一層高まり――この世の全てを呪うかのような絶叫が祝福ムードをぶち壊す。
怒髪天を衝くといった様子で顔を赤黒く染めたストーカーエルフは、指環が入った小箱を地面に力一杯叩き付け、踏み躙り、地団駄を踏み、髪を振り乱して頭を掻き毟り、唾と罵詈雑言を撒き散らし……とにかく酷過ぎた。
フリーデン中がドン引く程の醜態を演じたストーカーエルフは、暴れて疲れ果てたらしく動きを止め、しばらく荒い呼吸を繰り返した後、ざっと身だしなみを整え、
「エウフェミアは無傷で捕らえろ。他は殺せ。――当初の手筈通りになッ!!」
すまし顔でそう言い放つ。自分の中でいろいろなかった事にしたらしい。
それを受けて傍らに控えていた側近のエルフ達が周囲に指示を飛ばし、ストーカーエルフの親の金で雇われた精霊族のみで構成された集団は、報酬分の仕事はしようと気持ちを入れ替え、一斉に得物を抜き放った。