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『 エウフェミア 』

 ――『自由都市フリーデン』 


 《エターナル・スフィア》の公式設定上では、かつておよそ4万キロ上空の静止軌道ステーションと地上をつないでいた軌道エレベーターの残骸を利用して築かれたとされている積層型の都市。外郭をそのまま利用している市壁の高さはおよそ300メートル。上部は櫛の歯が欠けたように凸凹しており、ゲートは北と南の2つ。


 その南側のゲートを、装輪式装甲車輌ストライカーと兵站輸送用装甲トレーラーで編成された一団が通過した。


「あぁ~……、本当にそのままなんだなぁ……」


 思わず走行するストライカーの上で立ち上がり、感慨深げに呟くムサシ。その周りを囲むように座っている武装女子高生達は、無邪気にはしゃぐその姿を微笑ましそうに見詰め、前後の車輌からも似たような視線がムサシに向けられている。


 ムサシの記憶が確かなら、現在通行中の長いトンネルは外周区画、中間区画を貫いて中央区画へ到る。そして、構造が複雑なため大雑把に下層、中層、上層と別けられているが、各階を貫いて空まで吹き抜けになった壮大な眺めが広がっているはずだ。


「あれ? あれれれれぇ~~?」


 だが、車輌の列は直進せず、分岐していた脇道に逸れ、立体駐車場のような螺旋状のスロープを登って行く。なんでも、彼女達の拠点ホームがある中層までこのまま車輌で行けるらしい。


 ムサシの記憶だとこんな道はなかった。3年の間に増改築されたのか、そもそも似て非なる場所なのか……。う~む、と唸っている間にも一団は上へ上へと進み、現在位置が何階なのかを示す番号が振られている降口を通り過ぎる。


 そして、降口に印された『7』の数字を見た瞬間、ムサシは反射的にストライカーから飛び降りた。


「ここまで乗せてくれてありがとぉ~――~ッ!」


 一団は進み続け、車上の少女達がこちらに向かって何かを言っていたようだが、狭い空間に響くエンジン音などの騒音がひどくて聞き取れなかった。とりあえず感謝の言葉と共に大きく手を振っておく。


 彼女達を見送ってから、ムサシは下層7階の降口へ進んだ。


 ムサシを含む7人の剣道仲間で結成されたパーティの名前は〈セブンブレイド〉。紋章エンブレムは、7本の剣ではなく、七支刀しちしとう――左右交互に3つずつ枝刃が伸びていて1本で7つの切先を有する剣。幾度かの冒険を経て拠点ホームを構える事にした際、とことん『7』にこだわろうという事で、下層7階の7丁目7番地7号へ赴くと、幸運な事に空き家だったため、皆で資金を出し合って購入した。


 ムサシは資金を提供するだけで任せ切りだったが、内外共に大規模な改装が施され、不思議と居心地が好く、暇さえあれば皆で集まっていた思い入れの深いそのホームが……


「…………あった」


 ムサシは、ほっ、と胸を撫で下ろす。


 途中ですれ違うのは何故か女の子ばかりで男が見当たらず、そのせいかやたらと注目されていたのはまぁいいのだが、街並みがだいぶ変わっていたので、ひょっとしたらないのではないかと内心ドキドキだった。


 外観は、防衛力を重視したひたすら頑丈そうな立方体。3階建てで、1階が店舗と工房になっており、2階からが居住空間。


 ドアに七支刀の紋章が掛けられた1階の店は閉まっており、横の外階段で2階の玄関へ。ドアノブを握ると、科学か魔法か、生体認証でロックが自動で解除される。


「ただいまぁ~」


 条件反射でそう言いながら中へ入ると、広いリビングへ続くドアの向こうから、ガタンッ、と椅子が倒れるような音が聞こえた。後ろ手に玄関の戸を閉めると自動で鍵が掛かる。その間にも、パタパタパタ……ッ、と慌しい足音が近付いてきて、バタンッ、とリビングへ続くドアが勢いよく開いた。


「………先輩?」

「おう、久しぶりだな、ミア」


 そう言って屈託のない笑みを浮かべるムサシ。

 対する少女は、絶句して目を瞠っている。


 間違いない。彼女は剣友で後輩の『金森 紗希サキ』であり、〈セブンブレイド〉の一人、愛称『ミア』こと精霊族エルフの『エウフェミア』だ。


 ピンと長く尖った耳は俗に『エルフ耳』などと呼ばれるが精霊族共通の特徴で、腰に届く豊かな癖のない絹糸のような髪は真珠のような光沢がある白亜。澄んだ大きな瞳は虹色の光沢を持つ銀。肌理細やかな肌は透き通るように白く、身長150センチに届かない小柄で華奢な躰を包むのは清楚なワンピース。


 童顔のサキの面影と【識】のエルフの特徴を備えたエウフェミアは、この3年間で馴染んだというか、見事に融和したというか、まさに妖精のような浮世離れした絶世の美少女へと成長を遂げていた。


「……ほ、本当に、ムサシ先輩……なんですか?」


 ミアは、笑っているような、怒っているような、泣いているような、感情が飽和した曖昧な表情でふらふらと、まるで夢遊病者のような覚束ない足取りでムサシの許へ歩み寄り、手を伸ばして――あと少しで触れるというところで怯えたように引っ込めた。


 触れた瞬間に消えてしまうとでも思ったのか、ムサシはそんな様子に苦笑してから、ぽんっ、とミアの頭に手を乗せ、髪を梳くように優しく撫でる。


「元気にしてたか?」


 ミアは、目を見開いてまじまじとムサシの顔を見詰め……不意に糸の切れた操り人形のように、ペタンと座り込み俯いてしまった。


「おいおい、どうした――」

「――ぅああああああああぁ~……」


 ムサシがしゃがんでミアの顔を覗き込もうとした時、ミアが大声で泣き出した。


「……ぁあああああぁ~……、……ぁあああああああぁ~……」


 滂沱の涙を流し、鼻水ずるずるで、大口を開けて子供のように泣きじゃくる。


 びっくりしたムサシは、目を丸くして言葉を失っていたが、


「……ぷっ、……くくくっ……あははっ……アァ~ハッハッハッハッハッ!」


 堪えきれずに吹き出し、衝動を抑えきれずそのまま笑い出した。


 今度は大泣きしていたはずのミアがびっくりして目を丸くし、思わず泣き止んで言葉を失っていたが、ひっくひっく、としゃくりあげながら不満を訴える。


「……うぅ~……、ど、どうじ…どうして笑うんですかぁ……うぅ~……」

「いや、だって――ぷっ、だってお前、涙と鼻水ですごい顔に……くくくっ」

「……せ、せんぱいの……せんぱいの……ばがぁああああああああああぁ……ッ!!」


 ミアは、鼻水をずるずる垂らしながら滂沱の涙を流して大号泣し、

 ムサシは、唾を飛ばしながら目に涙を浮かべ腹を抱えて大爆笑する。


 しばらくの間、泣き声と笑い声が音量を競うかのように響き続けた。


 そして、ミアが泣いて泣いて泣き続けて頭が真っ白になり、何故自分が泣いているのかすら分からなくなってきた頃、ムサシが、……はぁ~ぁあ、と息をついて笑いの衝動を鎮め、目に浮かんだ涙を拭う。


 ここは玄関で、屋内は土足厳禁。故に、ムサシは腰を下ろして草鞋を脱ぎ、ついでに足袋も脱いで道具鞄に入れた。そうしている間にミアが、ひっくひっく、としゃくりあげながら自分のハンカチで涙とその他諸々を拭っていたので、その隣にしゃがんで言う。


「どうした? もっと泣けよ」

「ふぇ?」


 ムサシは、恨みがましそうに泣いて赤くなった目を向けてきたミアに微笑みかけ、


「顔を一目見て分かった。お前、またずっと一人でいろいろ抱え込んでたんだろ? 後でたくさん笑わせてやるから、今はスッキリするまで思いっきり泣けよ」


 親愛の情を込めて頭をグリグリ撫でた。すると、ぽかんとしていたミアは顔をふにゃっと歪めてまたぽろぽろと涙を溢し、自分の頭を撫でていた手を取って頬に当てる。


「……せんぱい……~、……ムサシせんぱいぃ……~っ」

「おう、俺はここにいるよ」


 ムサシは、とりあえず玄関から移動するためミアを俵のように肩に担いだ――が、どうやらその扱いに不満があったらしく、ゴスッ、と後頭部に肘が入ったので黙ってお姫様抱っこに変更し、リビングへ移動した。




 その広々とした部屋はいわゆるリビング・ダイニングで、インテリアは和洋折衷。奥には誰も能力アビリティ【料理】を取得していないのに何故かこだわりの対面式キッチンがあり、部屋の隅には6畳ほどの小上がりの座敷がある。


 キッチン前のフローリングに置かれた8人掛けのテーブルは、現在仕事用に使われているらしくファイルが整然と並べられており、広げられた書類と筆記用具、それと8脚ある椅子の内の1つが倒れている事から察するに、先程までミアがそこで書類仕事をしていたのだろう。


 小上がりの座敷には卓袱台が置かれ、フローリングの一角に布かれたふかふかの絨毯の上には、アンティーク調の座卓を囲むように、座椅子と一人用の丸い茣蓙と躰にフィットするソファーが5つ並んでいる。


 ムサシは、自分の定位置である小上がりの座敷へ向かおうとしたのだが、お姫様抱っこしているミアが、んっ、と絨毯のほうを指差すので行き先をそちらへ変更した。


 ――それから数時間後。


「……3年、……3年ですよ? 先輩はどこで何をしていたんですか?」


 いつの間にか泣き疲れて眠ってしまい、目が覚めて、横になったムサシのお腹を枕に『ト』の字で寝ていた事に気付いた時は動揺した。しかし、今はこの姿勢がとても安心できて落ち着くので、ミアはそのままの姿勢で問いかける。


「一言で言ったら、修行だな」


 始めは膝枕のような姿勢でしばらく髪を梳くように頭を撫でていたのだが、ミアは泣き疲れて眠ってしまってからも服を掴んだまま話してくれない。故に、仕方なくそのまま絨毯の上で道具鞄を枕にして昼寝をしていたムサシは、ちょうど撫でやすい位置にあるミアの頭を撫でながらそう答えた。


 ちなみに、ミアが離れてくれないので除装するのにだいぶ手間取ったが、大小の二刀と印籠、籠手、脛当て、着物の袖と袴の裾を纏めていた手甲と脚絆は道具鞄の中。


「一言で言わなくていいです。〝あの日〟から今日までの事を聞かせて下さい」

「俺は、サラダポダルサの森の最深部にいた。で、気付けば『絶望の森』って呼ばれている場所の最深部にいた」

「絶望の森……それって、あの噂の?」

「あぁ、それはデマだ。その噂を聞いたのは森を出た後だけど、その前に森中探検したから間違いない。そのデマを信じたらしい奴らが大勢転がってたよ」


 ミアは小さく息を飲み、躰を強張らせた。ムサシは、ぽんぽんっ、とミアの頭を撫で、躰の力みが取れたところで話を元に戻す。


 相手が誰であれ、ファティマの隠れ里の事を語るつもりはないので省き、これまでの経緯をざっくりと話して聞かせた。


 ミアは、黙って耳を傾けていたが、一通り聞き終えると、


「先輩が修行に明け暮れている間に、いろんな事が起こったんです。」


 そう淡々と語り始めた。


「……今、フリーデンには私しかいません。くろがね先輩とカナタ君は、妖魅族の本拠地がある極彩色の諸島へ、てん先輩は、機巧族の本拠地、天空を絶えず移動し続ける超弩級飛行空母『デウス・エクス・マキナ』に向かいました」


 妖魅族の鉄こと『打ち砕く鉄』とは、《エターナル・スフィア》での『藤堂 タケル』の事。同じく妖魅族の『カナタ』は『小鳥遊 ハルカ』の事。天こと機巧族の『天佑七式』は『佐伯 祐介ユウスケ』の事。


 ミアは、そして……、と躊躇うような間を置き、震える小さな声で言った。


みこと先輩とジャッキー先輩は……いません。もうどこにも……」


 ムサシは微動だにせず、何も言わなかった。


 しばらくの間、ミアがすすり泣く声だけが部屋に響き……


「……わ、私は言ったんです……ッ! あの瞬間にログインしていた人達全員が巻き込まれたのなら、ムサシ先輩も必ずいるはずだってッ! だから捜しに行こうってッ! でも、みんな『あいつなら心配いらない』とか『その内ひょっこり現われる』とか、『今は状況を把握するのが先決だ』って賛成してくれなくて……ッ! それで……それで……ッ!」


 嗚咽交じりに話し、感情的になって乱れた呼吸を少し整えてから、


「……一ヶ月が過ぎた頃、突然オークの大群が押し寄せてきたんです。ゲートを閉めて篭城すると、オークの大群はフリーデンを諦めてリベルタースへ移動を始めました」


 『リベルタース』は、東にあるフリーデンの衛星都市で、大きな港がある。


「ジャッキー先輩が、リベルタースの戦力だけじゃ長くは持たないから助けに行かないと、って言って、他の戦闘系クランの人達と一緒に、私達も戦いました。〔ティンクトラ〕の事は早い段階で判っていたので、スキルを使って……。でも、ゲームと全然違って……ッ! モンスターは獰猛で、動きは速いし、気持ち悪いし、……それに、酷い体臭や血や肉の焼ける匂いが……ッ!」


 ミアは震えながら着物をギュッと掴み、額をムサシのお腹に押し当てて、


「先輩さえ……先輩さえいてくれたら命先輩は……ッ! ジャッキー先輩だってあんな事……ッ! 勝ったって……勝ったって先輩が……先輩が死んじゃったら……~ッ!」


 その先は、もう言葉にならなかった。


 ミアの嗚咽を聞きながら、ムサシは重いため息をついて目を閉じた。


 真人族の『言祝ことほみこと』こと『姉崎 樹理愛ジュリア』は、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能で人柄も好い完璧超人だが、頼られると断れないどうしようもないお人好し。将来はどうしようもない男に引っかかって散々弄ばれ貢がされた挙句、ボロボロにされて捨てられるだろうと皆が言っていた。


 だからこそ、機巧族の『フルメタル・ジャッキー』こと『朝倉 龍也タツヤ』がずっと側にいた。面倒見がよく、努力家で苦労性。パーティ〈セブンブレイド〉のリーダーで、皆の兄貴分。


 頼られるばかりで頼るのが下手なジュリも、幼馴染みの中で一番付き合いの長いタツヤにだけは遠慮なく頼る事ができ、周りからカップルだ夫婦だとからかわれると、2人とも真っ赤になってあーだこーだ言ってはぐらかしていたが、否定した事は1度もなかった。


 ミアの断片的な話しだけで、2人の最後は容易に想像できる。


 上級職【神和之媛巫女かんなぎのひめみこ】で治癒、防御、支援を極めていたみことは、自分自身を犠牲にして仲間を瞬時に全快させ、全ステータスを大幅に増幅し、3分間15秒ごとに一定のHPが回復し続ける【人柱の儀】を、手に入れたものの自分では使えないので命に譲渡した〔秘伝奥義書〕の秘術スキルを使ったのだろう。


 何も考えず、ただただ窮地に陥った仲間を助けたい一心で……。


 そしてその後、ジャッキーは、敵中枢に特攻し、デスペナルティが酷過ぎてゲームの時ですら1度も使った事がなかった機巧族専用特殊スキル【自爆】を使い、戦いを早期終結させたに違いない。


 ただの自暴自棄ではなく、これ以上犠牲が出ないために、そして、大切な人を失うという自分の二の舞を演じさせないために……。


「……先輩さえ…いてくれたら……~ッ!」


 ムサシは、何も言い返さなかった。




 もう一泣きした後、ミアは、顔を洗ってきます、と言って部屋を出て行った。ムサシは小上がりの座敷へ移動し、卓袱台を畳んで壁に立てかけ、思いっきり手足を伸ばして久しぶりの畳を堪能する。


 程なくして戻ってきたミアは、ムサシに2つの〔ティンクトラの記憶〕を差し出した。ムサシはそれを受け取り、


兄者ジャッキー姉上みことか?」

「はい。命先輩のは、ジャッキー先輩が回収して私に『大事に持っててくれ』って……。ジャッキー先輩のは、カナタ君が爆心地から回収してきてくれたんです」

「継承しなかったんだな」


 ムサシがそう言いつつ返すと、ミアは何も言わずその2つを大切そうに抱き締めた。


(という事は、ギルドはまだ2人の『死亡』を確認していない、か……)


 思考に沈みかけたムサシを、先輩、というミアの呼び声が引き戻した。


「先輩は、これからどうするつもりなんですか?」

「とりあえず、兄者と姉上を復活させようと思ってる」

「………………は?」

「方針を立てるのは兄者の領分だからな。復活させてこれからの事を考えてもらおう」

「ちょっ、ちょっと待って下さいッ! 先輩達を復活させる? そ、そんな事が本当にできるんですかッ!?」

「たぶんな」

「たぶん、って――」

 ――何故そう思うんですか? と続くはずだった言葉を、ミアは咄嗟に飲み込んだ。


「ん? なに笑ってるんだ?」

「すみません。ちょっと、思い出し笑いです」


 ミアは、きょとんとするムサシを見て思わず、ふふふっ、と笑みを溢す。相変わらずなのが面白くて、変わらずにいてくれた事が嬉しくて、本当に久しぶりに胸が温かくなった。


 本人にその自覚はないだろうが、ムサシは昔から勘で物を言わない。それが正解かは別として、発言にはそれなりの理由と根拠が存在する。


 数学に例えるなら、問題の式を見た瞬間にパッと暗算して解答用紙に答えだけを書くようなもの。途中の式も書きなさい、と言われると、勘で適当に答えている訳ではないのでちゃんと書けるのだが、過程を思い出しながら最初から最後まで書く分だけ時間と労力が必要になる。


 今のもおそらく、これまでに見聞きした情報から直感的かつ瞬間的に『できる』と判断したのだ。だがここで、何故? どうして? と訊いてしまうと、そう判断した根拠となる情報はいつどこで得たのだったかと思い出そうとして考え込んでしまい、途中で面倒臭くなって端折ろうとするぐらいならまだ良いが、最悪だと上手く思い出せずに混乱した挙句、まぁいいか、とバッサリ切り捨てて興味や意欲を失ってしまう。


 故に、今訊くべきは……


「私は、何をすればいいですか?」

「兄者と姉上の〔ティンクトラの記憶〕を大切に保管しておいてくれ。それと、〔ティンクトラ〕を創造したらしい『古の賢者』について何か知ってたら教えてほしい」


「古の賢者……。私も『〔ティンクトラ〕を創造した人物』という事ぐらいしか……、――あっ! ひょっとしたら、アルトス教団の人に訊けば何か分かるかもしれません! 知り合いにいるので、今度訊いてみます」


 ムサシは、よろしく、と頼んでから、ふと遠い目をして呟いた。


「アルトス教団か……。にゃんこ、元気にしてるかな……」


 絶望の森で子猫を助けたあたりは端折ったため、ムサシが何を言っているのか分からないミアが、にゃんこ? と小首を傾げる。その小動物っぽくて可愛い仕草に和んだムサシがおもむろにミアの頭を撫でると、ミアは耳まで真っ赤になった。


「とりあえず、先輩はご自分のお部屋に戻って、どんな家具がほしいか考えておいて下さい。あとで買いに行きましょう」


 頭から離れてしまった手の感触を名残惜しみつつ言うミア。その後、小声で、先輩と一緒ならきっと大丈夫……、と自分に言い聞かせるように言っていたのだが、その前のミアの発言に驚いて、えッ!? と目を丸くしていたムサシは聞き逃した。


「俺の部屋なんてあるの?」

「え? ひょっとして、知らなかったんですか?」


 うん、と頷くムサシ。1階の工房に用がある時以外は、座敷でゴロゴロしているのが常だった。今ふと気付いたのだが、3階へ続く階段を上った記憶がない。


 全員分の個室があるとの事で、ミアに案内されて始めて3階へ行くと、『ムサシ』と刻まれている刀を意匠化した木製のプレートが掛けられているドアがあった。


 ミアに促されて、ちょっとドキドキしながらドアを開ける。

 その部屋は十分過ぎるほどの広さがあり、素振りと型稽古ならここでできるだろう。手前はフローリングで奥には畳が敷かれており、誰が用意してくれたのか、折りたたまれた布団と文机、二刀用の刀架がある。天井を見ると、味のある太い木の梁が露出していて好い感じだ。


「――先輩」


 そう声をかけられて振り返ると、瞳を潤ませて頬をほんのり桜色に染めたミアが、にっこりと蕾がほころぶように微笑み、


「――お帰りなさい」


 ムサシは、束の間そのあまりの可憐さに思わず見惚れてから、


「ただいま」


 そう言って、にっ、と無邪気に笑う。


 感極まって胸に飛び込んできたミアを、ムサシは優しく抱きとめた。




 ――『〈セブンブレイド〉が一人、〝神威の絶刀ゴッドスレイヤー〟のムサシ、――帰還ッ!!!!』

 その報せは音を超える速さで広まり、幾つもの火種を抱えたフリーデンを震撼させた。


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