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『 手合わせと演武 』

 一晩明けて、


「――どうか一手ご教授願いますッ!!」


 ファルファが拱手抱拳――指をまっすぐ伸ばした左掌に右拳を当てた武術的な礼をしてそう声を張り上げたのは、酔狂ムサシが日課の朝稽古を終えて戻り、こちらももう日課と言って良いだろう、ユフィ、かえでもみじの朝稽古に合流した時の事。今日はファルファも参加し、レナは見学していたようだ。


 武をたしなむ者同士がお互いの事を知り合うにはそうするのが一番。遅かれ早かれこうなるだろうと思っていた酔狂はその申し出を受け、早速ファルファと手合わせする事に。


「本当にここで良いのか?」


 そこは、広いホールの片隅、真秀庵まほらあんの前。秘密の地下施設ファクトリー内は、都市結界の影響下だから、ではなく、拠点ホームの管理者であるフラウの権限で【ステータス】と【技能】に制限がかけられている。


 酔狂の問いに、はいっ、と答えたファルファは、続く、フラウに頼んで限定的に制限を解除してもらおうか、という提案には、いいえ、と首を横に振った。どうやら、地力のみで手合わせをお望みらしい。


 そんなファルファの装備は、アルトス教団の前衛用に改造された神官服。そして、両手足には見覚えのある〔隕鉄〕シリーズの甲拳と脚甲。得物は手にしていない。


 それを見て、酔狂は〔アデプトスタッフ〕と〔妖刀・殺生丸〕をユフィに預けた。


「木剣を使わないのですか?」

「得物には得物を、無手には無手を、――それが俺の流儀でね」


 そう言って姿勢を正し、お願いします、と武人の礼――相手から目を離さないよう直立から腰をおよそ三〇度曲げる浅い礼をしてから、すっ、と構えをとる酔狂。


 それを見て、ユフィ、楓、椛は、驚くと言う程ではないが、意外そうな顔をした。何故なら、酔狂は無手の時、構えをとらず両手を、だら~ん、と垂らした自然体を好む事を知っているからだ。


 では、どうして酔狂は構えたのか? それは、どうやら侮られていると思ったらしいファルファが、ほんのわずかに不満そうな表情を覗かせたのを見逃さなかったからだ。


 おそらく、昨夜は特別に全ての【秘匿】を解除して【ライセンス】を見せてあげたのに、【勇者】や【英雄】を探すのに必死で、その二つはなかった、としか覚えていないのだろう。【投極の達人】がある事を知っていればそんな顔はしないはずだ。


 ――何はともあれ。


 重心を軽く落として腰に余裕を持たせたいわゆる〝居合腰〟で、両手は指をまっすぐ伸ばして手刀は作らず、胸の前で『ハ』の字を作ってから左手を腰の高さまで下ろす――その堂に入った構えを見て、ファルファの表情に緊張が奔る。


「よろしくお願いしますッ!」


 ファルファも拱手抱拳し、構えをとった。右足を前へ滑らせるように送り出しながら軽く重心を落としつつ半身になり、スッと背筋を伸ばして胸を張り、肩と肘にゆとりを持たせた右腕の掌を胸の高さで相手に向け、左手を左腰に引き付けて軽く拳を作る。


 開始の合図はない。


 二人は束の間見合い……先に動いたのは酔狂。摺り足で無造作に間合いを詰める。


 それに対して、ファルファは放たれた矢のような鋭い拳打を繰り出した――直後、


「……え? ――あぅッ!?」


 気が付いた時にはもう仰向けに倒されていて、次の瞬間には流れるように転がされてうつ伏せの状態で捕られている右腕を背にねじりあげられ、肩、肘、手首を壊されると直感して反射的に予想される激痛に身構え――


「――それまでッ!」


 ユフィの声が響き、解放された。


「ファルファ」


 斬って落とすまさに居合が如き投げ技の冴えに度肝を抜かれ、思考停止状態のまま無意識に躰を起こしたものの立ち上がれずにいたファルファは、名を呼ばれて、はっ、と我に返り、差し出されていた手を借りて立ち上がる。そして、


「もう一本行くかい?」

「は、はいっ! お願いします!」


 そう言って距離をとり、構えをとった。


 対する酔狂は構えず、ただ佇んでいるようにしか見えない自然体。


 だがしかし、ファルファはその姿を見ても自分が侮られているなどとは微塵も思わず、実戦さながらのレベルまで集中力を高めた。




 手合わせ二本目。


 酔狂は投げ技と極め技を封じ、拳法特有の一見無意味なように思えて全てに意味がある複雑な動作から繰り出されるファルファの連撃を、体捌きと肘を支点に手掌を旋転させる動きでことごとけ、かわし、なし、弾いて逸らし……


「――それまでッ!」


 開始からおよそ五分後。頃合いを見計らってユフィが止めをかけた。


『ありがとうございました』


 酔狂は一礼し、ファルファは拱手抱拳する。


 二人はどちらも全てを出し尽くした訳ではない。だが、呼吸を乱すどころか汗一つ掻いていない酔狂を見て、ファルファは顎先に垂れてきた汗を手の甲で拭いつつ、単独で城へ乗り込みクロードを救出するという独断専行が、匹夫の勇や無謀な行いではなかったのだと自分を納得させる事ができた。


 その一方で、酔狂は、ファルファが師にすら隠していた事実を見抜いて問いかける。


「お前さん、天然だな」

「え?」

「己の内に存在する霊力を操るすべの事だ。ごく自然に循環している一方で練りは甘い。お前さんのは、俺達のように会得しようとしてしたものじゃない」

「な、何を言っているんですか? これは、お世話になっていた〈エルミタージュ武術館〉で教えて頂いたもので……っ」


 動揺を隠そうとして隠し切れない――そんなファルファの様子を見て、酔狂は、ふむ、と首を傾げ、まぁいいか、と呟いた。それから、


「もう一本、今度は得物を使って行ってみるかい?」


 ファルファはその申し出を辞退した。理由は、酔狂相手に加減する事などできないため危険だから。


 しかし、どういうものか知っておいてほしい、との事で、ファルファの演武を見せてもらう事に。


「〔ヘール・ボップ彗星錘すいせいすい〕は受け継がなかったのか?」


 ファルファが手にしている得物が、自在に伸縮するしなやかな細縄の先にボーリングのボールよりも一回り以上大きいおもりと言うより鉄球が付いている単星錘ではなく、細くしなやかなおよそ一〇メートルの鋼紐ワイヤーの両端にゴルフボール程のおもりが付いた流星錘――〔起風発雷の双流星〕なのを見て訊くと、


「あんなものを使いこなせるのは師匠だけです」


 あのゲテモノの超絶的破壊力を思い出したのか、ファルファはそう言って、ぶるっ、と躰を震わせた。


 ――それはさておき。


 振り回して横に薙いだり、縦に打ち下ろしたり、槍の刺突のように一直線に放ったりといった基本的な使い方だけではなく、紐の中心を掴んで多方向を同時に攻撃したり、掴む場所を変えて間合いを変化させたり、肘や膝に引っ掛ける事で急激に軌道を変えたりと舞うように繰り出される技の数々は実に多彩で美しく、それでいて易々と肉を潰して骨を砕くだろうその威力を想像させる錘が空を切る音の響きがゾッと背筋を震わせる。


 披露された演武は実に見事で、ファルファの師であるファラが『縄鏢術』と呼んでいた技は、確かに弟子へ受け継がれていた。


 演武が終了し、惜しみのない拍手で絶賛するユフィ、楓、椛、レナ。ただ一人、酔狂だけが腕組みして、ふむ、と何事かを思案している。


 それに正面のファルファとすぐ隣のユフィが気付き、


「先輩?」

「ん?」

「どうかしたんですか?」

「ん~――…、まぁいいか」

「ものすごく不安そうにしているので、ファルファさんの事ならちゃんと言ってあげて下さい」

「お願いしますッ!」


 ミアにそう言われ、ファルファにそう乞われ、酔狂は、ふむ、と腕組みして黙考し、ファルファを不安がらせ……おもむろに組んでいた腕を解くと、道具鞄から細かいチェーンが付いたいかりのキーホルダーのようなものを取り出して、ほい、と差し出した。


「……あの、これは?」


 受け取って、自分の掌の上のそれをマジマジと見詰めてから問うファルファ。


「〔大激怒の大錨アンガーアンカー〕だ」

「え? アンガーアンカー?」

「演武については、どうにも語彙が少なくて、凄いとか、お見事としか言えない。あとは実際に戦っているところを見もしないで言うような事じゃない。だから、今はいざと言う時に備えてそれを渡しとく」

「はぁ……?」

「まだ未覚醒状態だから、鎖を持って〝気〟を……霊力を込めてみな」


 そう促されて素直に遵うファルファ。実は〔大激怒の大錨それ〕が師匠の〔ヘール・ボップ彗星錘〕を超える幻想級武具であるという事を知って恐れおののき悲鳴を上げて半狂乱になるのは、霊力を込めて覚醒させ、譲渡不可で返却不可の状態になってからの事だった。




 ――何はともあれ。


 皇帝に西の異変を報せる、という一つの目的を達したクロードは、いよいよ後顧の憂いなく世界の危機――亡国の国家管理プログラム『アイオーン』の復活を阻止するための、またはそれが叶わなかった場合、それを撃破するための行動に取り組む事ができるようになった。


 そこで、訓練以外に急いですべき事として挙げられたのが、兵站へいたん機能を確保する事と、現地――遺跡の町『ベダン』に留まって偵察している仲間と連絡を取る事の二つ。


 確かに、多くを率いて戦うなら、食糧や消耗品など必要なものを調達し、必要な時に、必要な量を、必要な場所へ補給できるようにしておかなければならないし、『敵を知り己を知れば百戦危うからず』というように、敵を知る事は重要だ。しかも、その連絡を取ろうとしている仲間というのがドライバー候補でもあるらしい。


「現状を知るためにも、共に戦う仲間を集めるためにも、俺達はいったんゼグラードに戻ろうと思います」

「それに、地元のほうなら何人か後援者パトロンになってくれそうな人に心当たりがあるしな」


 クロードとロビンの発言にビアンカとミスティが頷き、


「僕はファクトリーここに残るよ。ついて行っても役に立てないけど、ここでならできる事があるからね」


 役に立たないという部分だけ否定し、クロード達はアイザックの自由行動を認めた。


 その一方、


「私達は、帝都に本店があると言っていた商人のイザークさんを訪ねてみようと思います」

クラン〈女子高〉みんなを受け入れる態勢を整えなきゃいけませんし」


 そう言ったのはユフィとレナで、


『私達は』

「連絡役としてクロードさん達に同行しようと思います」

「そうすれば〔カグヤ〕と〔アルファード〕も小さくして連れて行けるしね」


 そう申し出た楓と椛に許可を求められた酔狂は、分かった、と自分の代わりに一行を護衛するつもりらしい二人の意思を尊重し、クロード達は二人の同行を快諾した。


 そんな訳で――


 フラウとアイザックは秘密の地下施設ファクトリーで留守番。


 酔狂、ユフィ、レナ、ファルファは、商人イザークを訪ねて帝都の本店へ。


 クロード、ミスティ、ビアンカ、ロビン、楓、椛は、城郭都市ゼグラードへ。


 朝食後、準備ができ次第それぞれが成すべきを成すために行動を開始した。




 今では【天眼通】に含まれるスキル【千里眼】は、文字通り千里の彼方の光景すら見る事ができるのだが、全てを鮮明に見通す事ができる訳ではない。はっきり見えるのは、目の前から数万キロの間で焦点ピントがあっている部分だけ。なので、正直なところ使い勝手は良くない。


 だがしかし、【神境通】で空間転位できるのは、実際に一度は行った事がある場所か、目の届く範囲・・・・・・


 それ故に、酔狂はメニューの【地図/現在地】で確認できない場所であったとしても、【天眼通】と【神境通】の組み合わせで目的地へ空間転位する事ができる。


 酔狂は、クロードに方角と距離を聞いて、そちらへ向かってズンズン【天眼通】の焦点をずらして行き…………ゼグラードと思しき城郭都市を発見すると、怪しまれないよう、クロード一行をその近郊の森の中へ送り届けた。


 その後、こちら側は〔スプリガンの指環〕で小さくした決闘機モノマキアを伴わず、酔狂、ユフィ、レナ、ファルファ、非在化して不可視のアルジェとフィーと共に地下から地上へ――帝都アールグリフへやってきたのだが……


「先輩、本当に大丈夫なんですか?」


 両目を瞑ったまま仕込み杖つえをついている酔狂を見て、隣を歩くユフィが心配そうに声をかけた。


「おう、大丈夫だ」


 目を長時間酷使したような疲労があるため瞼を閉じているほうが楽だと言うだけで、視力を失っている訳でも負傷している訳でもないし、心眼を開いているので目を閉じていても行動に支障はない。


「あっ!」

「な、何ですかッ!?」


 酔狂が声を上げた途端、ユフィやすぐ後ろをついてきているレナとファルファが周囲を警戒し――


「『錬丹術師の酔狂』は、盲目の仕込み杖使い、って設定はどうだ?」


 良い事を思いついたと言わんばかりの酔狂の様子に肩透かしを食らった三人は、脱力したり嘆息したりした後に気を取り直して、


「先輩がそうしたいならそれでいいと思います。――あっ、でもそれだと、酔狂先生でいる間は景色を楽しめないんじゃないですか?」

「そうだな。やっぱやめよう」


 そんな会話から程なくして、酔狂一行は大通りに面した一等地で『アドラー商会』という看板が掛けられている大きな商店の前で足を止めた。


「ここですね、イザークさんが言っていたお店は」


 ユフィが言い、酔狂も閉じていた瞼を開いて店を見上げる。


『…………』


 酔狂、ユフィ、レナ、ファルファは店を見上げ……


「…………ん? 何で入らないんだ?」


 ただ単にぼぉ~っとしていただけの酔狂がふと我に返って横に並んで佇んでいる少女達に問うと、


「入りましょう」

「そうですね」

「お店の真ん前で立っていたらお客さん達の邪魔になってしまいますし……」


 そんな事を口にしながら入ろうとしない。


 酔狂はそんな乙女らを怪訝そうに見て、不意に嫌な予感を覚えた。


 そして、その理由を考えて…………


「そういえば……誰が交渉するんだ?」

『えッ!?』

「えッ!?」


 娘さん達は訊かれた内容に驚き、酔狂は驚かれた事に驚いて、


「俺の担当は肉体労働で、交渉なんて専門外だ」


 手持ちの宝石を換金してもらうのとは訳が違う。というか、自他共に認めるバカに交渉を任せようとしていたという事実に少なくない衝撃を受けた。


「私も肉体労働担当ですッ! 『本能と反射に頼らず頭を使え』ってよく師匠に怒られましたッ!」

「わ、私なんて標的ターゲットを撃ち抜く事しかできませんッ! 多少器用なだけであまり活力ないので肉体労働も無理ですッ!」


 口々に残念な主張をした三人の視線は、自然と【識】のエルフに向けられ――それにされるように数歩後退ったユフィはブンブン音が聞こえそうなほど思いっきり首を横に振る。その可憐な美貌からは血の気が引いていた。


(まぁ、俺と一緒にいる時はなりを潜めてるけど、人見知りと男性恐怖症をわずらってるユフィミアに、こんな大きな店を構える大商人との交渉は無理、か……)


 顔を見合わせた四人は、誰一人として自分に任せろと名乗り出る者はなく……


「ダメじゃん」


 酔狂が言うと、娘さん達は返す言葉もないようで……一行はここまで来て途方に暮れた。


 そもそも、イザークを訪ねようと言い出したのはユフィだったはず。しかし、それを指摘すると、今後こういう展開を忌避して何も言い出せなくなってしまいそうなのでぐっと飲み込み、はぁ……~っ、とため息をついた。


「……まぁいいか」


 このまま店の前で突っ立っていても、無為に時が流れるだけで埒が明かない。


「先輩?」

「とりあえず行ってみよう。当たって砕ける事になったとしても、このまま何もせずに帰るよりはいくらかましだろ」


 そう言って、酔狂はスタスタと店に足を踏み入れ、ユフィ、レナ、ファルファは慌ててその後を追った。

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