『 知己の弟子 』
アルトス教団の前衛用に改造された神官服を身に纏っているその少女は、『勇者様に命を救って頂いたにゃんこです!』と自己紹介し、
「にゃ――~っ」
実際に変化して見せられれば信じざるを得ない。
ちなみに、変化は、体外へ放出された〝気〟が煙というより濃い霧のように全身を包み込み、その中で一瞬にして行われる。人から猫へ変化する際、装備は自動的にチョーカーの飾りの十字架に象嵌されている宝珠に収納され、猫から人へ変化する際にも自動的に装着されるため、変化するたびに服が脱げて全裸になったりする事はなかった。
――それはさておき。
「あの時のにゃんこだってのは分かった。けど、『勇者様』ってなんだ?」
「ムサシ様が私の勇者様だからですッ!!」
それが完璧な説明だと思っているという事は、少女の憧れの人を見るようなキラキラした表情を見れば分かる。
「ふむ……まぁ、悪意がなきゃなんと呼んでくれても構わないんだが、――それはダメだ」
「どうしてですかッ!?」
「俺が【勇者】の称号を持っていないからだ」
「大丈夫です! ムサシ様なら確実に【勇者】の称号を得られますから!」
「そうかい? だがよ、――今の、俺は、持ってないし、なる、つもりも、ないんだ」
微笑みを浮かべた酔狂が抑揚なく言い聞かせるように告げると、少女は頭の上の猫耳をペタンと倒して震え上がった。
「それに、もしよければ、この格好の時は『酔狂』って呼んでくれ。人呼んで『酔狂先生』だ」
「は、はいっ! ――あっ!? 申し遅れました。私は『ファラファリファルファ・レファロ』と申します。どうぞ『ファルファ』とお呼び下さい!」
少女はそう名乗って深々とお辞儀し――酔狂とユフィは、その名を聞いて目を見開いた。
それは、その名前を知っていたからだ。
「なぁ、ファルファ。同じ名前で『ファラ』って名乗ってる人の事を知ってるか?」
「えッ!? お師匠様の事をご存知なんですかッ!?」
「お師匠様?」
「はい。二年足らずですが、私が聖痕を授かって旅立つまで師事していました」
『ファラ』こと『ファラファリファルファ・レファロ』は、戦闘系大手のクラン〈五行鏢局〉に属していた複数の中国拳法を使う真人族の【拳聖】で、主武装は甲拳、副武装は扱いの難しい縄の先に錘を付けた武器――〔流星錘〕を使いこなしていた女傑。【ステータス】重視型で、魔改造された流星錘――〔ヘール・ボップ彗星錘〕をぶん回し、その間合いの内側に入り込んできたものを〔隕鉄〕シリーズの甲拳・脚甲でぶちのめす剛の者。
少女――『ファルファ』の話を簡単にまとめると、傷を負って彷徨っていたファラは巡礼中の教団一行に助けられ、それをきっかけにアルトス教に帰依し、今もきっと人材の育成に尽力しているだろうとの事。
「師匠に後継者と認めて頂き、聖痕を授かった時にこの名前を、その後師匠の亡くなったお仲間の〔ティンクトラの記憶〕を託され、継承しました」
そうして獲得した可能性を創造する力は全て、【技能】を取得・修得するのではなく、【ステータス】の各パラメーターに割り振った。
そして、紆余曲折を経て、師匠と同じ《エターナル・スフィア》出身者達と出会い、パーティを組む事になり、絶望の森へ赴き……とここまで話したところで言葉が途切れた。
助けた時の状況を顧みれば、先を促して聞いても愉快な気持ちになれるような話ではない事は想像に難くないし、興味もない――と思っていたら、それを読んだかのようなタイミングでユフィが話の軌道を修正する。
「その絶望の森で先輩に助けられて、交易都市に運ばれた。そして、そのメンディからこのフリーデンまで先輩を追ってきたのは、やっぱり、アルトス教の教えに則って、勇者と認めた先輩の仲間になって支えるため、ですか?」
ユフィがそう訊くと、ファルファは、先輩? と首を傾げ、
「それが酔狂先生の事なら、――はいっ、その通りですッ!!」
満面の笑みを浮かべて肯定する。
「だそうですよ?」
「ふ~ん」
「『ふ~ん』じゃなくて、どうするんですか?」
「何が?」
「ファルファさんをパーティに加えるんですか?」
ユフィが訊くと、ファルファは仲間になりたそうにこちらを見ていて……
「パーティに入りたいって事なら、俺の一存で決めて良い事じゃないだろ」
「じゃあ、先輩の意見は?」
「嫌だ。俺を勇者扱いしたり、勇者にしようとしたり、やる事なす事に対して『それは勇者らしくない』とか『それは勇者のする事じゃない』とか小言を垂れて鬱陶しそうだからな」
「そっ、そんなことしませんッ!」
「どもったな」
「どもりましたね」
酔狂とユフィが疑念の篭った眼差しを向けると、ファルファは両手で口を押え、必死の形相で首を左右に振る。
――何はともあれ。
ダメだと言っても諦めそうになく、待っていた迎えがきたので、
「まずは仮加入。それで、パーティに馴染めるようだったら正式に加入、という事でどうでしょう?」
「それが嫌なら諦めてくれ」
「嫌じゃないですッ! それでお願いしますッ!」
という事になった。
ファルファは、旅の準備や、こちらに到着してから今日までお世話になったヨハンナ司祭を始めとしたフリーデンの教会の皆様に事情を説明するため、いったん別行動する事に。
そして、今回の来訪はアポなし。故に、クラン〈エルミタージュ武術館〉メンバーはほぼ出払っていたため、騒ぎになったり演奏をねだられて足止めを食う事もなく、酔狂、ユフィ、〔五常〕は、迎えに出てきてくれた男装の麗人――『サリチルさん』こと【上級仕立屋】の『サリチル・メチル・L・メントール』の案内で、通称『職人部屋』の趣味人の巣窟と化している〔小さな魔法の館〕、その三階の共同作業スペースへ。
そこで待っていたのは、サリチルさんの仕事仲間――ビキニアーマーの普及に熱心な生産職三人衆の二人で――
「お、お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおお――」
「――『お』はもういいから」
「お久しぶりですぅッ!!」
長い前髪で目許を隠したサツマイモの皮っぽい小豆色のジャージ上下姿の【上級防具職人】――『おののいも子』と、
「お久しぶり」
モスグリーンのツナギをキチッと身に着けている機巧族の無表情娘――『イトーちゃん』こと【宝飾職人】の『ANSWERイとウ』。
酔狂達は挨拶を返して早速用件を――『ユフィ』『楓』『椛』用の装備について相談した。
すると、
「イトーちゃんに相談する、――それが正解!」
彼女のキメ台詞なのか、ドヤ顔でサムズアップするイトーちゃん。
そんな彼女に対して、酔狂はよく分からないまま、にっ、と笑みを浮かべて親指を立て返した。
――それはさておき。
三人は顔を見合わせて、
「あ、あ、あのっ、ム、ムサシさん! て、てて、手持ちにないんですか? ハイランクの女性用防具」
「一からとなると、どうしても相応のお時間を頂かなければなりません」
「でも、仕立て直すだけならあっという間」
そう言われて、期せず絶望の森で手に入れたものがあった事を思い出し、あっ、と間の抜けた声を漏らす酔狂。自分もその中からこのローブを選んだのに、すっかり失念していた。
自分が持っていても宝の持ち腐れ。道具鞄の肥やし。
取り出してみるとかなりの数があり、ユフィ達の分を残して後は三人に譲るから売るなり相応しい人物に譲渡するなりしてくれ、と頼むと即行で断られた。
なんでも、生産職の端くれとしてただでもらう訳にはいかず、この世界では、未覚醒状態の伝説級ですら七桁から八桁の高額で扱われる。それ以上の品々を買い取る資金はないし……とかなんとかいろいろ言っていたが、要するに、扱いに困るから嫌だ、という事だろう。
――何はともあれ。
女性用防具はいったん三人に全て預け、その中から『ユフィ』『楓』『椛』に相応しいものを厳選し、そのままではなく少し手直しするとの事。なので、後日受け取りにくる事になった。
覚醒状態のハイランク装備にはサイズ調節機能が備わっている。それなら別に手直しする必要なんてないんじゃ? と思った酔狂だったが、職人としてそんな事は出来ない、とかなんとか三人に強く言われてしまうと反論できず、入手した経緯を知っているユフィに言わせると、そのまま身に着けるのはちょっと……、という事なので、それに従う事にした。
「どうして止めたんだ?」
酔狂がそう訊いたのは、中層にあるクラン〈女子高〉の拠点へ向かう途上での事。
クラン〈エルミタージュ武術館〉のホームを後にする際、酔狂は《MEU》プレイ経験者探しを手伝ってもらおうとしたのだが、ユフィに無言で袖を引かれ、出かかっていた言葉を飲み込んだ。
「やっぱり、チームワークって重要だと思うんです」
「クロード達が言ってたやつか」
「はい。マンガやアニメだと、結局活躍するのは、トップクラスの実力者だけを集めたエリートチームではなく、落ちこぼれだ何だと言われても抜群のチームワークで戦う主人公達ですし、リアルのサッカーや野球でも、お金に物を言わせてスター選手ばかりを集めても優勝できる訳じゃなでしょ?」
サッカーや野球の例えは興味がないから分からないが、
「――確かに」
「時間があるなら、日本代表みたいに、優秀な選手達を一箇所に集めて、共同生活しながら切磋琢磨してチームワークを養えばいいんでしょうけど……」
「そんな時間はないって言ってたな」
「はい。ですから、探してもらうのは、部隊で行動する事に慣れていて戦闘能力が高い〈女子高〉の皆さんに相談してみた後でいいと思うんです」
「ふむ。〔五常〕はどう思う?」
〔回答不能 戦闘支援AIは戦術レベルでのサポートを目的に設計されています 戦略レベルでの判断は現時点における私の領分を超えています〕
「現時点における私の、か……いいね」
酔狂はにやりと笑い、専門外は自分も同じ、とユフィの意見に賛成した。
フリーデンの中層には、博物館や図書館、劇場やコンサートホール、そして学校など、文化的な施設が多数存在し、海外のアパートのようなクラン〈女子高〉の拠点――〈女子寮〉があるのもその一角。
「――女子寮は男子禁制ですッ!」
何故か、ゼーハー息を荒げ、必死というか、どこか悔し気にも見える表情で〈女子寮〉の玄関前に立ち塞がる五人の少女達。
「何でそんなに必死なんだ?」
己が身を盾として男子の進入を阻もうとする少女達は答えず、たぶん間に合わなかったんですね、とユフィは見当がついているようだったが、酔狂がどういう事かと問う前に促されて、行ってきます、と一人の少女と共に中へ入って行った。
「なぁ、どういう事だと思う?」
〔回答不能 判断するために必要な情報が不足しています〕
「ふむ……まぁ何にせよ、ユフィにきてもらって良かったって事だな」
酔狂はそう結論付け、さて、と何をして待つか思案し……
「なぁ、〔五常〕。操縦訓練って広い場所がないとできないのか?」
〔シミュレーター・モードなら駐機状態でご利用になれます〕
それを聞いた酔狂は、残っている四人の少女に、この近くで〈女子高〉メンバー以外の人目につかないちょっとした広場はないか、と尋ね、絶対に整理整頓清潔清掃が行き届いていてほんのり花の香りが漂う〈女子寮〉の中には入らないという約束で裏庭に通された。
「ここなら大丈夫そうだな」
乗り手の指示に従って〔五常〕は〔旅人のマント〕を脱いで駐機姿勢をとり、酔狂は〔スプリガンの指環〕で〔五常〕を本来の大きさに戻す。そして、
「話が終わったらこっちに来るようミアに伝えてくれ」
目を真ん丸に、口をあんぐりと開けて驚いていた少女にそう頼み、酔狂は開放されたハッチからコックピットに乗り込んだ。
ハッチが閉じ、シミュレーターを起動する。
そして、まずはコード000〝チュートリアル〟で、機体の操縦に慣れるための訓練を開始した。
機体は、左手の聖痕を介してつながる事で動作をイメージするだけでその通りに動き、両足を乗せた短いスノーボードのような踏み板は、地上でのホバー移動や高機動のためのバーニア、空中ではスラスターを制御するために使用し、右手のグリップは武装の変更や照準、装備した銃砲火器や搭載されている高出力レーザーを発射するための引き金として使用する。
一通り試してみると、やはり想像していた以上に動かせた。反応も悪くない。【仙人】の躰と同じようにとまでは流石にいかないが、常人なら自分の躰より思い通りに動かせると興奮を隠しきれないだろう。
だが、人間には備わっていない機能――バーニアでのホバー移動はまだしも、飛行やスラスターを使用しての高機動空中戦は慣れるのに時間がかかりそうだった。
しかし、それ以上に問題なのは、優秀過ぎる姿勢制御システムに邪魔されて、意図的にバランスを崩して移動する古伝の身体操法【転ばし】が使えない事だ。
〔五常〕に相談すると調整は可能らしいのだが……
「いやはや、武の修行の他に戦の備え、それに加えて決闘機の操縦訓練か……。また嫁さんに寂しい思いをさせちまうなぁ……」
ちょっとしんみりした酔狂だったが、ならばこそ時間を無駄にはできないと訓練を続け…………
〔――酔狂様〕
〔五常〕の報せでシミュレーションを終了し、眼下に目を向ける。すると、いつの間にか駐機姿勢の〔五常〕はユフィを含む〈女子高〉メンバーに取り囲まれていて、驚いたり歓声を上げたりとちょっとした騒ぎになっていた。
外に出たら元気なお嬢さん達に囲まれて落ち着いて話を聞けそうになかったので、決闘機の手を伸ばしてユフィを掬い上げ、コックピットへ。
「あ、あの……どうしてここなんですか?」
横向きで酔狂の膝の上に座っているユフィが、頬をほんのり桜色に染めてそう訊くと、
「後ろの席に座ったらちゃんと目を見て話せないだろ?」
そうしれっと言って、かわいい嫁さんを両腕で包み込むように優しくぎゅっとする。
それから、操縦席で何してんのッ!? と姦しいので外の音を遮断し、〔五常〕に彼女達と会話して人と対話する経験を積むよう指示してからユフィの話を聞く。
それによると、『もえたん』こと『鳴沢 萌』率いる鳴沢小隊を始めとした選抜隊メンバーには、《MEU》をプレイした経験がある者達が、それもかつてのトップランカーが複数いたらしい。そして、プレイ経験者達だけではなく、特別選抜隊メンバーはほぼ全員が行きたいと訴えているとの事。
「次の遠征に向けて準備を進めていたので、急げば明後日には出発できるそうです」
「そいつは重畳」
「…………、先輩、希望者は全員連れて行くつもりですか?」
「仲間はずれにしたらかわいそうだろ」
「そういう問題じゃなくて――」
「――行ったら命を落とすかもしれない、か?」
「……はい」
「敵は《エターナル・スフィア》の魔神に勝るとも劣らず、戦えば必ず勝てるという保証はなく、生きては戻れないかもしれない、ってちゃんと伝えたんだろ?」
「はい」
「で、なんだって?」
「そんな事は百も承知だ、って言われました」
「で?」
「声をかけてくれてありがとう、って感謝されました」
「あとは?」
「敵の規模は? とか、味方の戦力は? とか、覚悟はできてる、とか、それを片付けたら乗ったモノマキアもらえるの? とか、それがあれば私達の世界が広がる、とか……みんなすごくやる気で、終わった後を考えてる人もいました」
「なるほど。戦い抜いた後、生き抜いた後の事を聞いちまったから、自分達が連れて行ったせいで死なせてしまった、って結末を想像して怖くなった、か」
「…………」
皆を利用しようというのではない。協力を求め、死の危険がある事を話し、それでも協力すると言ってやる気になってくれている。それで何故ユフィがこうなっているのか、酔狂にはまるで理解できなかったが、その心根の優しさ故に苦悩しているのだという事は何となく想像できる。
「まぁ、お前さんがどんなに反対しても、俺は行きたいと望んでいる娘らは全員連れて行くけどな」
「どうしてですか?」
「自分がされたら嫌だからだ。話を聞いてやる気になったのに、やっぱなし、なんて冗談じゃない」
酔狂は、そう言ってエルフの頭を、ぽんぽんっ、と撫でてから、話は終わりだと言わんばかりに昇降口を開放した。
その後、コックピットを見たいというJK達が押し寄せて機体を攀じ登り、〔五常〕が身動きできずしばらく足止めを食ったというのは余談だ。
そして、〔スプリガンの指環〕で人間サイズに縮めた〔五常〕に〔旅人のマント〕を纏わせてお暇する支度を整えた――その時になって、姿を見かけないな、と思っていたレナが、大きな背嚢やらライフルケースやらを装備した長距離行軍スタイルで現れた。
何やらトラウマを抱えてしまったらしいレナは、後日みんなと一緒に来ればいいのに、と言っても駄々っ子のように涙目で一緒に行くと言ってきかないので、まぁいいか、と連れて行く事に。どの道【狙撃の達人】の称号を保有する名手であるレナには来てもらう事になる。
万屋〈七宝〉に戻ると、ファルファが待っていた。ちなみに、こちらの荷物は小さなリュックが一つ。
酔狂は、ユフィと〔五常〕にやり残した事はないか確認してから、ナナミさんと、行ってきます、いってらっしゃい、と挨拶を交わしてフリーデンの外へ。そこで他に人目がない事を確認してから【神境通】を行使する準備を整え、皆を自分に掴まらせて一緒に一歩前へ――それでアールグリフに到着した。




