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『 《MEU》 』

 スロープを下り切った場所は何もないだだっ広いホールで、その正面の手摺から階下を見下ろすと、そこには八機ずつ二列横隊で来訪者を待ち続けていた巨大人型ロボット達の姿があった。


 正座に近い姿勢――爪先を立てて両膝をついた跪座きざで待機しているため正確な全高は分からないが、おそらく帝国主力機の『エスクード』よりも大きいだろう。前列の八機は同型で、後列の八機には大きさや装備などそれぞれに特徴がある。


「チェスをモチーフにしているみたいですね」


 上階の手摺からそれを見たユフィがそう口にすると、楓と椛、それにクロード達もそれに同意し、酔狂は何となく将棋を指したくなった。


 上階の端には階下へつながる大型車両用のスロープと人用の階段があり、一行は階段を下りてロボットの許へ。


 前列の八機は武装していないが、後列の八機はそれぞれ特徴的な得物を装備しているか傍らに置いてあり、すぐにでも出撃できる状態になっている。


「――すごいッ!! あぁ、すごい……ッ!! すごい、すごいすごいすごい――」


 大興奮のアイザックの口から、すごい、が溢れて止まらず、酔狂は足元からロボットを見上げて、ほぇえぇ~――…、とよく分からない声を漏らし、他はその存在感に圧倒されて絶句している。


 唯一の例外はミスティで、


「……事の発端は、一つの小国の滅亡だと言われています」


 真剣な表情で何かを語り始めた。


「その小国、『ディアノイア』は、当時、世界で始めて誕生した、国の合理的な運営を目的として作られた国家管理プログラム……要するに、コンピューターに行政の管理を任せていた国だったそうです。そして、当時の資料が残っていないため詳しい事は分かっていないのですが――」


 重要そうな話に皆が耳を傾けている。


 酔狂はそんな皆さんの邪魔はせず、一人その場を離れた。


 難しい上に長い話は後でユフィから聞けば良い。そのほうが短くまとまっていて分かり易い。故に、今自分がここにいる必要はない。


「――【オン・アニチ・マリシエイ・ソワカ】」


 一六機の巨大ロボットが並べられている広間の奥には大小の自動扉があり、酔狂は人用の小さな扉から入って通路を進み、摩利支天まりしてんの真言を唱えながら隠形印を結ぶ。


 都市結界の効力を【摩利支天隠形印】ですり抜け、メニューを開き、【自動詳細地図作成】と反響定位が統合されている【天耳通】を併用し、この施設の全容を探査した。そして、メニューを操作して【地図/現在地】をAR表示させる。


 それで確認できる限り、光点は自分達の分だけ。不明や敵の存在を示す反応はない。だが、イベント用NPCの中でもロボットやアンドロイドなどはフラグを立てなければオブジェクト扱いだったし、機械系モンスターメタルの中には機能が停止している状態では反応が現れず、近付いた途端に動き出し襲い掛かってくるものがいた。故に、あとは実際にその場へ行ってみるしかない。


「さて、と……」


 酔狂は、それに一通り目を通した後、【摩利支天隠形印】を解き、


「とりあえず、敵の有無と非常口の場所くらいは確認しとかないとな」


 仕込み杖〔アデプトスタッフ〕を携えて探検に出発した。




 あの巨大ロボットはここで製造されたのだろう。


 ならば、当然そのために必要な設備が揃っているはずだとは思っていたが、ここは複数の工場から成る想像以上に規模の大きな施設だった。


 製造ラインなど基本的に自動化・無人化されているが、様々な道具類が揃った工作室のような場所や、家屋というより合宿所や艦船のものを彷彿とさせる居住区画もあり、他にも資材倉庫や産廃処理・熱回収システム、それに……


「――先輩ッ!!」


 呼ばれたので振り返り、ユフィと姉妹、それにクロード達が追いついてくるのを待つ。


 予想していた通り、敬虔なる猟犬アルジェに匂いを辿らせたようだ。という事は、ここまで敵に遭遇していないから、彼女らもそうだろう。


「もうっ、どうして一声掛けてくれないんですかッ!?」

「邪魔しちゃ悪いと思って」


 ご立腹なユフィに問われ、一足先に、テッテッテッテッ……、と駆け寄ってきたアルジェを撫でながら答える酔狂。


 そして、クロードも何か言おうとしていたようだが、その機先を制して、


「みんな揃ったなら行くか」


 そう告げ、皆が来たほうへ通路を引き返す。


「行く、ってどこへ?」

「メインコントロールルーム。探検してて見付けはしたけど、一番重要そうな所だし、みんな揃ってからのほうが良さそうだと思って後回しにしたんだ」


 そう言って先に行く酔狂に、顔を見合わせたりどこか不服そうにしながらも皆が続く。


「なぁ、先生様よ。ちと怪しい行動は控えてくれねぇか?」


 後ろから声をかけてきたロビンに、怪しい行動? と酔狂が振り返らずに聞き返すと、あぁ、と頷き、


「一応は信用しているが、まだ完璧にって訳じゃねぇ。一人でコソコソされると妙な疑いを持っちまう」

「ふむ……、おかしな事を言う奴だな」

「おかしな事?」

「俺は言ったはずだぞ? 俺達の事を妖しいと思うならしっかり疑ってくれて良い、信じてるんだか信じてないんだか判らないよりしっかり疑ってくれたほうが気楽だ、ってな」


 忘れたのか? と聞くとそうではないらしい。ならば、


「信じると決めたなら信じろ。疑うなら信用ならない奴から目を離すな」


 言うだけ言うと、ロビン達の反応など気にもせず、酔狂は颯爽とメインコントロールルームへ向かって歩を進める。


 その道すがら、


「先輩、――世界の危機が迫っているそうです」


 隣に並んだユフィが面倒臭そうな事を言い出した。


「敵は、亡国の国家管理プログラム」

「――『ソラト』かッ!?」


 それは、《エターナル・スフィア》で魔王の上位に君臨する『魔神』と呼ばれていた最強の敵の一つ。プレイヤー達が築き上げた国や町や村の数が増え過ぎるとランダムで出現し、容赦なく潰滅させていく天災のような存在。撃退して守る事は不可能ではないが困難を極め、《エターナル・スフィア》に存在する国や町や村の数が一定以下になるまで破壊は続き、その間はシステム的不死。その条件が満たされて倒す事が可能になったとしても完全に滅ぼす事はできず、いずれ必ず復活する。


「いいえ。名前は『アイオーン』。聞いた話だと、セキュリティの問題上、他の媒体に移る事はできても、自分をコピーする事はできないそうです」

「要するに?」

「今、アイオーンが入っている媒体を破壊すれば完全に滅ぼす事ができます」


 決して倒せない敵ではない――その程度の希望に縋って、死に戻りできないこの世界で、いったいどれだけの人間が挑み、どれだけの人間が死んでいくのだろう。


「……まぁいいか」


 考えると憂鬱になるので考えない事にする。


「よくないです」

「はい?」

「その件を解決して西を平定しないと、ラグランド大橋を渡ってグランクリフを越える事ができないみたいなんです」

「なんだそりゃ」


 ゲームの連鎖型チェーンクエストのような話に嫌そうな顔をする酔狂。


「ミスティさんやクロードさん達から助力を乞われました。先輩は嫌がるだろうし、自分達の目や耳で状況を確かめてからのほうが良いと思ったので、返答を待ってもらっているんですけど……」


 そう言う隣のユフィの目と表情を見て、肩越しにすぐ後ろをついてきている楓と椛の目と表情を見て、もうどうするか決めているようだと察した酔狂は表には出さず内心でやれやれとため息をついた。


 それがリーダーの決断なら否やはない。それに、姉上がこの場にいたなら同じ決断をしただろう。そして、その傍らでもの凄く嫌そうな顔をした兄者がキリキリ痛むはらを押さえながら、皆が無事に生き残り目的を達成できる最善策と次善策を死に物狂いで考えるのだ。


 まぁ何にせよ、もう面倒な事になる予感しかしなかった。




「ここだ」


 そう言って足を止めたのは、とある両開きの自動扉の前。その横の壁に嵌め込まれているプレートには、メインコントロールルームの文字が。


 酔狂は、クロード達に、というよりミスティに場所を譲って脇へ退く。


 そして、中へ足を踏み入れると照明が点灯し、闇に覆われていた室内の全貌が露わになった。


 各部門を統括するシステマチックなメインコントロールルーム。酔狂は誰よりも早く、その中央にある責任者の席と思われるシートに人影がある事に気が付いた。


 眠るように瞼を閉じているため瞳の色は分からないが、その輝くような明るい金髪と人間と全く見分けがつかない西洋人形のような美しくも可憐な顔立ち、そして、身に着けているエプロンドレスから、名前は『アリス』だと予想する。


「――フラウッ!?」


 どうやら違ったらしい。


 その美少女アンドロイドを見付けたミスティが声を上げ、一目散に駆け寄った。


「フラウ……、フラウ! 私です! ミスティです!」


 声紋を認証して再起動したのか、美少女アンドロイドはゆっくりと瞼を開き……


「ごきげんよう、ミスティ。また貴女にこうして出会えた事を嬉しく思います」


 この施設同様、長い眠りから覚めたフラウは、青い瞳にミスティを映し、そう言って微笑んだ――が、


「ですが、貴女がここにいるという事は、アイオーンが復活してしまったのですね?」


 喜びから一転、眉尻を下げた憂いを帯びた表情へ。


「最後の封印はまだ解かれていないと思うけど……」


 ミスティが頷き、悲痛な表情を隠すように俯くと、フラウは、大丈夫! と明るい笑みを浮かべ、


「約束したでしょう? そのためにできる限りの事をしました。ここにいるという事は、もう見ましたよね?」


 それはあの巨大人型ロボット達の事を言っているのだろう。ミスティとコロコロ表情を変える感情表現豊かなアンドロイドフラウが会話を続ける。


 その一方で――


『先生、ユフィさん』


 姉妹が二人に声をかけた。


 表情が硬く、酔狂がどうしたのかと問うと、英雄の丘へ戻り、石碑に刻まれた二人の名前――親友かもしれない『シャノン』こと『真田 望』と『タチアナ』こと『橘 優』について検索してみたいとの事。


 二人を心配したユフィが同行を申し出て、酔狂も付いて行く事になり――フラウは耳が良いらしい。それなら英雄の丘まで戻る必要はないと言って、メインコントロールルームの一画にある制御卓コンソールを使うよう勧めてくれた。


 酔狂達はクロード達から少し離れた場所の、デスクにキーボードが表示されている所まで行き、代表して椛が席に着く。すると、デスクトップのようにモニターが空中に投影された。


 フラウの配慮なのか、画面は既に名前を入力すれば良いだけの状態で、しかも、石碑の前のコンソールと違って複数名を同時に検索できるようになっている。


 傍らに立っている楓がその肩に手を置き、椛は深呼吸して自分を落ち着けてから、そこに親友かもしれない二人の名前を入力し、――実行キーを押す。


 すると、モニターがもう一枚追加され、それぞれに、全身を写した立ち姿とプロフィールが表示された。


 それによると、シャノン、タチアナの両名は、共に大英雄アルフリードと同じチーム〈ワールウィンド〉のメンバーで、複座式の愛機〔夜叉姫やしゃひめ〕を駆り、彼と共に大戦を戦い抜いた勇者であり、シャノンは長柄の得物ポールアームを用いた白兵戦のエキスパートで、タチアナは射撃の名手とある。


 それらに目を通した酔狂がモニターから姉妹へ視線を移すと、楓と椛は手で口許を押さえて目を見開いていた。


 その様子から察するに、どうやら同姓同名の他人ではなかったようだ。




『……間違いないと思います』

「この画像はどちらも私達より年上ですが」

「二人は幼馴染みの親友です」


 姉妹は努めて冷静に言い、落ち着いて話をするため、ユフィと楓は椛の両隣のシートに腰を下ろし、酔狂は適当な所に寄りかかる。


「私達は彼女達に誘われて《エターナル・スフィア》を始めたんです」

「部活がある私達と違って、彼女達は帰宅部で」

「一緒にログインできない時は、たいてい別のゲームをしていると言っていました」

「それが、《MEU》――《モノマキア・エクスドライヴ・アンリミテッド》です」


 二人の話によると、それは、家庭用フルダイブ体感型VR機器〔コミュニケ〕対応のMMORPG。大規模なeスポーツの大会が開催されるプロも存在した大人気のタイトルで、プレイヤーは仮想世界で特殊な強化手術を受けた乗り手『エクスドライヴァー』となり、『決闘機モノマキア』と呼ばれる巨大ロボットに搭乗し、大闘技場コロッセオで行われる様々な競技に個人またはチームで参加したり、NPCからの依頼クエストや人類を脅かす敵と戦う作戦ミッションに臨んだりするらしい。


 そのゲームについての詳しい説明は割愛し、姉妹は言った。


「ミスティさんから聞いた、過去の世界や当時の出来事の話……あれって」

「望や優から聞いてた、その《MEU》の世界とほぼ同じなんです」

『これって、ひょっとして……』


 ユフィは、姉妹が言わんとしている事を察して、


「私達にとってはおよそ三年前の〝あの日〟、《エターナル・スフィア》にログインしていた私達はこの時代に、《MEU》にログインしていた望さんや優さん達は過去に……〔コミュニケ〕を使用していた人達全員が、この世界の各時代に現れた……」


 ユフィの推測に対して同意するように頷く姉妹。


「という事は、ゲームの舞台となっている時代が関係しているのかも……」


 神代や古代、中世辺りを舞台とした剣と魔法の王道ファンタジー系や、現代や近未来、その更に先の遠い未来や宇宙を舞台にしたSF系など、〔コミュニケ〕対応のゲームは他にも様々なものが存在した。


 その中で、文明が進み過ぎて科学と魔法の区別がつかなくなった世界を舞台とする《エターナル・スフィア》の時代設定は、最も遠い未来だと言えるのではないか?


 自分達の装備などはゲーム内で使用していたものなのに、この世界が《エターナル・スフィア》そのものではないのは、過去に出現したと思われる全てのゲーム世界の要素が含まれているからではないか?


 …………などなど。


 話し合いと言うより、それぞれが思いついた事を言っているだけのような乙女らの話に、ぼぉ……~っ、と耳を傾けていた酔狂ムサシは、ふと通称〈女子高〉ことクラン〈私立情報之海総合学院付属女子高等学校・フリーデン分校〉メンバーから聞いた話を思い出した。


 確か、彼女達の調査によると、気付いたらこの世界にいたという人々は、当時《エターナル・スフィア》にログインしていたプレイヤーだけではなく、他のタイトルをプレイしていたゲーマーや、仮想空間で会議を行なっていたビジネスマンから廃人まで相当な数に上るらしい。


 それを踏まえ、人の行き来を、と言うより、むしろ魔動甲冑ロボットが他の地域へ持ち出される事を阻むような大山脈や大樹海があった事から、漠然と、大陸ごとまたは地域ごとに別々のゲーム世界が存在しているのだろうと思っていたのだが……。


『…………』

「…………」


 それぞれ意見を出し尽くしたのか、ふと三人が静かになっている事に気付いた酔狂は、取り留めのない思考を切り上げる。


 そして、三人が一番気になっていて、それでも口にするのを躊躇い避けていた話を、ついに姉妹が切り出した。


『……二人は』

「元の世界に戻れたんでしょうか?」

「それとも、この世界で……」


 皆まで言わずに口を噤む椛。ユフィもなんと言って良いか分からない様子で……自然と三人の縋るような視線は酔狂へ向けられた。


 それに対して酔狂は、


「そんな目で俺を見る前に、想像してみれば良い」

『想像……ですか?』


 改めてモニターに表示されている二人のプロフィールに目を通すと、それは大会の出場選手紹介のような印象で、生没年や結婚、出産、病歴などの記述はない。『戦い抜いた』という事は戦闘で死亡したという事はないだろう。


「元の世界に帰りたいと願ったなら、それは叶ったかもしれないし、叶わなかったかもしれない。そもそも、元の世界に帰りたいとは思わず、この世界で勇者として充実した人生を謳歌したかもしれない」


 クラン〈女子高〉メンバーは、その特殊な事情から、帰りたくないという訳ではなく、この世界で生きて行く事を望んでいた。他にも、こちらの世界のほうが生きやすいという者はいるだろうし、自分のようにどちらでも構わないと気にせず今を生きている者もいるだろう。


「この二人はどう考え、どうしたと思う? 会った事もない俺には分からないけど、よく知る親友なら想像できるんじゃないか?」


 そう言われた姉妹は、瓜二つの顔を見合わせて想像してみたようだが、不安は解消できなかったようで……


「この写真とプロフィールでしかこの二人を知らない俺に言える事はただ一つ――」


 酔狂は内心、そんな目で見られてもなぁ~、と思いつつも、そんな事はおくびにも出さず、はっきりと告げた。


「彼女達は、この世界で、しっかりと生きていた。――それだけだ」


 本当にその程度の事しか言えない己を不甲斐なく思ったものの、どうやら気休め程度にはなったらしい。


「そう…ですね」

「うん、望と優なら」


 そう言う姉妹の強張っていた表情が和らいだ――その時、


「お話の最中にすみません」


 タイミングを窺っていたらしいフラウがそう声をかけてきた。

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