『 アールグリフ地下遺跡 』
(あぁ~……、あの雲……何かに似てるような……)
どうでも良い事を考えつつ果てしなく、ぼぉ~~~~っ、としていた酔狂は、くいくいっ、とユフィに袖を引かれて我に返った。
「終わった?」
「はい。今、エレベーターに向かって動き出したところです」
そこは、地下遺跡への入口であるエレベーター乗り場。
酔狂は、底が見えない巨大な縦坑が口を開けた絶景を想像していたのだが、着いてみると砦のような建物があり、第一城壁の大門ほどの扉があるだけ。
その扉は巨大なエレベーターのもので、かつて発掘された遺物を地下から地上へ運び上げるために使われていたそれは、今、観光客を地下へ降ろすために使われており、酔狂達がそこに着いた時にはちょうどエレベーターが行ってしまった直後だった。
そして、エレベーターが戻ってくるまでの間、観光客を退屈させないための工夫なのだろう。遺跡っぽい石碑の前に設置された演説台に立った男性係員が、アールグリフ地下遺跡の故事来歴を語り始めたのだが、それがまた無駄に芝居がかっている上、妙にもったいぶった言い回しを多用していたため、酔狂は早々にうんざりして聞く気がなくなった。
――何はともあれ。
表の大門ほどの扉が横へスライドし、内側の格子戸が上がってゴンドラの入口が開け放たれる。
「さぁ、早く早く!」
唯一以前にきた事があるというアイザックに急かされて、酔狂、ユフィ、楓、椛と、クロード、ミスティ、ビアンカ、ロビンは、他の観光客より先んじて乗り込み、学校の体育館ほどもありそうなゴンドラの一番奥へ。例によって、アルジェとフィーは非在化している。
ギュウギュウ詰めと言う程ではないが、乗せられるだけの観光客を乗せると、格子戸が下りて表の扉が閉じ、ゴンドラがゆっくりと下降し始めた。
しばらく岩の壁が続き………………何かの構造材が見えたと思った次の瞬間、
『おぉ~……ッ!?』
奥の格子戸の向こう側、眼下に広がる光景に、それを望める位置にいる人々の口から感嘆や驚愕の声が上がる。そんな中、
「……地下の……遺跡……」
『……これが……』
「古代の……」
「都市……」
巨大なドームの中に収まったその光景を――元の世界の現代の都市を高いタワーの展望台から見下ろしたような光景を目の当たりにして、ユフィ、楓、椛は言葉を詰まらせ、
「……ここにあるはずなんです。……ここに……必ず……」
無意識に口を衝いて出たものだと思われるミスティの独り言を、酔狂は聞き逃さなかった。
遺跡の玄関口である地下都市では、その建物の一部を利用して、土産物屋が営まれていたり、伝説の大英雄と勇者達の活躍を題材とした演劇が上演されていたり、演奏会が開催されていたり、発掘が行われていた当時の光景を再現するように修復不可能な魔動甲冑が展示されていたりと、ちょっとしたテーマパークのような様相を呈している。
エレベーターの出口は入口と逆で、酔狂達の前の格子戸が上がり、一行はそんな地下都市の遺跡に足を踏み入れ――
「――こっちです」
エレベーターで降下中、変わり果てた故郷を眺めるような目で古代の都市を見詰めていたミスティが、大きな看板に描かれた案内図や案内人達には目もくれず歩を進める。
クロード達はすぐ様それに続き、
「ちょっと先輩ッ!? どこに行こうとしてるんですかッ!?」
「重量級魔動甲冑が発掘された場所。ほら、あそこの看板に絵と矢印で分かりやすく――」
『――先生ッ!』
「今は他に優先すべき事があります!」
「早くしないとクロードさん達見失っちゃうよ!」
「ん? 何で一緒に行かなきゃいけないんだ? 俺達と一緒に行きたいって言っていたのはクロード達で、俺達は別に――」
「――先輩ッ!」
「あっ、はい」
酔狂達も後を追った。
そちらは観光のコースから外れているのだろう。観光地の喧騒がどんどん遠ざかり……やがて聞こえなくなった。他には誰もいない静まり返った都市の遺跡をドームの外縁に向かって進み続け…………やがて、一見何の変哲もない正面入口が開け放たれたままの低いビルに入る。
そのビルの中は妙な造りで、横に幅広い通路が真っ直ぐ続いているだけでドアや窓の類は一つもなく、その突き当たりは丁字路になっており、右へ曲がると、正面は十数メートル先が行き止まりになっていて、左右に三機ずつ計六機のエレベーターのドアがある。左へ曲がっても同じ。
そのエレベーターホールにある一二機の内、それでなければならなかったのか、適当なのかは知らないが、一つのパネルにミスティが触れると消えていた表示が点り、ドアが開いた。
「おいおい、これ大丈夫なのか? 途中で止まったりしたら洒落にならねぇぞ」
「あら、怖いの?」
「あァッ!?」
ミスティに続いてクロード、アイザック、挑発したビアンカとそれに乗ったロビンがエレベーターの中へ。それにユフィ、楓、椛が続き、
「先輩?」
一人ホールに残っている酔狂が真顔でいやいやと首を横に振り、
「階段が良い」
「先輩」
「俺、閉じ込められるの怖い」
「先輩」
えぇ――~っ、と嫌がっていた酔狂だったが、結局、ユフィに手を引かれてエレベーターに乗り込んだ。
扉が閉まり、一瞬の浮遊感を経てかなりの速度で降りて行く。
『…………』
妙な緊張感が漂うエレベーター内で、
「…………。こういう時って、なんか無性に屁をこきたくなるよな」
「やめて下さい」
何とはなしに呟いた酔狂に対して、にべもないユフィ。
不意に、ぽん、と肩を叩かれて酔狂が振り向くと、拳を作って親指を立てたロビンが実にいい笑みを浮かべていた。
エレベーターは一度も途中の階で止まる事なくその階層に到着し、中から外へ出ると、そこは乗ったところと全く同じエレベーターホール。丁字路を曲がり、横に幅広い通路を真っ直ぐ進み、外観までまったく同じ低いビルから出る。
するとそこには、玄関口の都市の遺跡よりも時代が進んだ近未来的な街並みが広がっていた。
「すごい! この階層までいっきに移動できるルートが存在していたなんて……ッ!」
一度きた事があるらしいアイザックは、周囲をぐるりと見回しながら歓声を上げる。ここがどこか把握できているらしい。
「ザックさん、例の……」
「あぁ、『英雄の丘』だね?」
こっちだ、と言って、今度はアイザックが皆を先導する。
整然と建ち並ぶビル群。路面にわずかな凹凸もない平らな道。高いところを通っているあれはモノレールだろう。栄養が失われて土が死んでいるらしく植物が枯れ果てている以外は当時の状態がそのまま保たれている廃墟の中を足早に進み……アイザックが後ろに向かって〝止まれ〟の手信号を出す。
そして、高い塀の陰からその向こう側の様子を窺い……
「……大丈夫、誰もいない。ここは観光のルートに入っているから急いだほうが良い」
そう言ってまず自分が出てから皆を促し、
「ここだけは土が入れ替えられて植物が植えられているんだ。――世界を救ったと云われる英霊達を慰めるために、ね」
そう言うアイザックの視線を追って目を向けると、そこからは緩やかな坂道になっており、緑の丘の頂――外縁の壁まで一直線に道が続いていて、そこには横に長い巨大な石碑が鎮座している。
それを見て駆け出したミスティの後をクロード達が追い、酔狂達も続いた。
下からは見えなかったが、丘の上は石のタイルが敷き詰められていて平らになっており、高さ五メートル以上、横は一五メートル以上ありそうな石碑には英雄達のものと思しき名が刻まれている。
そして、ミスティは、そこに刻まれている名前に触れ、一つ一つ、今にも泣き出しそうな顔で確認して行き…………
「これは……」
ユフィも、楓も、椛も、酔狂までが、そこに刻まれている名前を目にして思わず言葉を失った。
大きな一枚の岩に彫刻されている名前は、横書きで縦に列記されており、所属していたチームかギルドごとらしく、まず団体名があり、それから横に二つ、縦には一〇以下の所もあれば一〇以上並んでいる所もある。
そして、縦一列目は何の問題もない。だが、縦二列目は――この世界では使われていないはずの漢字やカタカナが刻まれていた。
『これって、まさか……』
「仮想世界での名前と……」
「現実世界での名前……?」
例を挙げるなら――
『ムサシ』と『宮元武蔵』。
『エウフェミア』と『金森紗希』。
二つ並んでいる名前は、そう考えるのが妥当だと思える。
もしそういう事なら、それは――
「私達は三年前に……、でも、この人達は、もっとずっと昔に……?」
別の事を考えていた酔狂は、それと無関係ではなかったため、ふむ、と思案し……
「…………まぁいいか」
考える事をやめる。考えても確証が得られない事を考え続けても意味がない。それに、そういうのは自分の領分ではない。
その一方で、考える事も領分に含まれるミアは、酔狂の意見を聴こうとして、
「ミスティ? ど、どうしたんだミスティ……ッ!?」
酔狂とユフィ、その他の皆が突如聞こえてきた戸惑うクロードの声に振り返った。
ぽろぽろ大粒の涙を零しながら石碑に縋りつくようにして泣き崩れているミスティにクロードが寄り添っている……その様子は、身内の名前を見付けた遺族のように見えた。
酔狂はその場から見守り、ユフィはそんな酔狂に身を寄せる。
そして、他の皆はミスティとクロードの許へ歩み寄って、
『…………え?』
何気なく、ミスティが泣き崩れる原因となった石碑に列記されている名前の列に目を通し……楓と椛が震える声を漏らした。
「……真田望?」
「……橘優?」
それを耳にしたミスティが、え? と涙に濡れた顔を上げ、
「あんた達、その文字が読めるのか?」
ロビンが言い、クロード達の目が姉妹に向けられる。
しかし、二人はそれに応えず、半ば反射的に振り返って助けを求めるような目を酔狂に向け、
「知り合いか?」
「いやいや、そんなはずねぇだろ」
「記録が失われていて正確な事は分からないけど、数百年、下手したら数千年前の人達ですよ? それこそ……」
ロビンに続いたアイザックが、何かを言いかけて続きを飲み込む。その時、チラッ、とミスティに目が向けられたのを酔狂は見逃さなかった。
一方、姉妹はそんな二人に取り合わず、
『……分かりません』
「ただの同姓同名かもしれません。でも……」
「親友だった二人の名前が並んでいるから、どうしてもそうなんじゃないかって……」
酔狂は姉妹に歩み寄り、問題の石碑に列記された名前に目を向ける。
団体名は〈ワールウィンド〉。その下に名前が並んでいて……『シャノン』の横にある『真田 望』と『タチアナ』の横にある『橘 優』の文字を見付けた。
そして、石碑からミスティへ視線を転じ、
「なぁ、シャノンとタチアナの二人から、仲のいい双子の姉妹の話を聞いた事はないかい?」
訊けば分かると信じて疑っていない事が察せられる態度で尋ねられたミスティは、
「……貴方は、いったい……?」
警戒心も露わに、質問に答える事なく質問で返す。
酔狂は、ふむ、と小首を傾げ、
「何て答えるべきなんだろうな? 《エターナル・スフィア》出身者? 地球人? それとも、――パンドラの子?」
最後のを聞いた瞬間、
「――皆さん下がってッ!!」
ミスティが叫ぶように声を張り上げ、クロード達が咄嗟に従って飛び退る。
「ミスティッ!?」
「何だッ!? どういう事だッ!?」
ミスティは、隠し持っていたナイフを右手で抜き放ち逆手に持って半身で構える。左手は自身の陰に隠しているが、〝気〟を読める酔狂は、その流れからおそらく小型の法術発動体あたりを隠し持っているのだろうと推測した。
か弱い護られるだけのお姫様のような可憐な容姿とは裏腹に、間違いなくクロード達の中で一番の手練れだ。
その回りの仲間達は、反射的に剣の柄に手をかけたもののまだ抜いてはいない。
一方、ユフィ、楓、椛は、構えてこそいないが〔スプリガンの指環〕で小さくしていた得物を元の大きさに戻し、非在化していたアルジェとフィーがユフィを護るように顕在化する。
まさに一触即発。
そんな緊迫した空気の中、酔狂だけは飄々としていて、
「ふむ……、俺達の事を『パンドラの子』と呼ぶ奴らはミスティの敵、か……」
杖で肩をトントンしながら独り言のように呟き、それを耳にしたミスティは、怪訝そうに眉をひそめ、
「で、ミスティは、俺達しか助けられなかった、と言っていたあの女性の仲間って事で良いのかい?」
酔狂が何気なく放った問いに、ミスティは、えッ!? と目玉が零れ落ちるのではないかというぐらいに驚きを露わにして、
「誰に会ったんですかッ!?」
「名前は聞けなかったよ」
「な、何か特徴はッ!? どんな人でしたかッ!? どこで会ったん――」
「――待つんだミスティッ! まずは落ち着いて」
距離を取るよう促した張本人が今度は無防備に詰め寄ろうとして――クロードが咄嗟にミスティの肩を掴んで引き止めた。
「どういう事なの?」
「どうこうの前に、敵なのか味方なのかをはっきりさせてくれッ!」
「それは出会ってからずっとはっきりしていなかったような……」
そんなふうにクロード達が言葉を交わしている一方で、酔狂達のほうも、
「いくらなんでも先輩は謎や秘密が多過ぎますッ! あとでちゃんと話して下さいッ!」
『俺達しか……、って私達も?』
「私達が、助けられた?」
「私達だけじゃなくて、みんなと一緒に?」
皆が思い思いに言ったり訊いたりしている中で、酔狂は杖を小脇に挟み――拍手を一発。
パァ――ンッ!! と驚くほど大きな音が鳴り響き、全員の視線が酔狂に集まって、
「全部すれば良い。けど、同時にはできない。だから、誰でも良い、優先順位を決めてくれ。今、この場で、何を最初にすれば良い?」
酔狂が放った問いに、あっ、と声を上げたのはアイザックで、
「急がないとッ! もういつ観光客がくるか分からないよッ!」
その発言で、一行はここへ何をしにきたのかを思い出した。
とりあえず、酔狂達はクロード達の敵ではないという事で落ち着き、今この場でなくてもできる話は全て後回しにする事に。
そして、クロード達が、というか、ミスティが探しているのは、『パスワードを入力する事で開く隠し扉』と『パスワードを入力する端末』で、
「それって、たぶんあれなんじゃないかな?」
そう言ったアイザックの視線を辿ると、階段と石碑のほぼ中間、石のタイルが敷き詰められた丘の上のほぼ中央に据えられた一辺が一メートルほどの立方体が。素材は石のように見え、上面は水平ではなくわずかに傾斜しており、石碑に向かって立った時、手前が低く、奥が高い。
一行はわらわらとその周りに集り、
「これは、現在では分解して調べる事も再現する事もできない失われた技術でできていて、表面に触れると……」
正面に立ったアイザックが、ガラスのように磨き上げられたそれの表面に触れると、光の線でキーボードが表示され、
「で、こうやってあの石碑に刻まれている名前を入力すると……」
試しに、『アルフリード』と入力して実行すると、空中にモニターが投影され、右半分にはその人物の全身の静止画、左側にはその人物の簡単なプロフィールが表示された。
アルフリードというキャラネームを名乗っていた彼は、金髪碧眼だが日本人と思われる顔立ちのイケメン。プロフィールに目を通すと、チーム〈ワールウィンド〉のリーダーで、勇者達を率いて世界を救った大英雄であり、なんと、現代にも伝わっていた剣術流派――直心陰流の使い手との事。
酔狂が、そんな彼に会ってみたかったと思っている一方で、
「でも、ここに名前じゃなくてそのパスワードを入力したら……何かが起きるんじゃないかな?」
アイザックは、終了ボタンを押してから場所を譲り、その前に立ったミスティは、胸に手を当てて自分を落ち着かせてからキーボードに指を奔らせる。
入力されたその文字の列は――
「……シィ・ウィス・パケム・パラベラム」
横から見ていたユフィが読み上げると、実行キーを押すのを躊躇っていたミスティが驚きの目を向け、
「確か、『汝、平和を望むのなら戦争に備えよ』だったか? よく若先生が言ってたっけな」
ユフィは、酔狂に向かって頷いてから真剣な面持ちをミスティに向け、
「探している隠し扉の向こうには、戦争の備えがあるんですか? 今、それが必要とされる――」
「――こら」
酔狂が、ユフィの頭に、ぽんっ、と手を置き、話を中断させる。
「さっき、今この場でなくてもできる話は全部後回しにする、って決めただろ?」
「……はい。邪魔をしてしまって、すみませんでした」
ユフィは素直に頭を下げて謝罪し、酔狂の後ろに下がった。
「では……行きます!」
気を取り直したミスティが、覚悟を決めて、実行キーを――押した。
すると、その表面からキーボードなど全ての表示が消えて――
「こういうのって、何も起きないじゃないか、って思わせるような間があって然るべきだと思う」
そんな酔狂の文句などお構いなしに、巨大な石碑全体がすぐにゆっくりと上へ移動し始め…………
その向こうに、横長の広い隠し通路が現れた。
中には表と同程度の距離に立方体の操作卓があり、一〇メートルほど進むとそこからかなり急なスロープになっている。そして、そのスロープには中央分離帯のように一本のレールが通っていて、傾斜の上から段差なく乗れる昇降機が。
操作卓といってもそこにあるボタンは三つだけ。一つは昇降機が下にあった場合に呼ぶためのもので、あとの二つは出入口の『開』と『閉』。
それで巨大な石碑を下ろして出入口を閉じてから、皆が乗ってもまだ余裕がある昇降機に乗り込んで延々とスロープを下って行く。そして――
辿り着いたその先では、現代の技術で修復されたものではない、失われた技術――高度に科学が発達した当時の技術で製造された一六機もの巨大人型ロボットが完全な姿で一行を待ち受けていた。




