『 六具神通と音を楽しむ才 』
「んじゃ、おやすみ~」
『おやすみなさい』
寝る前の挨拶を交わしてから、酔狂は〔壺公の壺〕の中の小世界へ。
そして、頭をきっちり切り替えて日課の夜稽古と戦の備えを終えると、工房がある平屋造りの屋敷で休む準備をする。これまでの旅の間も、女子三人が四方に御簾を掛けて外から中の様子を窺えなくした〔四阿〕で休み、ムサシはこの小世界の工房に隣接する平屋造りの屋敷で寝起きしていた。
――それはさておき。
普段は、寝る準備が整ったなら、すぐ犬妖精の榊や猫妖精の樒が用意してくれた布団で横になるのだが、今日はまだやる事がある。それは――
「中途半端は気に入らない」
期せず得た能力【六具神通】。『六』という事は、【天眼通】以外にあと五つあるはずだ。
〔破戒僧の作務衣〕姿の酔狂は、布団の上で胡座を掻き、メニューを開いて、闇雲に統合する前に、まずは『取得・修得可能技能一覧』に目を通す。
すると、――あった。
新たに【技能】を取得・修得するつもりがなかったため確認していなかったせいで、それ以前に条件を満たして一覧に加わっていたのか、【六具神通】が発現した事で修得可能になったのかは分からないが。
「毒を食らわば皿までッ!」
特殊能力である【強化】系のスキルを発動させるのに必要なので、いざという時のために溜めておいた可能性を創造する力を消費し、思い切ってそれらを修得する。
能力【探知】・技術【心眼】や能力【調査】・技術【反響定位】、その他、〔秘伝極意書〕を使用する事でのみ取得可能な進行中のクエストに関連する情報をランダムに得られる【託宣】…………などなど、修得と同時に幾つかの【技能】が自動的に統合されてメニューから消え、そうして得た新たな五つの【技術】は――
【天耳通】――仙人の能力の一つ。天地自然と一体化し、全てを識る力。
【神境通】――仙人の能力の一つ。時間と空間を自在に渡る力。
【他心通】――仙人の能力の一つ。精神感応による意思の疎通を可能とする力。
【宿命通】――仙人の能力の一つ。過去と未来を知る力。
【漏尽通】――仙人の能力の一つ。霊力を体外へ漏出させず蓄積する力。
そして、【天眼通】を含めて六つの【技術】を修得した事で獲得したのは、
――称号【仙人】
「……『剣仙』じゃなかったかぁ~……」
酔狂は、ぱたっ、と布団に倒れ込んだ。
そのまましばらく動かなかったが、やがて、……まぁいいか、と呟いてそれらの確認を始める。
【天眼通】は、メニュー画面から任意で切り替える必要がなくなった総合的な瞳術。
【天耳通】は、【分析】や【鑑定】など修得しているだけでAR表示されるものを除いた、【調査】系と【探知】系のスキルが融合したもので、メニュー画面から任意で発動させたり切り替えたりする必要がなくなった。
この二つの感覚的な制御は、これから慣れていくしかない。
【神境通】は、一瞬、まさかッ!? と思ったが、やはりタイムマシーンのように過去や未来へ移動できる能力ではなかった。もう少し分かり易く言い換えると、空間転位と結界の内外を移動する能力で、どうやら、空間転位が使える事と〔壺公の壺〕の中の小世界を何度も行き来していた事で修得可能になったスキルだと思われる。
今までの空間転位は目の届く範囲のみだったが、一度行った事がある場所ならメニューの【地図/現在地】で位置を指定すれば、現在地から目的地まで、時間と空間を超えて一瞬で移動できるようになった。
【他心通】は、要するに【念話】の上位互換。【念話】と〝気〟の受け渡しや相手の状態を詳らかにする【軟気功】の延長線上にある能力だと思われ、顔と名前と〝気〟の質が一致する相手にならパーティメンバー以外にも念話できるようになった。
【宿命通】は、武芸者としての抜群の洞察力と高度な予測能力に、知らないはずの事を知る【託宣】が融合する事で至った予知能力らしく、説明欄には『占術と併用する事でより精確な過去や未来を知る事が出来る』とある。
【漏尽通】は、ただ単に〝気〟を漏らさず蓄えられるというだけではなく、それができるようになったという必然から【体内霊力精密制御】の精度が更に上がり、〝気〟の自然回復量も増大した。
その上更に、〔仙丹〕は特殊な素材を用いて膨大な霊気を物質化したものだが、そうはせず、〝気〟を漏らさず体内に止め、五臓――体内に存在する心、肺、肝、脾、腎の五つの蔵に、質量・体積共に0の霊的物質として際限なく蓄積するスキル外スキルを、密かに【内丹法】と呼んでいたのだが、これが格段にやり易くなった。
これだけでも十分凄いと思う。だが、それ以上に酔狂を歓喜に震わせたのは、なんと、邪険にしていた【仙人】の称号で、その説明欄にはこうある。
『人を超えて至りし者。限り無しを以って限りとす』。
この称号を得たからといって、【ステータス】の各パラメーターが大幅に上昇する訳でも、スキルの効果や威力が増幅される訳でもない。だがしかし、地道に鍛えれば鍛えるほど、研鑽を積めば積むほど、意味のある修行をすればしただけ、人の肉体の限界を超えて無限に成長する事ができる。
剣道バカ略して『剣バ』や『武術狂い』などと呼ばれるムサシにとって、これほど嬉しいものはない。
「【仙人】最高だなッ!! ――よしッ! 明日から更に頑張るぞッ!!」
喜色満面ではしゃいでいた酔狂だったが、布団に入るとすぐ、スイッチをONからOFFへ切り替えたかのように寝息を立て始めた。
それは、翌日の早朝。酔狂が〔壺公の壺〕の中の小世界で朝稽古に励んでいる頃の事。
三人の乙女も起き出して、朝稽古のために準備を始めていた。
ユフィの願いに応じた水と風の精霊が、衣服の下に身に着けるタイプのビキニアーマー姿で佇む見目麗しき乙女達の髪と躰を清め、三人はそれぞれ衣服を身に着けていく。
「あの、ミアさ――いえ、ユフィさん」
楓がその手を止め、ふと思い至ったかのように声をかけた。
「はい、何ですか?」
「その〔壺公の壺〕には酔狂先生しか入れないのですか?」
ユフィは、それで楓が何を言わんとしているかに気付いてしまった。
「先輩の許可があれば入れるはずですけど、――それはやめておいた方がいいと思います」
「えッ!?」
「いちいち部屋の模様替えをしたり、野営の準備をしたりするより、壺の中の世界で休ませてもらったほうが手間はかからないし、先輩も楽なんじゃないかって事ですよね?」
「はい」
「あっ、それ私も思ってた!」
椛も着替えの手を止めて話に加わり、
「でも、やめておいた方がいいっていうのは……?」
「先輩にとって、壺の中の世界は全てが工房で、自分のための仕事場なんです。だから、そこに他人を招くっていう発想がないんだと思います。でも、もしそこに私達を招いて安全に休ませる事ができる、寝泊りさせる事ができるという事に気付いてしまったら……」
『気付いてしまったら?』
「移動中、壺の中に入ったが最期、次の目的地に着くまで、出して下さい、って頼んでも、『いいよ。出てこなくて』って事になると思うんです。先輩一人のほうが速いし面倒がないですから」
あり得る、と思い、姉妹は顔を見合わせた。
「それにたぶん、まだ今の私達の実力だと、何らかの危険を感じたり敵との戦闘が予想される時は、力を貸してくれ、じゃなくて、壺の中に入ってろ、って事になると思うんです。最悪、無理やり中に放り込まれるかも……。だから」
『やめておいた方がいいと思います』
姉妹は揃って頷き、ユフィの考えに強く同意したのだった。
自分の稽古を終えた酔狂が、そんな会話があった事など露ほども見せない三人娘と合流し、彼女達の修行を見守り、求められれば簡単なアドバイスをする。
世を忍ぶ仮の身分を考えた際、姉妹が『【錬丹術師】の酔狂』の事を『先生』と呼ぶと決めたのは、おそらくこのせいだろう。
――何はともあれ。
修行で掻いた汗をまた水と風の精霊に頼んで清めてもらい、隊商の人々と朝食を共にした後、路銀を工面するために話をしようと思っていた酔狂達にイザークのほうから声をかけてきた。
「ティターンカッチュウカミキリとテンセイオニヤンマの素材を?」
「はい、買取らせて頂きたいのです」
隊商の団長イザークと専属護衛団の隊長ジャネロが並んで座り、テーブルを挟んで、交渉は専門外だから立ってる、と主張したにもかかわらず座らされている酔狂とミアが並んで座り、その後ろで姉妹が立っている。
「それは、等しく分配した場合の私達の取り分を、という事ですか?」
「いいえ。あれらはあなた方のものです。倒したのはあなた方なのですから」
思ってもみなかった話に戸惑う三人娘の視線は自然と酔狂に向けられ、
「厚意で言ってくれているのだという事は分かります。でも、それだと筋が通らない。俺達がそちらさんに解体させ、運ばせた挙句、その労に報いていない事になる」
その発言に対してイザークは口を開いたが、何かを言う前に酔狂が、サッ、と上げた手の平を相手に向けてそれを制し、
「買取ってくれると言うなら、是非これをお願いします」
そう言って、昨夜話し合った通り、大小無数のカット前の宝石と金と銀の粒をテーブルの上に並べた。
宝石がカット前なのは、そのほうが盗品と疑われる可能性が低いだろうし、移動する隊商が保有している現金はさほど多くはないだろうと――ユフィ達が――考えたから。【細工】系スキルを極めているムサシがカットを施すと、一つ一つの値段が跳ね上がってしまう。
「で、色を付けて頂けるととても助かります。金貨や銀貨はあるんですけど、紙幣の持ち合わせが全くないもので」
そう言って、にっ、と無邪気に笑う酔狂。
イザークは、傍らに置いていたいつも持ち歩いている鞄から鑑定用の道具を取り出し、宝石を調べ、それが質の高いものだという事が分かるとその申し出を快く聞き入れた。
「いくつかで良かったのに、全部買ってくれるとはねぇ~」
名刺サイズの小紙幣が3種類、1ドル紙幣サイズの中紙幣が3種類、色違いの中紙幣が3種類、1万円サイズの大紙幣が2種類。全11種類のグリフ紙幣は、紙のように見えて質感も近く、くしゃっ、と丸める事もできる薄く延ばされた特殊な樹脂に全て異なる精緻な絵柄が印刷されている。
この手の込んだ作りは偽造防止のためだろう。実際、粗雑なものならまだしも、本物とほぼ同じと言える品質の偽札の製造は不可能だと思われる。【細工】と【書画】を極めた【錬丹術師】でもなければ……
――それはさておき。
大小無数のカット前の宝石と金と銀の粒を全て買取ってもらい、全種類の紙幣を1枚ずつと、使用頻度の高い札を束で受け取ったのだが、イザークは期待していた以上に色を付けてくれた。
それが分かるのは、『グリフ』という通貨単位を意識した瞬間から、【鑑定】でグリフ単位の相場が表示されるようになったからだ。
「じゃあ」
『行きますか?』
ユフィ、楓、椛の言葉に、酔狂は、おう、と頷き、隊商宿を出発して久々の買い物を楽しもうとしている娘三人の後について行く。
敬虔なる猟犬と妖精竜は非在化して姿を隠し、ユフィは〔ミラージュマント〕を纏ってフードを目深に被り、楓と椛の双子姉妹は酔狂が渡した一見普通のメガネ――〔隠者の眼鏡〕を掛けている。
これは、浮世離れした清楚可憐な美少女であるユフィと一緒にいるせいか、自分達が実に健康的で見目麗しい美少女だという自覚が全くない姉妹のために用意したもので、防塵と紫外線カットの他、色は入っていないが状態異常【失明】を予防する効果と、メガネだけが印象に残って顔を思い出せないという【認識阻害】の効果がある。
これで、人の目を惹き付けて止まない華のある乙女達でも、邪な男共の目を気にせず買い物を楽しむ事ができるだろう。
――何はともあれ。
市は、周辺の集落からやってきた人々が店を開いている区画と、この町の住民が店を開いている区画、大きくこの二つのエリアに分かれていて、前者は露店やテントのような店がひしめき合っており、後者のほうには露店も出ているが、移動式の屋台やしっかりとした作りの店舗が多い。
聞いた話によると、隊商の訪れと共に開かれるバザールは三日目あたりから本格的な賑わいを見せるとの事だったが、人混みが嫌いな酔狂は、これ以上増えるのか、と想像してうんざりするほど初日から多くの人々が行き交っている。
まず酔狂達が足を向けたのは、前者――周辺の集落からやってきた人々が店を開いている区画。
契約した商人に卸しているのか、農作物や食料品を扱っている店は少なく、日用品や装飾品など土産物のような工芸品が多い。
「――ん?」
綺麗な石、加工した小さな木片や木管、獣の牙や爪を使って作ったエキゾチックな装飾品を楽しそうに見ている連れの乙女達を眺めていた酔狂は、ふと喧騒の中に響く笛の音に気付き、そちらへ引き寄せられるように足を向けた。
「あれは、ケーナ、か……」
笛の音を頼りに辿り着いたのは、茣蓙を敷き、葦の一種を加工して作った縦笛を並べている露店。
店番をしているのは兄妹と思しき質素な服装に旅の必需品を身に着けた二人の男女で、おそらく、一緒に出てきた家族か同じ集落の友人か知人が他の店を出していてもっと需要のある商品を扱っているのだろう。男性のほうは、売れたらいいけどたぶんこんなもの買う奴はいないよなぁ~、といった様子で、十代半ば程の女性のほうが、売り物ではなく自身の持ち物だと思われる縦笛を奏でている。商品をアピールするためだろう。
そんな男性の態度のせいか、露店の前に客の姿はない。チラッ、と目を向ける人はいても、足を止める事なく素通りする。
笛の音色はいい。奏者もまだ拙さはあるがなかなかのケーナ奏者だ。
では、何が悪いのか?
それは、やはり選曲だろう。
ケーナの優しい音色と哀愁を帯びた曲調は実によく合っているのだが、この活気に溢れたバザールの雰囲気には全くそぐわない。
何でその曲を選んだんだ? と思わなくもないが、それはまぁいい。
その音色に耳を傾けている内に、昔テレビか何かで聞いた覚えがある南米のとある部族が演奏していた縦笛の音色が思い起こされて……
「二本くださいな」
女性が演奏を終えて笛を下ろしたタイミングで声をかけた。
「今、手持ちがこれしかないんだけど良いかな?」
そう言って露天の前でしゃがみ、ユフィからもらったお小遣いを全部男性に差し出す酔狂。
土産物という扱いらしく、楽器店で扱われているものよりかなり安い。だが、【鑑定】して分かった相場の値段だと少し足りない。しかし、受け取ったカネを数えた男性は好きなのを選んで良いと言ってくれた。
「どれが良いかなぁ~」
左手で携えていた杖――〔アデプトスタッフ〕を傍らに置き、まず、長さと太さで当たりをつけ、試してみても良いか訊き、許しを得てから、裏側に1個、表側に数個の孔が開けられ、木製の吹き口が取り付けられた葦の一種を加工して作られた縦笛を手に取り、軽く吹き鳴らしてみる。
試してみては手拭で口を付けたところを拭い……程なくして長さと太さの違う2本の縦笛を選び出した。そして――
「さて、と……」
おもむろにその場で胡座を掻くと、道具鞄から小刀と細い麻紐を取り出してその二本に加工を施していく。
一本の右側をわずかに削って平らにし、もう一本の左側を削って平らにすると、その平らになった面を合わせて、長さと太さが違う二本の縦笛を細い麻紐でくくってまとめる。それから、吹き口に手を加え、鳴らして試しながら穴の大きさを微調整し……
「よし、――できた!」
酔狂は出来上がった物を見て満足げに笑い、細い麻紐でくくってまとめた二本の笛の吹き口を一緒に咥える。そして、そっと息を吹き込むと……えもいわれぬ優しく美しい和音が響き渡った。
「…………うん、いいね」
余韻を味わってそう呟いた酔狂は、目を丸くしているケーニストの女性に向かって、
「さっきの曲、リクエストしても良いかな?」
そう訊いて笛を構え、回答を待つ。笛は妹の領分で、自分は母方の実家にあったソプラノリコーダーくらいしか吹いた事はないが、まぁ、行けるだろう。
女性ケーニストとはそれで酔狂の意図を理解したらしく、は、はい! と少し動揺しつつもケーナを構え、数度深呼吸して気息を整え……先程の曲を吹き始めた。
ほんの少し前まで誰も気に止めもしなかった一本のケーナの音色。
そこに、二本の縦笛の和音が加わった。
そして、聞く者の脳裏に、茜色に染まったどこまでも続く空と果てしなく広がる原野のイメージを浮かび上がらせる、雄大で、温かみがあり、けれどもどこか哀愁を帯びた優しい旋律と縦笛の音色が周囲の空間へ染み込むように響き渡り、どんどん広がって…………
演奏を終えてふと気付けば、活気あるバザールの雰囲気はすっかり塗り替えられ、余韻が溶けるように消えて行くのを惜しむような静寂がその一帯を包み込んでいた。
柔らかな笑みを浮かべているケーニストの女性は、心地好い疲れに浸るような吐息を漏らし、
「――えッ!?」
その直後に驚きの声を上げる。
それは、酔狂が次の演奏を始めたからであり、その曲が、旋律こそ同じもののテンポが全く異なっていたからだ。
酔狂は、くくった二本の縦笛の片方、やや短く細い高音を奏でるほうにだけ息を吹き込み、哀愁を帯びた目を閉じて浸るように耳を傾けたい曲のテンポだけを変えて、ひたすら楽しく、隣の人と肩を組み踊り出したくなるような曲調で吹き鳴らす。
こういうのは、大好きな曲のイメージを壊された、と嫌う人もいる。
(さて、乗ってくるかな?)
そう思いつつ、目で是非を問うと、目を丸くしていた女性ケーニストは……楽しげな笑みを浮かべて乗ってきた。
しかも彼女だけではない。その隣にいた男性も売り物の縦笛を手に取って加わってくる。
更に、酔狂がまた二本を同時に奏で出すのに合わせて、肩を揺すりながらやってきた髭のおっちゃんがシャカシャカ両手に持ったマラカスを鳴らし、ちょいとごめんよぉ~、などと言いながら人混みを掻き分けてやってきた気のよさそうにあんちゃんが、自分で持ってきた背凭れのない木製の丸椅子に腰を下ろし、股に挟んでしっかり固定した太鼓を素手で打ち鳴らす。
更に更に、ギターや横笛、その他、名前も知らない民族風の楽器を手にした奏者達がどこからともなくやってきて、音楽の輪が広がって行く。
そして、同好の士とのセッションがどれだけ楽しくとも曲の終わりはやってきて――
「はぁ~っ、やっぱり音楽っていい――」
聴衆の存在を意識していなかった酔狂は、突如押し寄せ自分の呟きを掻き消した惜しみのない拍手喝采に、うぉッ!? と驚き、
「あ、あのっ! それ、ちょっと見せてもらってもいいですかッ!?」
その歓声に掻き消されないよう声を張り上げたのは笛を売っていた男性で、
「いいよ」
これ今そちらさんに売ってもらった物なんですけど? と思いつつ手を加えた縦笛を手渡した――ちょうどその時、
「――何をしているッ!? これはいったいなんの騒ぎだッ!?」
バザールというより野外フェスのように騒ぐ集団の出現に、町の自警団が出張ってきた。
そそくさと逃げ出すどこからともなく集ってきた奏者達。それを見て逃げたほうがよさそうだと判断した酔狂も気配を潜め、傍らに置いていた〔アデプトスタッフ〕を掴んでその場から離脱した。
「姿が見えなくなったかと思えば……。まったく、今のは世を忍ぶ仮の姿だからって、そんなに目立ってどうするんですか?」
聞こえてきた音楽ですぐに分かったらしい。近くまできていたユフィ、楓、椛を見付けて合流すると、ユフィからそんなお小言を頂戴し、ちょっと興が乗っただけでこんな大騒ぎになるとは思ってなかったのだが、そんな言い訳はせず、ごめんなさい、と謝っておく。
咎めはしても怒っている訳ではないユフィは一つ苦笑してから、
「でも、やっぱり先輩って天性の音楽家なんですね」
「俺は【侍】で、今は【錬丹術師】だよ」
音楽は趣味にすると決めたから、とは口にせず、バザール見物に戻ろうと三人を促した酔狂は、
『ユフィさんの言う通りですよ!』
「ピアノとヴァイオリンとギターの他に」
「笛まで吹けて、しかも、あんなに大勢の人を感動させる事ができるなんて……ッ!」
感動の面持ちで口を開いた姉妹の言葉を耳にして、
「――あッ!?」
お小遣いをはたいて買ったあの笛を、見せてほしいと頼まれて売っていた露店の男性に渡したままだった事を思い出した。
「あぁ~……、まぁいいか」
振り返ってはみたものの、面倒な事になりそうな予感がしてまだ自警団員の姿があるあそこへ戻る気にはなれず、結局、あの楽しいひと時を過すために必要な代金だったのだと思う事にして諦めた。




